夢に棲む。
#01
ろくな夢をみない。
現実に近い悪夢で、ほとんどは遅刻の夢だ。
何かに間に合わない。
そこまで時間に追われてることなんてないだろう、という時も、細かい気がかりが夢に出てきて、目が覚めてから、「なんて安易な」とガッカリする。
むしろ、起きている時に、意識の浅いところを、自分が意識的に考えていることとはまったく別の思考が走ることがあって、怖くなる時がある。
カウンセラー系の仕事をしている人と知り合いになったことがあって、それを話してみたら、「意識っていうのは、意識できるレベルのところ以外にいろんな段階があって、無意識のところでいろんなことが起こってるんです。しかも、あなたは創作する人でしょう。起きている時に別のことを考えるのは、むしろ自然なことなので、それについては心配する必要はないです。むしろ、寝ている時の夢が現実に限りなく近いことの方が心配です。疲れていませんか?」といわれた。
そうだったのか。
意外に繊細な神経の持ち主、といわれることもあるけれども。
意外ってなんだ。失礼だな。
ところで。
ただ、それとは違う感じの夢がある。
子どもの頃から、連続ドラマ的に見ている。
これは悪夢ではなく、淡々とエピソードが積み重なっていく。
この夢の不思議なところは、私が自分の家に住んでいないことだ。
昭和時代の家でも、今の家でもない。
今の家から数百メートルほど離れたところに家があり、そこで育ち、そこから歩いて、いろんなところに出かけていた。
大人になってからは、夢の中の私もいろんなところに住むようになり、続き物かどうか確信が持てなくなってきたが、いつもの悪夢とはトーンが違う。
ある日、墓参りに行った帰り、バスを降りると母親が、通りの向こうにある建物を指さした。
「私が生まれたのは、あの建物の裏あたりでね。そこに海軍の官舎があってね」
えっ。
そこ、私が子どもの頃の、夢の中で住んでたところなんだけど――。
母がお産婆さんにとりあげてもらったのは今の家ではない、ということは知っていた。親の幼い頃のアルバム写真を見て、記憶と様子が違うので、母に改築前の建物なのかと尋ねたからだ。
ただし、その時に聞いた町名からして、市内でも一キロ以上離れたところの話だと思っていた。
今の家も元は海軍の官舎だった。何軒かの貸し家を、地主から軍がまとめて借り上げたもので、技官であった祖父は、母が少し大きくなってから、一家で引っ越してきた。裏に別の家が建って日差しが遮られるようになったので、病がちの祖母を寝かせる部屋を確保すべく、西側に部屋を継ぎ足し、私の知っている昭和の家が完成した。私が成人した頃、市の下水道がようやく整備されたので、継ぎはぎの家は丸ごと建て替えられたが、今も私は生まれた時と同じ場所に住んでいる。
それなのに、母の生まれた家を、無意識が知っていたとは。
それから、夢で見る家がどんなで、どこにあるかを意識するようになったが、意識するようになればなるほど、あちこちに引っ越したり、家の規模が変わったりするようで、「これは例のシリーズじゃないな」と思う。やはり私は、意識するとろくなことがないようだ。
夢の中の私は、祖父が引っ越さなかった世界の私なのだろうか。
もし、パラレルワールドの自分がいるなら、向こうは向こうで幸せにやっていてくれていればいいと思う。
もし自分があの時にこうしていたら、とか、別の人生があったんじゃないか、と考えたことはない。
ただでさえ色々としんどいのに、人生をやりなおすなんて、まっぴらごめんだ。
#02
夢を見る。
連続ドラマのように、断続的に見る。
夢の中に、もう一人の私がいる。
子どもの頃に住んでいた家から、信号二つ先に、もう一人の私は住んでいる。
昔の家は建て替えたようだが、社会人になっても、ずっと同じ場所に住んでいる。
私は大人になってから家を出たし、実家も取り壊されて集合住宅になったので、家族もかつての家にはいない。
基本的な家族構成は同じようで、どうしてこの夢だけ普通の夢と違って、もう一人の私と感じるのか、説明するのは難しい。
常に同じ家から仕事に行ったり旅に出かけたりしているので、人間関係にあまり広がりがなく、イライラしたり怒っていたりすることも多いようだ。
ただ、悪い人間ではなさそうだと思う。
むこうの私は、私の存在にうっすら気づいているのか、時々、「結局、あのフェスには行けたのかな」とか、「怪我が治って無事に退院できたのかな」とか、心配しているような気配を感じることがある。
ありがとう、というのも変だし、そもそも伝える方法もない。せいぜい無事を願うぐらいしかできない。
願う必要もないのだが、夢の中とはいえ、自分が死ぬのは気分が悪いので。
#01
目の中を何か泳いでいる。なにこれ、ゴミ?
蟻だ。
いや、いくらなんでも蟻は目に入らないはず。
ということは、これは夢か。
目の上を水が流れてるんだ。
溺れてる?
どこかで声がする。
夢の中では、ふだんは音がないのに。
逃げて……逃げて?
はっと飛び起きた。
夢の中の私が、意識の一番上まで上がってきた。ブワッとふくれあがって――あまりの存在感に驚いた。
耳鳴りがするので体温をはかると、微熱だが熱がある。
疲れているのは間違いなく、友人に電話した。
「ごめんね、やっぱり今日は遊びに行けないわ。みんなによろしく」
「連絡ありがとう、今日は川辺のバーベキュー向きの天気じゃなさそうだし、人が集まらないからやめようって思ってたところ」
ほっとして再び横になった。
夢を見た。
私が空港に入っていく。
海外に行くような大荷物を持っている。
どうやら向こうの私に危機が迫っていたわけではないようだ。
と思ったら、カウンターでもめている。
パスポート? ビザ?
空港を間違えた?
あー。私たちの世代だと、国際線っていわれたら、反射的に成田だと思うもんね。
今から電車や車で羽田にとって返しても間に合わないのか。
でもそれ、前から行きたくて、二回ぐらいだめになって、今回もやっと有給をもぎとれたんだよね?
カウンターのお姉さんに交渉してみなよ。
事情を話して粘ると、別の便の空席を探してくれることもあるよ。
だいたい、うちのイトコ、ANAのキャビンアテンダントじゃん。もしかしたら相談にのってくれるかもよ、頑張って……。
#02
成田のANAのカウンターにつくと、「こちらは羽田空港出発のチケットでございます」と言われて、血の気がひいた。
いつもなら何度も確認するはずなのに、今回に限ってどうして見逃したのか。
年齢的にも彼らの最後のライブで、忙しいのにと文句を言われながらも、週末を挟んで五日の有給をとった。そんなわけで、もともと出発がギリギリだった。羽田に戻る時間も、チケットを取り直す時間もない。どうすれば、と思った時、どこかから声がした。
《カウンターのお姉さんに交渉してみなよ、事情を話して粘ると、別の便の空席を探してくれることもあるよ。イトコがANAのキャビンアテンダントだよね、もしかしたら相談にのってくれるかもよ、頑張って》
これは夢か、もう一人の私の声か。
それにしても厭な夢を見る……と思って目が覚めた。
念のため、スマホでチケットの予約ページを確認して青ざめた。
ほんとに羽田発だ、この搭乗券。
もうバスは成田目前だ。今から引き返しても間に合わない。
さっきの声のアドバイスは有効? 本当に?
駄目で元々、やってみるしかない。
アコちゃんとはもう十年ぐらい会ってないけど……ある程度えらくなってるのかな? それともまだ飛んでるかな?
* * *
なんとか席が確保できて、急いでゲートへ向った。
雨雲は無事通過していって、飛べるという。
よかったよかった。カウンターに急いだ甲斐があった。夢のおかげで助かったのかも。たとえ正しい空港だとしても、オーバーブッキングで乗れない可能性だってある、今回はほんとラッキーだった。
飛行機が離陸し、機体が安定してシートベルトを外す許可が出ると、再び眠気が襲ってきた。
昔の友人と川縁でキャンプしていた。
上流で突発的な豪雨が降ったので、すぐに避難するよう放送が流れ、慌てて片づけ始めた瞬間に、足元が水に洗われて、蟻が流されていくのが見えた……逃げなきゃ、と思った瞬間、「逃げて」と叫んでいた。
逃げて?
逃げてっていうことは、あれは私じゃない?
声が出たので目が覚めた。
待って。さっきのは予知夢じゃなくて、もしかして、もう一人の私が見た夢?
そんなことって、ある?
#01
遊びに行く予定だったキャンプ場が、川の増水で水没し、避難が間に合わずに亡くなった人が出たらしい。
それをニュースで見た時、これは夢かな、と思うぐらい現実感がなかった。
夢の警告に従って助かったなんて、それこそ夢物語だし。
しかし、友人から見舞いのメールが来て、「ほんと、行かなくてよかったよね」と結ばれていた。
つまり、キャンプ行きの計画は、いつもの悪夢ではなかったのだ。
あれからしばらく、もう一人の私の夢を見ていない。
それは別にかまわない。
飛行機が落ちる夢も、海外で誰かに襲われるような夢も見ていないので、たぶん、向こうも無事なんだろうから――。
サークル名:恋人と時限爆弾(URL)
執筆者名:鳴原あきら
一言アピール
ふだんBL・GL・ミステリを書いていて(新刊もミステリの予定です)、基本、空想世界より、現実のあれこれを解決してみたい作風です。夢を見る時もとてもせせこましい人間なのですが、「もし、もう一人の私がこちらを見ていたとしたら」と思っていたら、見た夢について書いてみました。