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 山間の小さな集落の、たった一軒しかない飲食店に、一日の仕事を終えた大人たちが集まっていた。休日を控えた土曜の夕方はいつも、地元住民と工事関係者で満席だった。
 酒の肴はシンプルな料理と盛んなおしゃべり。耳をすませば愚痴ばかりが聞こえてくる。
「またうちの野菜が盗まれた。今度は足跡があった、犯人は間違いなく人間だ!」
「ぎゃははは、どうせお前の足跡じゃねーの!?」
 中央のテーブルで飲み交わす野良着の人々はこの土地に住む農家のグループだ。といっても野菜は仲間内で分け合うために細々と育てている感じだし、米はいろいろあって全滅寸前だと風の噂に聞いた。
「あのパワハラ野郎、早くクビになんないかな」
「期待するだけ無駄だろ。こんな場所にまともな現場監督なんて来やしない」
 壁際に集まった地味な色の作業服は出稼ぎの労働者たちだ。僕らはこの近くの川に橋を架ける仕事をしている。環境も待遇も決して良いとは言えないけど、今はどうにか踏ん張っている。
「ずっとこんな生活が続くのかしら」
「そのうち植えるものもなくなっちゃいそう」
「どうする? この際もう逃げる?」
 立場は違っても、抱く思いはたいして変わらないのだろうか。

 昔はもっと豊かで便利な世界だったらしい。
 数十年前、空を飛び人里に襲いかかる「奴ら」が突然現れ、命もインフラも文化も破壊した。それから何もかも悪くなったと年配の人がよく言っている。
 「奴ら」は今も各地で好き勝手に暴れ、時には不思議な力を持つ人間「招かれた者」と死闘を繰り広げるという。だけど戦わない者たちの生活だって命がけだ。油断すると作物は荒らされ、家は踏み潰される。せっかく立てた橋脚だっていつ倒されるか分からない。
 ある大陸では「風の魔女」と呼ばれる女に率いられた集団が「奴ら」の駆逐に成功して以来、多少は人類側が盛り返しているらしい。一方この極東の島国では残念ながらそんな展開を望めそうにない。ましてや周辺に山と耕作放棄地しかない集落なんて。政府も財界も正義の味方も、主戦場はもっと大きな街だ。

「ここを出て行った連中の末路は聞いたか。必死に働いても食っていけない。つまりだな、どこへ行こうと同じだ! この国を出て行ったところで!」
 中央のテーブルで誰かが立ち上がって叫んだ。
 そんなとき、店に入ってきた三人組が堂々と彼の後ろを通り過ぎた。作業着は現場で見たことのない色で、しかも揃って口元をボロ布で覆っている。僕は何気なくその動きを目で追った。
 奥からこの店を切り盛りする店主が出てきた。すると奇妙な客たちが店主を取り囲んだかと思うと、一人が隠し持っていた何かを突きつけた。
「金を出せ」
 その言葉を合図に、後続の二人が振り返って、作業着のポケットから拳銃を取り出した。一人はそれを出入口付近に、もう一人は中央のテーブルに向けた。
 どこからか情けない悲鳴が上がった。
「両手を挙げろ! 抵抗したら撃つ!」
「立って壁際に下がれ! そこ、酒は置いていけ!」
 二人は交互に声を荒げ、他の客を残らず席から追い出した。その間に最初の一人が店主を追い立ててレジに向かわせた。こちらも持っていたのは拳銃のように見えた。
 僕らは抵抗できないまま、店の隅へ集められて、床に座らされた。吐息の匂いとほんのり熱い空気で気分が悪くなる。前いた現場の作業用エレベーターでも、こんなに人が密集することはなかったのに。
「誰か携帯端末持ってないか」
「あったって電波届かないよ、こんな山奥」
 誰かのひそひそ話に内心うなずいた。そもそも無線通信機器なんて高価なものがこの店にあるわけがない。つまり警察も外部の助けも呼べない状況だ。
 どうしたらいい?
「おい、そこの女!」
 僕らを集めたうちの一人が店の奥へ呼びかけた。
 見ると、まだ席を離れていない客がいた。カウンター席の端に陣取って頬杖をつく女は作業服でも野良着でもなかった。両肩と背中を大きく露出させたファッションはどう見ても屋外作業に向かないし、短いスカートの下は水をよく吸いそうな長いブーツ。
 都会からの観光客か。わざわざこんな何もない集落に?
「動くな」
 強い警告を受けたその人は、ゆっくりと振り向いた。そして、二つも銃口を向けられながら、怖がるどころか静かに言い放った。
「想像してごらん。お前たちが手に持っているそれが、お前たちの元に来る前、どこにいたのかを」
「黙れ!」
 言われた強盗の片方が怒鳴った。すかさず女が笑った。
「今、思い浮かべたね?」
 僕ら客は顔を見合わせた。銃の入手経路の話にしては聞き方がおかしい。
「それは勝手に地面から生えてくるモノじゃない。お前たちはそれを盗んだか、どこかで買った。つまり別の誰かが所有していた」
 女は目の前の二人へ、続けざまに拳銃の値段や店側の謳い文句などを問いかけた。しかもどういうわけか、質問しながら相手には答えさせようとせず、どんどん話を進めていった。
「想像してごらん。それが造られている様子を」
「えっ」
「手元のそれをよく見るといい。多くの部品が組み合わさっているだろう? 石を削っているのか、プレスして型にはめているのか。知らなさそうな顔だね、構わないよ」
 僕らはいつしか恐怖も警戒も忘れていた。話についていけないのに聞き流せない。
 店主を脅していた男までもが口と手を止めて、この不思議な女の語りを追っていた。小さな飲食店が高潔な演説の舞台に変わったようだった。
 でもおとなしく話を聞いていられる人間ばかりじゃなかった。銃を向けていた二人の片方が、女の言葉をかき消すように叫んだ。
「そんなことはどうでもいいだろう!」
 次の瞬間、そいつの拳銃が不自然に震え出した。
 成り行きを見守る僕ら、音に気づいて振り向いた人たちの前で、銃身だけが滑るように外れて落ちた。
「は?」
 続いて弾倉が転がり出て、硬い音が床を叩いた。
 持ち主が指を動かせば引き金がどこかへ飛んでいった。
 脅迫の道具は瞬く間に分解されて、無数の部品になっていた。しかも持ち主以外の誰も構造に触れていないのに。
 僕らも驚いたのだから、本人の動揺はもっとひどかっただろう。口を大きく開けたまま、手の中に最後まで残った部品を握りしめ、床に座り込んでしまった。
「そういえば」
 僕の後ろで誰かが誰かにささやいた。
「想像しろとか言ったよな」
 女が繰り返し口にしている言葉を、どこかで聞いたことがある、と後ろの人は言った。それはこの壊れかけた世界において、ある人物の噂に必ずついて回るフレーズだという。
 回帰の魔女。
 人類の中に時折現れる超常の力の持ち主、「招かれた者」の一人。触れることなく縄をほどき、言葉ひとつで枯れ木を蘇らせ、消したはずの火を再び燃え上がらせる女。
 そんな人間が本当にいるのか。ただ噂として聞いたら絶対に信じないような話だった。
「へえ、お前の銃は違うデザインだね。そのグリップは木製かな」
「黙れ! 撃つぞ!」
 三人目の強盗が、まだ頑張って魔女に銃を向け続けていた。
「今はすっかり小さく削られているが、元々は森の中でのびのびと日の光を浴びていたのではないか」
 油で汚れた手袋が握りしめている部分こそがグリップだ。それが何でできているのかまでは、僕の位置からはよく見えなかった。
 睨み合いが数秒。すると、
「うわあ!?」
 突然、強盗が大事な武器を放り出した。
 情けない声と一緒に放物線を描いた拳銃は、人質にされている皆の前に落ちてきた。僕も両隣の人たちも思わず身を乗り出した。
 グリップは確かに木製だった。そして側面に大きなトゲのようなものが刺さっていた。
 それがトゲでないと分かったのは、水が流れるような早さで成長を始めたときだった。どんどん上に伸びてテーブルを押しのけたそれは、芽吹きと枝分かれを繰り返し、ついには店の天井を覆ってしまった。
 変化は上向きばかりじゃなかった。僕らが天井を見上げてからもう一度足元を見たとき、拳銃は太い根に踏みつけられるように埋もれていた。
「そうそう、こんな風にね」
 拳銃から生えた立派な木が店を支えるようにそびえている。
 時間が巻き戻ったわけじゃない。目の前の小さな部品が変化を繰り返して、結果的に元あっただろう姿に行き着いたのだ。
 とんでもない光景に圧倒された強盗たちは、今度こそ三人とも戦意を喪失していた。
「こっちです! 今のうちに!」
 魔女が堂々と語る間に、誰かが事件を通報していたらしい。表の入口から警察官が次々と飛び込んできて、強盗たちはあっさり捕まった。

 強盗一味が外へ連行された後、店主も僕らも事情聴取を受けることになった。
 もちろんあの魔女も例外じゃないはずだ。と思ったら、いち早く店を出ようとしていた。しかも慣れた様子で警察官たちの間をすり抜け、さりげなく店員に札束を握らせるところを、僕は見てしまった。
「いずれまた来るよ」
 彼女は僕らの前を通るとき、そんなことを言った。
「あいつらに何をした?」
 誰かが尋ねた。するとこんな答えが返ってきた。
「隙を作っただけだよ。想像を巡らせる間はどうしても現実が疎かになる。仮にそれを知っていても、一度言われてしまえばそれを想像せずにいられないんだよ、人間というものはね」
 意味がよく分からない。
「でも悪いことばかりでもない。何事も想像から始まるのさ。小さな若枝を見て、美しい花や熟した果実を思い浮かべるように、君たちの明日を思うといい」
 若枝なら今、すぐそこにある。でもその花実とは?
 つい考えてしまった。その隙を突くように、魔女の姿は消えていた。
 山の麓から駆けつけたという警察は、それは丁寧に事情聴取をしてくれた。僕の番が終わって、ようやく店の外に出たときには、山の端が明るくなっていた。
「明日を思う、か……」
 近くで誰かがつぶやいた。その言葉に憂鬱な匂いは感じられなかった。


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サークル名:化屋月華堂(URL
執筆者名:Rista Falter

一言アピール
ロー寄りファンタジーをゆるやかに書いたり、ぬいぐるみを作ったり写真を撮ったり猫と戯れたりしています。主な頒布物は風の魔女と従者の旅日記『ストレイトロード』。今回はその話から何年も先に広がっているかもしれない世界の一部を描いてみました。


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