ジョゼはカミーユを連れて、森を彷徨う。
もうどれだけ時がたったであろうか。しばらく大したものを口にしていないので、ずっと空腹のままだ。
ジョゼとカミーユは戦争で両親を亡くした孤児だ。町の小さな修道院に引き取られ、そこで慎ましく暮らしていた。その彼女たちが森を彷徨い歩いているのは、魔女であると疑われたからだ。
今まで幾度となく、魔女狩りが行われてきた。女性が捕まり、拷問を受けて火あぶりにされる。ジョゼはそうして罰を受ける人々は、罪を犯したからだと思っていたが、そうではなかった。院にいた修道女でさえ、魔女と疑われて連れられていった。彼女は罪を犯していないし、ましてや魔女などであるはずがない。だからジョゼは彼女が直ぐに戻ってくるであろうと思っていた。しかし彼女は戻らず、そのまま修道院に戻ってくることはなかった。
修道院に引き取られた孤児はジョゼとカミーユのほかに、同い年で修道女になるテッサ、そして姉御肌のミッシェルの四人。彼女たち四人のうち、いずれかが魔女であろうと疑われたのが三週間ほど前だ。
彼女たちは修道院の慎ましい暮らしの中で、お互いの空想話を披露することを楽しみの一つにしていた。貧しい修道院の孤児には、本など高価で手に入るはずもなく、町の劇場で観劇など到底夢のような話だ。単調で退屈は暮らしをいくらかでも楽しくしたい。そうした彼女たちの欲求が生み出した遊びは、彼女たちが幼い頃から続けられ、日替わりで互いの空想話を披露していた。
ミッシェルの話は、戦争の英雄譚が多かった。彼女の父親は戦争で戦った兵士で、今でも王家の城にいる近衛兵であるという。母亡き後、多忙な父はミシェルを修道院に預けたのだという。
テッサの話は、自分がお姫様であったら、という話が多かった。彼女は王子に見初められて、この国の姫になる事を夢見ていた。だから彼女は自分が主人公の夢がたくさんあり、それを皆に語って聞かせた。だが、彼女も年頃になって現実に気付き、清く修道女になる道を選んだ。
ジョゼは幼い頃に両親から聞かされた、この国の成り立ちや王家の話などを脚色たっぷりに話を作った。時に笑い話であり、恋愛ものであったり。彼女の話は人気があり、ほかの四人はジョゼの番が来るのを楽しみに待っていた。
カミーユの話は、不思議だった。遠い国で起こった遙か昔の話。聞いたこともないような異国の名前、私たちが生まれるずっと前のこと。それをまるで見てきたかのように語る。それは壮大で到底彼女の空想とは思えないほど緻密だった。また彼女は時に魔法の話をした。空を飛んだり姿を消す方法や、病気の直す薬草やその育て方、人の心を操ることもできるのだと言った。
カミーユの話は突拍子もなく、到底理解ができなかった。きっと彼女は元々金持ちの家の子であったのかもしれない。だから本を読んで、他の子たちが知らないようなことも知っていたのだろう。だが魔法の話は修道院の誰かに聞かれたら危険だ。なのでいつしかミッシェルは、カミーユがその話を始めると彼女を強く咎めるようになった。
魔女と疑われたのは、彼女たちのこの遊びが誰かに聞かれたのかもしれない。たかが子供の空想話でも、見逃してはもらえないだろう。彼女たち四人は、教会の神父とともに現れた役人に尋問を受けた。その質問は到底答えることが無理な内容ばかりだ。
「この四人のうち、誰が魔女なのか?」
日々の生活のこと、どんなものを食べたか、何をしたか、いろいろなことを聞かれて答えた。だが誰か魔女かと言う質問は幾度となく聞かれたが答えようがなかった。答えれば、四人うち誰かが拷問される。
長時間の尋問を受けたその日の夜、ミッシェルはジョゼに、あの「忌み子」が魔女だと言おうと言った。「忌み子」とはカミーユが金持ちの子供であったろうと嫉妬したミシェルがつけた、陰でカミーユを呼ぶときのあだ名だ。きっとカミーユは親に嫌われて捨てられた「忌み子」であったのだと。
今回のことは、きっとカミーユの空想話が原因だ、あれが魔法の話をしたことを誰かに聞かれたのだ。ミッシェルはテッサにもそう伝えたのだという。ジョゼは力なく、ミッシェルの申し出に頷いた。
数日後、また神父とともに役人がやってきた。四人並んでまた同じ質問をされた時、テッサは真っ先にこう言った。
「魔女はミッシェルだ」
泣き叫びながら、テッサに向けて裏切り者と罵るミッシェルはその場で直ぐに連れて行かれてしまった。
それから数日後、ミッシェルが町の広場で火あぶりにされた。
ひどい拷問を受けたのであろう、着ていた服はあちこち破れている。鞭で打たれた跡が腫れ上がっていて、血が服のあちこちに滲んでいる。憔悴しきった彼女は言葉を発することもなく、うなだれたまま丸太に添えられた台に上げられ、縛り付けられた。ミシェルの足下に血がしたたり落ちる。足を伝って落ちる血で、ミシェルの立つ台が真っ赤になった。
疑われたジョゼたちは、ミシェルが事切れるまでその場にいることを強制させられた。ジョゼには、叫び声を上げるミッシェルを見る教会の神父らが、嬉しそうにしていると感じた。炎の熱に煽られてミシェルが悲鳴を上げるのをよそに、まるでご馳走を前にしているかのように時折、舌で唇をなめる。
ジョゼはその時、はじめて男性に嫌悪を覚えた。そしてあの魔女と疑われた修道女が、なぜ帰ってこなかったのかを悟った。
その日を境に、テッサは口がきけなくなってしまった。ミシェルを告発した事への自責の念か、彼女は火あぶりにされるミシェルを見て号泣していた。それから彼女は一切誰とも口をきかなくなった。
あのとき、ミッシェルはカミーユを魔女に仕立てると言っていた。そしてそれはテッサにも伝えたのだとも言った。だとすれば、なぜテッサはミシェルが魔女だと言ったのか。正義感から、カミーユを陥れようとしたミッシェルを裏切ったのか。
ミッシェルが火あぶりにされた一週間後、役人が修道院にやってきた。燃えたミッシェルの体が焼け焦げたままであり、それは魔女ではない証であると。魔女であれば、焼けた肌はまた元通りになるはずだと言う。そうして、ミシェルを告発したテッサが次の標的にされた。彼女は訊かれた質問に答えず、役人の恫喝にも無反応であった。そうした態度が役人らの気に障ったのかもしれない。その日のうちにテッサは連れて行かれてしまった。
その夜、修道院からジョゼとカミーユは逃げ出した。修道女たちが手引きして、町外れの農家の納屋に匿ってくれたのだ。
しかしその数日後、ジョゼたちが隠れていた納屋にも追っ手がやってきた。テッサはもう、その時には死んでいたのであろう。彼女も当然魔女ではなかった。だからジョゼとカミーユのもとに追っ手がやってきた。
そうして彼女たちは、町から離れるべく森を彷徨っている。ずいぶん遠くまで来たはずなのに、まだ安心はできない。
「ジョゼ、ちょっと待って」
カミーユは立ち止まった。木立がまばらで開けた場所だ。こんな場所にいては、追ってがきたら直ぐに見つかってしまう。
「疲れたの? もう少し歩いて、隠れられるところを……」
「もういいのよ、ここは魔法の森なの」
カミーユの突拍子もない言葉に、ジョゼはあからさまに不快感を示した。
「カミーユ、今はそんなこと言ってる場合じゃない。想像のお話のことは忘れて」
「いいえ、違うわ――ジョゼ、思い出して。魔女は私よ」
カミーユは恐怖と疲労のあまり気が触れたのか、しばらく黙ったジョゼはいぶかしい顔でカミーユを眺めた。
「この森には、『人』は入って来られないの、だからもう平気。あそこを見てちょうだい」
カミーユが中空を指さした。暗がりで気づかなかったが、その指の先には、数本の枝で組んだ何かの飾りのようなものが吊してある。十字架のようにも見えるが、枝は三本。まるでアルファベットのAを逆さまにしたような形だ。
「あれがある向こうからは、こちらは見えない。もう大丈夫なの」
カミーユが何を言っているのかわからない。
「カミーユ、やめて。こんなところにいたら、捕まって私たちまで殺される」
「ねえジョゼ、思い出して。私があの修道院に孤児として引き取られた時、あなたはとても私に良くしてくれた――朝に井戸で顔を洗う順番を教えてくれたり、初めての食事の時は、私の隣に座ってくれたわ」
ああ、覚えている、五年、いや六年ぐらい前か。無口で周りとなじめなかったカミーユの世話役に、ジョゼが任ぜられたのだ。言われたしたこととはいえ、一生懸命彼女が周りに溶け込めるよう振る舞った。
「私はお礼に、あなたに私の秘密を話したの。私は魔女の娘だって。」
そんな話は聞いたことがない。
「私の母は魔女狩りで殺されてしまった。そうして一人になった私はこの森を出たところで『人』に拾われた」
じっと話を聞くジョゼに、カミーユは話を続ける。
「その秘密をあなたは、私たちの世話をしていたエリサって修道女に話してしまったのよ」
その名を聞いて、ジョゼの顔が引き攣る。あの魔女の疑いを掛けられて連れて行かれてしまった修道女。なぜ彼女の名前を忘れていたのか、いや忘れていたことにさえ疑問を持っていなかったのは何故か。
「――私が忘れさせてあげたの」
カミーユが不適な笑みを浮かべるが、ジョゼには彼女の顔が見えない。衝撃のあまり視界が狭くなる感覚に襲われている、両目が塞がれてしまったかのようだ。
「子供は秘密を守れない、私が迂闊だったわ。だからあなたたちには呪いを掛けたの」
「…呪いって?」
「私のことを話そうとすると、別の事を言ってしまうのよ。私が魔女だって事を口に出しては言えないの」
漠然とジョゼの中で不安と確信が湧き上がってくる。エリサが、彼女が何故、魔女だと疑われたのか。
「もう思い出してきたでしょう――あなたが言いふらしたのよ。私が魔女だと言うつもりで、あなたは皆に『エリサは魔女だ』と言っていたの。呪いのせいでね」
ああ、そうだ。エリサが魔女だと言ってまわったのは幼い頃の自分だ。ジョゼは溢れてくる涙をこらえきれず、嗚咽を上げて泣き始めた。
「今回のこと、はじめに修道院の孤児の中に魔女がいるって噂を流したのは誰だと思う?」
嗚咽する声をかみ殺しながら、ジョゼは首を横に振った。
「ミシェルよ。私を魔女に仕立てようとしたけど、あの子は私が掛けた呪いのことは知らなかった。だから私の名前が言えずに、噂だけが流れてしまった」
まさか、彼女がそこまでカミーユを嫌っていたとは。
「テッサはミッシェルの言いつけ通り、私が魔女だと言おうとしたの。でもジョゼと同じように、他の人の名前を言ってしまったのね――ねえ、見てた? あの時、テッサの指は私を指していたのよ」
暗闇の中からカミーユの笑い声が聞こえる。いつの間にか彼女の姿が見えなくなった。
「幼い頃の過ちは許してあげたわ――でもジョゼ、あなたは私を『忌み子』と呼んで、ミシェルの申し出に頷いた。それは許してあげない」
カミーユは知っていたのだ。ジョゼは乗り気でなかったにしても、ミシェルがカミーユを魔女ということにしようと持ちかけてきたとき、頷いてしまった。
ジョゼは恐怖で身動きができなくなってしまった。膝をついたまま、カミーユの姿を探すが、辺りは真っ暗で何も見えない。
それは夜の暗がりではない。月明かりさえない、目を閉じたように真っ暗闇だ。
暗がりの向こうに、ぼうっといくつも小さな光が浮かぶ。幾人もが枯れ草を踏みしめる足音。
「もうそこまで、魔女狩りの大人たちが来てる」
ジョゼの真上にカミーユがいた。宙に浮いて、先ほどの枝の飾りに手を掛けている。
「これを外すと、私たちの姿が見えるの。私は木の上で見てるから、あなたは彼らに捕まって、罰を受けなさい」
カミーユが飾りをジョゼの前に落とすと、足音が目の前で止まった。
「…おい、お前、今どこから出てきた?」
松明の炎にジョゼが照らされる。男たちの視線が全て、ジョゼに向いている。
「お前、逃げた修道院の孤児だろう⁉ 今のは魔法だ、魔女はお前か‼」
暗闇から突然現れたジョゼに、男たちが手に持った獲物を構える。
矢を引いて構えた一人がジョゼにと距離をとりながら言った。
「おい、もう一人はどこへ行った⁉」
ジョゼは必死で首を横に振った。答えようとしても言葉が出ない。カミーユのことを言おうとしても言葉が口から出てこないのだ。ああ、きっとテッサも同じであったに違いない。カミーユに掛けられた呪いで、魔女の疑いに反論もできず、無言のまま連れて行かれたのだ。
ジョゼは無言のまま、近づいてくる男たちを前に震えている。きっとまだカミーユは頭の上で、魔女狩りの男たちに怯える自分を見下ろしている。
男たちが目の前まで来たとき、ジョゼは黙ったまま右手を挙げた。人差し指を伸ばし、頭上を指す。
その指先を追って、男たちの幾人かが顔を上げた。
「…う、うわっ‼」
カミーユはテッサが自分を指さしていたと言った。彼女の言う呪いは言葉だけだ。指で指す事はできるのだ。
叫んだ男の声と同時に、矢が中空に浮いていたカミーユに飛ぶ。矢はカミーユの左目を貫いて、後頭部まで貫いた。
カミーユがどさりと音を立ててジョゼの真横に落ちる。遠巻きに見てる男たちは、誰一人近づこうとしない。
しばらくして、一人の男が一歩踏み出した瞬間、カミーユの上半身が跳ね上がった。
「う゛ぁあああああああ…‼」
カミーユが濁った叫び声を上げながら、男たちに襲いかかる。飛びかかった拍子で殴られた男は、一瞬で首から頭を跳ね飛ばされた。
見る間にカミーユは男たちを血祭りに上げていく。魔女狩りとはいえ、所詮は町人たちが農具や急ごしらえの武器を持ち寄っただけの集団だ。誰一人、カミーユに抵抗できずに殺されていく。
最後の一人の首が地面に落ちた頃、空が白み始めて、飛び散った血と地面の枯れ草野色に見分けがつくようになった。
矢が頭に刺さったままのカミーユがジョゼに振り向いた。残った片目でジョゼを見ている。ジョゼは恐怖で、その場から一寸も動けずにいる。
「……カミーユ、ごめん、ごめんなさい…私…」
ジョゼは項垂れながら、懺悔の言葉を絞り出す様に吐き出した。どうせ殺されるのであっても、せめて裏切ったことを謝りたい。
嗚咽しながら謝罪の言葉を繰り返すジョゼをよそに、矢に手を掛けたカミーユは、力任せにそれを引き抜いた。血が噴き出して服にボタボタと流れ落ちていく。
潰れた片目を抑えたカミーユは、もう一度ジョゼを一瞥すると、森の奥へと歩いて行く。
カミーユの姿は日が昇るとともに見えなくなった。残されたジョゼは、その場で泣き崩れた。


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サークル名:彩雲堂(URL
執筆者名:末 喜晴

一言アピール
伝奇アクション小説を主体に書いております。
テーマは「萌えより燃え」、お色気は少なめに、その分アクションをふんだんに。小説で暑苦しいほど熱い展開を表現すべく、熱を込めて書いております。
長編が主なので、今回のアンソロで短編公開が初になります。楽しんでいただければ幸いです。


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