『頼む。――我を、故郷まで連れて行ってはくれないか』
 既に肉体の器は消滅し、天へと還る〈宿命さだめ〉にある魂の声に、少女は頷き、その様子を見ていた青年はやれやれと力なく笑った。

 平原を翔け抜け、いくつかの山を越えて、ポエとクロスはそこに辿り着いた。
「こんな所まで鳥が来るのは珍しい」
 そして、そんなふたりを出迎えたのは、全身を黒い鱗に覆われた巨大な生き物――竜だった。
 これまでに出会ってきたどの生き物よりも大きいその姿に、無意識のうちに体が震える。けれども、竜はじっとこちらを見ているばかりでなにもしてはこなかった。
 ポエはひとつ深呼吸して、気持ちを落ち着かせようとする。――あの魂の願いを叶えるためにこの地にやって来たのだから、いつまでも震えてはいられない。
「あ、あの」
 勇気を振り絞って声を上げる。
 その様を見ていた竜は、くすりと微笑を浮かべた。どうやら、声がかけられるのを待っていたらしい。
「なにかな? 小さな鳥の子よ」
 こてん、と首を傾げる姿は犬や猫のようにも見えて、少しだけ気が緩んでしまった。
「ラエルヴェガという名の竜を知っていますか?」
 その瞬間、穏やかな表情でこちらを見ていた竜の雰囲気が一変した。
 突如として変貌した鋭い眼光がふたりを射抜く。正面からそれを受けたポエは思わず悲鳴を上げ、彼女を庇うようにクロスが前に出た。
「何故その名を知っている」
 ごぅ、という唸り声は怒り――と、どうしてか不安が滲んでいるような気がした。それに違和感を覚えたポエは、クロスの手を引いた。
「……ポエ?」
「クロスさん、だいじょうぶです」
 釈然としない顔でこちらを見つめてくるクロスに、ポエは弱気ながらも頷いた。
「あの! あ、あなたに、渡さなければいけないものが、あるんです」
 どうしても恐れは拭い切れず、声が少しばかり震えてしまったのには目をつぶってもらおう。
 竜の前に歩み寄り、ポーチから取り出したものを差し出した。
「これは……まさか」
 それを見た竜が、驚きからか目を見開いた。
「ラエルヴェガの鱗です」
 ポエの手のひらよりも少しばかり大きな黒い鱗。
 一目見ただけで、この竜は鱗の持ち主に気付いたのだろう。全身から放っていた怒りと不安はゆるりと霧散していき、今はただ、寂しさが漂っていた。
 じっとその鱗を見つめていた竜は、しばらくして視線をポエに向けた。
「これを、どこで……?」
 どこか疲れ切ったような声に、胸が痛くなる。
「ここより山をふたつ越えて、平原の先の、砂の地を通り過ぎた南の地で。魂となり彷徨っていたところを、私たちが見つけて……」
 竜の鋭い爪がどこか懐かしむように優しく鱗に触れる。こつり、こつりと小さな音が鳴った。
「ラエルヴェガ……ラエルは、我の番だったのだ」
 ぽつり、と言葉をこぼす。
「風に乗るのが好きな奴でなぁ。よく遠くの地まで飛んでいっては、土産を持って帰ってきて……またしばらくしたら遠くへ飛んでくのを繰り返していたのだが……」
 そこで、竜は小さくため息を零した。
 ……その意味に、なんとなくその先のことがわかってしまった。
「数十年前にここを飛び立ってから帰ってこなくてな、どこまで行ってるのかと思っていたが」
「彼女はあなたに『今度は我が待つ番ね。ゆっくりでいいから土産話をたくさん持ってきて』と言ってました」
 そうか、と呟いて目を細めた竜は遠くを見やった。遠くまで広がる空を見ているような、遠く飛んでいった竜の面影を探しているような、そんな消え入りそうな眼差しは、次の瞬間にはなくなっていた。顔をポエとクロスの方に向けて、静かに頭を下げる。
「……鳥たちに感謝を。ラエルのこれだけでも、この地に帰ることができたのは僥倖だ」
「いえ、そんな」
 ポエはあわあわと首を振った。彼女にもっと力があれば天に還す前に、魂だけでもこの竜の元につれてくることもできたはずだったのだ。それができずに、せめてもの思いで伝言だけを受け取った。伝えることはできたが、果たしてそれがこの竜にとって良かったことなのかは、彼にしかわからない。
 しょんぼりとしたポエにクロスが苦笑いを浮かべて、ぽんぽんと慰めるように頭をなでた。
「……クロスさん」
「ああ、悪い。思わずな」
 全く悪いとは思っていない表情だ。彼がこういう行動をとるのは珍しくもないので、ついされるがままになってしまう。
 その時、竜がじっとこちらを見つめているのに気がついた。
 なにかを見定めるかのような視線に、少しばかり居心地が悪くなる。
「あ、の……?」
「ふうむ。なんとも、鳥たちは不思議な縁を繋いだのだな」
 竜はひとりでなにかを納得しているようだが、こちらに告げる気はないらしい。
「もしまた相見えることがあるのならば、その時は力を貸そう。竜の翼は遠くまで飛べるからな」
 言葉の真意がわからずに、思わずクロスを見上げる。彼もまた不思議そうに目を瞬かせて、竜の言葉の意味を考えているようだった。

「鳥たちの旅路に幸多からんことを」
 その言葉を彼らに贈り、二匹の鳥は飛び立っていった。
 空の向こうへ去っていく姿を見送り、竜は手元に残された番の形見に視線を落とす。まさかこんな形で再会できるとは思ってもいなかった。
「まったく、どこを飛び回っていたんだ。お前がいなくなってから、ここはまただいぶ寂しくなったのだぞ?」
 返答なき相手にとつとつと語りながら、ふと、先程のことを思い返す。
 竜には少しだけ特異な能力があった。少しだけ先のことを見ることができる、先見の力。
 ――垣間見えた未来の一片。あの飛び去って行った、鳥たちの行く末。
「あの鳥たちは、果たしてどんな未来を歩むのだろうな」
 再び会う未来さきではなかったが、きっとその先の未来で、また会えることを祈ろう。


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サークル名:ゼロタビト(URL
執筆者名:飛瀬貴遥

一言アピール
「〈渡り鳥〉」と「ラジスラフの人攫い竜」のクロスオーバーです。もしもふたつの作品が同一世界だったら、こんなこともあるかもしれないなぁと「想像」してみました。


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