美しい朝より「手紙」

宇宙軍総裁殿下におかれましては、ご健勝のこととお喜び申し上げます。
この世界に落ち着いて、何年経っても私は子供の姿のまま、過ごしてまいりました。大人の姿になる夢をずっと見続けておりました。いつか、きっと健全な身体を得て、仲間たちと家族たちと過ごせるものと信じて生きていました。ですが、私の身体から健康を奪っていくものを排除することはとうとう叶いませんでした。殿下がこの手紙をご覧になっている頃には私はもうこの世にはいないことと思います。
(略)戦死した時の姿の私で殿下にお会いしとうございました。その頃の私は人生を恨んでおりました。恥ずべき人間だと思っておりました。国王の座に引きずり出され、選ぶ道もすべて閉ざされ、家族にも愛する妻にも心の奥底を告白することも出来ませんでした。こんなみっともない姿の人間が聖なる玉座にいていいはずはないと思っていました。背中の激痛も誰にも告げられませんでした。私の身体は健全ではありません。障害を抱えた身の上でございます。騎士として生きることは正直に申し上げて大変苦痛を伴う出来事でありました。馬上にあるよりも、室内で静かに読書をしていたかった…。様々な書物の森のなかで自由に散策していたかった…。自分で知っていました、この身体では長生きは望めまい、と。多分、殿下のかつての世界で亡くなられたご年齢まで生きることはかなわないと知っていました。胸の痛み、背中の痛み、年々増えていくばかりでした。そんな最中に子を失い、妻も失いました。健康な子を産める政治的にも利益のある妻を求めるようにと、家臣も家族も私に告げました。破れかぶれでポルトガルの王女に再婚の話を持ちかけましたが、再婚することはないと思ってました。そうです、私は神に背いた愚か者なのです。生きる希望がどうしても見いだせなかった。死ぬために戦場に赴き、死ぬためにヘンリーの本陣を目指しました。
が、この世界に来てしまいました。兄たちがいても、彼らの言葉を聞く気にはなれませんでした。兄たちの愛情を私はもう疑っていたのです。障害を抱えた家族を暖かく迎えてくれるほど、私が生きたあの時代は甘くはありません。現に上の兄はあんな化物が一族にいるとは、と口にしてしまった程です。この世界に来てから知った奇妙な果実という歌。私は…レスターのあの広場で奇妙な果実に成り果てていたものです。醜いと浅ましい野心家の王として描かれたこと、当然だと、ただ当然だと受け取りました。正統な評価など無駄だと思っていました。
今の母はそんな評価よりも目の前にいる弱々しい一人の人間として私を見た人です。私の闇を知りながら、養母として私を育んでくださいました。まさか、そんな人がこの世界にいるとは夢にも思わなかった。そしてなんの偶然か、養母となったリース夫人は私の実母によく似ています。似てはいるけれど、母とは違う愛を注いでくれました。なんの見返りもなく。私を息子にしたところで、医療費ばかりかかり、家計も苦しくなるばかりで、良いことなどほとんどないように見受けられたのに、彼女は構いませんでした。(略)
殿下、あなたはきっと私の病の苦しみを推し量ってくださり、怒りを禁じ得ないことでしょう。あなたの中にはあなたの父上が決められたあの騎士団のモットーが息づいておられます。私はそれを嬉しく思います。本家の麗しい御方にこの世界で巡り会えた幸運に感謝しています。兄の涙を後悔を知った今、私の気がかりは兄のことです。この世界でのこと、兄には後悔してほしくはないのです。たとえ兄から受けた差別的発言が未だに胸の中にあろうとも。差別。私は家族の中で受けてきました。魔物と罵る家族もいました。背骨が湾曲したことは私のせいなのでしょうか。私が何か悪いことをしたからなのでしょうか。いつもそう思って生きてました。ここに来て気づいたのは、これもまた私に与えられた試練にすぎないということ、そしてこれもまた私の個性であるということです。受け止めようにも、今、私の背骨は湾曲はしてはいません。ただ、湾曲が始まる寸前に時が止まってしまっただけです。
殿下、いつかあなたも知ることがあるでしょう。障害がある、肌の色が違う、宗教が違う、それだけで人間は差別を行ってまいりました。差別どころか、殺人も厭わなかった。私のような背骨の持ち主が毒ガス室送りになったという悲惨な歴史もあります。精神薄弱であるだけで毒ガス室に送られ死んでいった人たちもいたという歴史もあります。優秀であるということはどういうことなのでしょうか。私にはどれもが誰もが優秀だと思えるのですが。私が優秀だなんておこがましく、とても思えませんが、いつぞや殿下がおっしゃられたお言葉を信じたく思います。
(略)人は少人数でも差別するのですね。そして、私を差別する人間をまた、私も差別しているのです。あいつらは悪口しか言わないバカだと。誠に愚かなことですが。何度も何度も私を差別した人を呪ったり、影で悪口をつぶやいたりもしました。憎悪を抑えられずに泣いたこともありました。そこで私も差別をしているのです。あいつらなんて、と。
心の闇は捨てられません。今も心の中にあります。心の闇はありぬべし。そしてあなたの最期の言葉。自分の罪故に他人に闇を与えてしまったことを私もまた悔いることになっています。誰に闇を与えてしまったのか、私には皆目検討も付きませんが、罪は罪です。ここにそのことを悔いています。生きることは罪をもまた重ねることなのかもしれません。私は聖人君子ではありませんし、ただの愚かな一人の人間です。それでも人生を愛しています。(略)
兄がかつての世界で私のことを魔物と言ってしまったことを今の母は知っております。母は知ったうえで、私を兄の元に預けていました。(略)
何が起きても動じないね、と殿下はおっしゃいましたが、結構慌てたこともございましたよ。実は。パニック起こしてもどうにもならないから、ほっといただけです。
レイモンド博士が笑いながら、東洋の話をします。「ならぬことはならぬのです…」最初なんのことかと思いましたが、こう唱えて己を律して生きた朴訥な東洋の人の知恵もまた感心するばかりです。そんな知らなかった世界をここで私は知りました。悲しいことも嬉しいことも楽しいことも知りました。兄の腕に抱えられながら、笑った日々。あの兄がこんなに優しく、愛おしく扱ってくれるなんて夢にも思いませんでした。憧れていた人に裏切られた悲しみはまだ残っています。(略)何故、シェークスピアの描いた私について書き直しを請求しないのか、と。
私は貝になりたいと遺書に書き残して戦争犯罪人として処刑された一般庶民がいたそうです。権力者でもない彼はただ上官の命令に従っただけですが、それも犯罪として認められ、彼は処刑されました。弁解しても無駄と悟った彼は今度生まれ変われるならば、海の底の貝になってずっと口をつくんでいたいと書き綴ったそうです。私もそうです。人に生まれ変わっても同じこと言われるのなら、貝になったほうがマシです。この背中のこと、兄たちに劣って生まれた身体のことを弁解する気はありません。障害を持っていたことを文句言う気にもなりません。差別したければすればいいのです。しない人もいます。愛してくれた人がいます。私はその人達にならいくらでも言うでしょう。でも差別する人間には何も言う気はありません。差別しないでくれとも言いたくありません。
(略)たとえどんな心の傷を負うとも私は弟としてあの兄を愛しています。私のような弟を持ってさぞや不愉快だったろうかとも思います。殿下、お願い致します。兄の心がいくらかでも慰められるよう祈っています。アンのことはあまり心配はしていません。おかしいでしょう、なんとなく彼女は大丈夫のような気がしてならないのです。
(略)あともう一つ、簒奪について申し上げたいと思います。何故、私が王位に就かなければならないのか、あの時は何もわかりませんでした。まさか結婚の誓まで女を得るための道具にするような行いを兄がするはずないと思ってました。(略)この手は血で汚れています。結局は甥の命を奪うことにもなりました。家臣に命じることだけは嫌で、自ら手を汚しました。こんな穢れた行いは人任せにする気はありませんでした。(略)ヨークは滅ぶべきだと思うと甥に告げた時の顔、今も忘れられません。王冠は無能の人間にとっては毒物です。私達は無能の一族です。血筋だけでは国は治められません。政治とはそういうものです。私は力のない人間です。私に解るのはそれだけです。この間、兄に叩きつけてしまった言葉を告げたく思います。「障害者は生きている価値なんかないとあんたは告げた、僕は一生忘れない。聞いていたなんてあんたは知らないだろうけれど、実の兄に言われた僕の悲しみも苦しみも理解できないだろうね」兄は返事しませんでした、私は尚も言い募りました、「あんたも淫乱癖の変態野郎のくせによくまともな顔できたもんだな」と。青ざめた兄上の顔を私は忘れません。こうして私たちは裂かれてしまった兄弟の絆をボロボロに腐ってしまった愛情を抱きしめていくしかないのです。これが私達の実情です。そんな私達が王冠を抱くなぞおこがましいにも程があると存じます。「陛下」の呼びかけに私はいつも自分の実情を省みては悲しくなっていました。本当の王冠を魂になって何もないところに去っていく私に相応しいものなのでしょうか。真の王冠を抱きたく思います。生きることの強さを私は信じたく思います。殿下におかれましては、真の王冠、その点については熟考していただけると思っております。最期になりましたが、今までのご厚情、ここに御礼申し上げます。幾久しくご健勝であられますように。それでは。
あなたの臣下・リチャード・フランシス・p・リースより敬愛を込めて。

そのとき(太初において)無もなかりき、有もなかりき。空界もなかりき、その上の天もなかりき。何ものか発動せし、いずこに、誰かの庇護のもとに。

                リグ・ヴェーダ・宇宙開闢の歌より

サークル情報

サークル名:みずひきはえいとのっと
執筆者名:つんた
URL(Twitter):@tsuntan2

一言アピール
泡盛さんシリーズよりのもの。手紙の形式をとった短編より抜粋

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