ゆきの手紙
早朝──外はまだ薄暗く、カーテンの隙間を覗き見れば、前日から続く真っ白な冬景色は今も続いている。
まだ子供の《ゆき》は、熟睡している家族を起こさないよう静かに起きて廊下を歩き、お気に入りの場所である家の縁側に腰を下ろす。
(ちょっとさむい…今日もお外にでかけられないなぁ)
窓越しに空を見上げ、ゆっくり降り注ぐ雪を只々見つめた。
この景色は好きだけど、寒いのはちょっぴり苦手だなぁ。と思ったゆきは、身体を縮こませながら頭を動かして景色を見る角度を変えた──田舎町では視界を遮る物は少なく、家も丘に建っているおかげで遠くを見渡せることが出来る。やはり幾つもの建物が、屋根に白い座布団を敷いていた。
雪が降っていなければ何台か車のエンジン音が響いてくるが、今はそれも無い。
昨日今日とずっとこの天気であるが、ゆきは一部感謝している事がある。
(車はキライだから、うるさくなくていいや。いつもこうだったらイイのになぁ……だって、ぶつかったらイタいし…)
脳裏に浮かんだ痛々しい記憶に一瞬瞼を閉じる。
(ううん。もうやめやめ…)
気を取り直してまた別角度の景色を見ようと頭を動かす──と、後ろの和室に置いてある低い丸テーブルの上に、何か折り畳まれた紙がある。目を凝らせば、裏から薄らと何か文字が見える。
昨日まではテーブルに無かった──気になったゆきは近づき、テーブルの前に座って紙を広げる。
──それは、一通の手紙だった。
まだ字を覚えたてで、大小均一の無い、バラバラで拙い字。
見辛いが、頑張って書いたという想い。
そして見覚えのある内容──それもそのはず。
一番下に、自分の名前が書いてあるからだ。
(これ……)
ゆきは以前に書いた家族宛ての手紙を読み返す──。
おとうさん おかあさんへ
ゆきです はじめてのおてがみ かいたよ。
よんでください。
おとうさん いつもあそんでくれてありがとう。
きゃっちぼーるとさっかーたのしかったです。
またいっしょにあそんでね。
おかあさん いつもおいしいごはんありがとう。
いっしょにつくったはんばーぐおいしかったです。
またやろうね。
だいすきな おとうさんとおかあさん。
こんどのおたんじょうび けーきをいっぱいたべ
たいです。
ぷれぜんとは おもちゃがあるえほんがほしいで
す。
おねがいします。
またどこかにおでかけしようね。
ずっといっしょにいようね。
だいすきだよ。
ゆき
─────────………。
半年前、夏が近づいて来た頃にあげた手紙。
通う幼稚園で習い、一生懸命書いた初めての手紙を両親の前でハキハキと読み上げ、そんなゆきの姿に二人は肩を揃え、笑顔で聞いていた。
読み終わった時に、両親から嬉しさのあまり抱きしめてもらった場面が映像となって脳裏に流れる。
ゆきは隣を見た。
木棚の両脇に飾っている小さな花瓶の中に活けられた黄色い花々。その間に、笑っている自分の写真が置かれている。
手紙をあげたその翌日──両親と一緒に公園で遊んでいたゆきは、ブレーキの壊れた一台の暴走車に撥ねられ、犠牲となった──…
(……おとうさんとおかあさん、いっぱい泣いてたなぁ)
呟き、ゆきは木棚の前に敷いてある座布団に座る。
じっと写真を見つめ、何気なく同じ顔をしてみようと顔を動かす──が、やはり思うようには動かせない。
(ふん……ぬ、ウゥぅぅん………あともうちょっとかなぁぁ…)
めげず頑張って笑顔を作っていく。上手くいかない理由も本人は何となくではあるが分かっている。
なぜなら──
「……──お。はは、ここにいたのか。おはよう《ゆき》」
父親の挨拶に振り向き「ニャー(おはよう)」と、真っ白い猫(ゆき)は見上げて一声鳴いた。
「おまえは早起きだな。“由希”に挨拶してくれてたのか、ありがとな」
「ぅにゃぁ(もぅ、ここにいるよ)」
ゆきは座布団から下りての父親の足元へ擦り寄る。
そんなゆきに彼は優しく頭と背中を撫で、自身の懐に抱き抱えた。
「よしよし──ん? これは……あいつ、また読んだんだな…」
愛しき我が子が書いた手紙を片手で拾い上げて文面に目を通すも、泣きそうになったのかすぐに折り畳んだ。
「……さて、っと」
目元を軽く拭って取り繕い直し、父親も座布団に座り、手紙を写真の前に添えて仏壇に向かい合う。
何も語らず、しかしゆきを撫でる指は止めないでいた。
心地良さと同時に、父親の寂しそうな雰囲気も伝わってくる。それがゆきには辛かった。
「もう半年、か……野良だったおまえがこの家に来たのも、そのくらいだったな」
ゆきは半年前、この家にやって来た──いや、“由希”はこの姿で還って来たのだ。
目覚めた時には、降り頻る雨の中で公園の木陰に横たわっていた。
うちに帰らなきゃ。その思いに突き動かされ、意識朦朧とさせながら痛む脚を引き摺り、空腹に苦しみながら家路に向かって歩いていた事をゆきは覚えている。
空気はまだ暖かくとも、雨に濡れているせいで寒さに襲われ、身体の芯から震えた。もう二度と味わいたくないほど辛い体験だ。
そして家の前まで辿り着いた時に再び意識を失い、また目を覚ました時には、暖かいタオルに包まれて両親から看病を受けていた。
「生きろ! 元気になってくれ…!」その呼び声に、ゆきは必死になって生を繋ぎ止め──二日経った後、回復の兆候に入るとようやく帰って来た実感を得たのである。
そしてその後、二人から“ゆき”の名前をもらった──。
そんな過去を思い出し、ゆきは父親を見上げる。やはり、悲しい顔をしていた。
「にゃあ(おとうさん、元気だして)」
「ん? どうした。腹減ったのか?」
「にゃ(ちがうよ)」
「ははそうか、それじゃちょっと早いがメシにするか」
「ニャァア(ちがうよぉ、でもたべる)」
と、そこへ大欠伸をしながら母親もやって来た。
「ふわぁあ、おはよう…今日珍しく早いのね……うぅ寒っ」
「リビングでエアコン点けよう。さ、ゆきもいくぞー」
「ニャ(うん)!」
抱えられたまま父親と一緒にリビングへ向かう。
途中、ゆきは母親の方にも飛び乗った。驚かれるも、母親は笑いながらちゃんと抱きかかえてくれた。
そんな微笑ましさに父親も優しい笑みを投げ掛ける。
暖かい雰囲気を感じ取れたゆきは嬉しさに目を閉じて喉を鳴らす。そして横並ぶ二人を見上げ──
「ニャァー(えへへー)!」
と、ご機嫌に鳴いた。
──どうしてこの姿なのかは判らない。でも…
書き綴った想いはあの頃と同じ──親子の暖かい絆は、今もちゃんと繋がっている。
サークル情報
サークル名:Fake Time
執筆者名:悠遊
URL(Twitter):@Fake_Time_PR
一言アピール
近現代、ファンタジーの異能系小説ございます。
気になった方は是非ご覧くださいませ。そしてもし気に入っていただけましたら、作者は大喜びします!
よろしくお願いします。
なかなか感動的でした。家族愛がよく出ていて、由希がはねられて死んだのがかわいそうで、現実としてそんな生まれ変わりはないと思う僕のような夢のない男でも、そんなふうな慰みが数々の理不尽な死にあったらいいのにと、思い浮かべました。割合、よくあるタイプの話なので、この短さのなかでうまく書けていると思いました。