タイム・カプセル

 おそらくは、思い出、というものは、ガラス玉を宝石に見立てるようなものなのでしょう。それは本物の宝石でなくとも、懐かしさと愛おしさをも光として、記憶の中に輝くのです。これは、そんな特別を記憶の中に埋め込んだ、ある一日のお話です。

 この日は、娘イーニアの誕生会でした。イーニアの友人とその父母のほか、イーニアの希望でリオ、ミカロ、ハドといった面々も招待し、会は子供たちの歓声と大人たちの談笑でなかなか賑やかに進んでいきました。
 ミカロとハドも日頃よりは多少こぎれいな出で立ちで、リオはスカートこそ履いていなかったものの、ドレスシャツにグレーのスラックスという姿で場に臨み、結果として子供たちの「男のひと? 女のひと?」という疑問を浴びていましたが、特段気にする様子もなく、「さあどちらでしょう」とひょうひょうと笑っていました。どうやらリオは、自身の体格が成熟したものでないことは気にしているようですが、自身の中性的な顔立ちはそれほど苦にしていないようです。
 この日、リオ、ミカロ、ハドは参加した大人たちのなかでも特に子供たちと年が近かったこともあり、無事子供たちに指名され、かなりの時間子供たちの遊び相手を務めていました。とくにリオは人気者で、ことドッジボールが始まったときには、バネのような体捌きで肩までの赤毛をひるがえして活躍し、次々と相手チームを沈めていました。ちなみにこの時、ハドは多少粘りましたがリオの一撃に離脱、ミカロに至っては冒頭数分に子供の一撃を浴びて退場となっていました。「未熟者」とせせら笑ったリオに、「やかましい自慢じゃねえけど反射神経死んでんだよ」とミカロが悔しそうに返していたのは余談です。まあ、義足のミカロにドッジボールの相手をさせるというのも、たいがい大概な話ではありますが。義足を披露することなく素直に参加したのは、場を盛り下げまいというミカロ流の気遣いだったのでしょう。
 そんな風にして、食事やおやつ、ゲームをしながら場は進んでいき、いいかげんイーニアも遊び疲れたのか、そのときはリオの膝の上でプレゼントの本を読んでもらっていました。リオの少年のような声が、物語を読み上げていきます。
「『ねえ、タイムカプセルを作りましょうよ。今日の素敵な記念になるわ』、と、エイニーは言いました。それは素敵だ、と、三人と大人たちは、タイムカプセルを作ることとしました」
「ねえリオちゃん、タイムカプセルってなあに?」
「ええっとね、」
 イーニアの疑問の声に、リオは少し考え込む風情でした。
「私やったことないんだよね……。ハド、説明できる?」
「ごめん、僕も概念は知ってるけどやったことない」
「ミカロは」
「やったことあるにはあるけどさ」
「へえ、どんな?」
 リオの問いに、若干照れくさそうに嫌そうに、ミカロは説明しました。
「けっこう始末に困るもんだぞ、あれ。まあ要するに、その時の自分の考えてる事だとか、何年後かに残したいものを適当な容器に詰めて、鍵かけるなり埋めるなりするんだよ。五年か十年か二十年か、ある程度先の未来で改めて開封して、恥ずかしさに呻くとこまでがセットだな」
「へえ。ちなみにミカロは何を埋めたの」
「将来の夢だの今好きな人だの、よくまあこんなもんシラフで書けたなって手紙が一通出てきたよ。間違っても他人には見せられねえのに、捨てるのも妙に忍びないし、どこにしまい込もうかってまあ苦労した。……けど」
 そう言って、ミカロはしばらくイーニアを見つめ、ややあって、にっと笑いました。
「やってみるか、イーニア?」
 イーニアは即答しました。
「やる! なにしたらいいの?」
「よーし、じゃあ、とりあえず五年後。十歳になったとき、手紙を渡したいひとに手紙書いてこい」
「わかった! ねえ、リオちゃんも書いて?」
「え、あ、え、ええ……?」
 リオは、ちろとミカロを恨めしげに見ました。
「お前、なんてことに巻き込んでくれるんだ」
 ミカロの返事はひょうひょうとしたものでした。
「言い出しっぺだ、俺もやるよ。イーニア、友達にも声かけてこい。五年後に渡す手紙書きたいひとーって」
「はあーい」
 そう言ってイーニアは友人たちのもとに走って行きました。私は隣の妻を見ました。妻は、あらあらと楽しそうに言いました。
「便せん、何人分いるかしら?」

 そうして、その場はにわかに手紙作成大会となり、一時間ほどして、クッキーの空き缶に、大小種類も様々な手紙が集まりました。ミカロとハドが本領を発揮して空き缶に防水処置を施し、子供たちに園芸用のスコップを渡して、タイムカプセルを埋めるための穴掘りが庭の隅で賑やかに始まります。
 子供たちがきゃあきゃあ穴を掘っているのを見守る大人たちの中、ミカロは私とリオの隣、うーんと伸びをしました。
「これ埋め終わったら、時間的にお開きですかね。まあ締めくくりにはちょうどいい余興じゃないですか?」
「そうだな」
 私が言って、リオが隣から、恨めしそうにミカロに言います。
「いきなり五年後に開封する手紙書けとか、無茶ぶりにもほどがあるぞ。覚えていろ」
「まあまあ。子供たちの思い出作りに協力したと思って」
「思い出作り?」
 そ、と言ってミカロが説明します。
「けっきょくタイムカプセルってのはな、楽しかった時間を閉じ込めてる時が一番楽しいんだよ。五年も十年も二十年も経ったら、交友関係も自分も変わってる。五年後、今ここにいる人たちの何人かはいないかもしれないし、旦那たちは首都に戻ってここに住んでいないかもしれないし、イーニアも、いろいろな理由でタイムカプセルのことを忘れているかもしれない。でも、それならそれでいいんだよ」
「……どうして?」
 リオの疑問の声に、ミカロはそっと笑いました。
「五年後に何がどう変わっていても、この場所には今日の楽しい思い出が埋まってる。別に開けなくていいんだよ。タイムカプセルってのは、あの日は本当に楽しかったなって思い出を、記憶に埋めるためのもんだ。今日ここでタイムカプセルを作っておけば、何かの拍子でその話題を聞いたりしたりしたとき、そういえば自分も昔、タイムカプセルを作ったなって思い出せる。そのとき一緒に、あの日は本当に楽しかったなって、今日の事も思い出せるって寸法だ。ここにいる全員が、今日の事を思い出すための仕掛けって言うか、記憶に目印を作るためのもんなんだよ」
 リオは、しばらくまじまじとミカロの満足げな横顔を見つめ、ついで穴を掘っている子供たちを見ました。子供の作業とは言え、賑やかに数人がかりで作る穴は、完成間近でした。
「……記憶の目印、か」
 少し考えて、リオはドレスシャツの袖をまくりました。
「私も手伝ってくる」
「あ? なんだ姫さん、どういう風の吹き回しだ?」
「さあな」
 言いながら、リオはイーニアの元へと歩いていきました。イーニアに何事かを話しかけたリオに、イーニアが笑ってスコップを差し出します。リオはありがとうと言って、穴を掘る輪に加わりました。

 ずっと後になって、リオはこの日の真意を話してくれました。
「あのとき、初めてミカロを、……いいなって思った。理由はよくわからないけれど」
 からり、とグラスの中で音を立てる氷を見つめて、リオはふわと微笑みました。
「いいなって、思って、……特別な日だったからかな。記憶に目印を作りたくなったんだよね。この気持ちにどんな形で決着をつけることになっても、最初の一日は、特別な日にしたかったんだ。あとになってタイムカプセルを思い出したとき、一緒に思い出して、少なくとも、懐かしいって思える恋にしたいって、そう思った」
「あれ、そんな理由だったのかよ……」
 リオの隣でミカロが呻き、「開けたくねえな、あのタイムカプセル」とぼやき、私と妻、リオの笑い声を誘いました。
 あの日ミカロが、まだリオに片恋をしていた時代のミカロが、タイムカプセルにいったい何を込めたのか、大変気になるところではあります。ですが、これはまた、別の機会のお話としましょう。

サークル情報

サークル名:わしず書房
執筆者名:ワシズアユム
URL(Twitter):@ayumu_washizu

一言アピール
作中登場人物が活躍する物語『イフリータ』、期間中お試し版と新刊を頒布します。今回のお話も新刊に掲載されています。『イフリータ』は時系列ごったまぜ短編連作形式ですので、このお話がどのくらいの時期のお話なのか想像するのも楽しいかも知れません。期間中、『わしず書房』にてお待ちしています。

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