郵便屋の木霊

 ある町の郵便屋には、精霊が住んでいました。
 精霊は人間には見えない木の精霊で、ある日生まれ育った森を飛び出して、ふらりと町にやってきました。
 どうして精霊は住み慣れた森を離れて、人間が住む町で暮らし始めたのでしょうか? それは、人間という生き物を知りたかったからです。木の精霊の中には、森の木々を切り倒し、住処を奪う人間を嫌うものたちも多いのですが、この精霊は、人間が木を切ることには何か理由があるはずで、良い人間もいるはずだと信じていました。
 精霊は、町に着いた後、どこか住み心地が良さそうな場所はないかと、彷徨っていました。そこで見つけたのは、丸太造りの建物でした。
 その建物は、町の郵便屋でした。精霊は木のある所でしか暮らしていけませんが、郵便屋の内装には、机や椅子などの家具にも木材が多く使われていましたし、手紙の紙は木からできています。そして、郵便屋の周りにはまばらに若い木々が植えられていたので、精霊が住むにはうってつけの場所でした。こうして、精霊の住処はすぐに決まりました。
 精霊が郵便屋で暮らし始めてからは、昼間に郵便屋で働く人々の様子を眺めることが日課となりました。そして、毎日のように届く手紙もまた楽しみとなりました。精霊は文字が読めませんし、手紙は封がされているものも多いので、精霊が直に手紙を読むことはできません。ですが、紙に込められた想いは精霊へと伝わってくるので、なんとなく内容は理解できるのでした。
 手紙の中に、家族を思いやる様子や、恋人同士の幸せなやりとりなどを感じとると、日の光を浴びたように精霊は元気になりました。いっぽうで、苦情や嫌がらせといった内容の手紙に近づくと、精霊は雷が落ちたような感覚に襲われるのでした。
 同様に、紙でできている本の内容もなんとなく理解できるので、精霊は時々こっそり本屋や図書館へと忍び込んで人間のことを知ろうとしていますが、いっぽうで、郵便屋に届く手紙は、今を生きる人々の気持ちが伝わってくると精霊は感じるのでした。そして、本や手紙を書くためには木を切る必要があるけれども、人間が知恵や想いを伝えるために必要なものであるし、木を粗末にしたり、精霊たちの住処を滅ぼしたりしない限りは、木を切る人間たちを嫌いたくないと精霊は考えるのでした。

 精霊が住む郵便屋で働く人々の中には、心優しい青年がいました。
 精霊は青年が手紙を届ける仕事についてきて、町の人々の様子を眺めることが好きでした。青年はその性格から多くの人に好かれており、人間の良い所をたくさん感じ取れたからです。青年が手紙を配ると、受け取った人たちは笑顔になりました。その姿を眺めると、精霊の心は暖かくなりました。そういったわけで精霊は、自分でも手紙を書いてみたいと思いました。
 けれども、精霊の言葉には文字がありません。人間は文字で気持ちを伝えられますが、彼らと同じように、精霊が手紙を書くことはできませんでした。
 それでも、精霊は木の葉に想いを込めることができました。嬉しいこと、怒りを覚えること、悲しいことに、楽しいことなどです。精霊にもそんな想いはありますし、木の葉に宿った想いを感じ取ることができるので、精霊は木の葉で手紙を書いてみようと思いました。
 どんな想いを込めようかと精霊が考えた時に思い浮かべたのは、故郷の森に住む仲間たちのことでした。精霊は彼らに、人間の町での暮らしを伝えたいと思いました。
 そこで、精霊は落ち葉を仲間の数だけ拾うと、その葉に想いを込めました。けれども、それだけでは仲間たちには届きませんから、故郷に木の葉の手紙を持って行く必要がありました。風に手紙を運んでもらおうかと精霊は考えたのですが、風たちは精霊の故郷の場所を知りません。ならば、自分自身で手紙を届けたほうが確実だと考えた精霊は、木の葉の手紙とともに、風を伝って故郷の森へと帰っていきました。

 森に帰った精霊は、仲間たちの姿を見かけると、彼らに木の葉の手紙を配りました。手紙を受け取った仲間たちのなかには、精霊の帰りを喜ぶものもいましたが、いっぽうで
「人間の真似事をしてどうするんだ」
「わざわざ葉に気持ちを込める必要がある?」
 と、否定的な意見をぶつけたり、そもそも手紙を受け取らないものたちも少なくありませんでした。
 この出来事がきっかけで、すっかり落ち込んでしまった精霊は、町の郵便屋に戻る元気もなく、しばらく故郷の森の片隅でぼんやりと過ごす日々が続いたのでした。

 それから間もなく、精霊たちの森に人々がやってきて、彼らは少しずつ、森の木々を切っていきました。森を切り拓いて、畑を作る計画のようでした。
「お前が人間を連れてきたんだろう?」
 次々に、仲間たちは精霊を責めました。
「違うよ」
 精霊は弁明しました。良い人間もいると信じたのは自分自身だけれど、故郷を奪う人間がいることは否定できませんでした。それに、このままでは仲間たちの住処がなくなって、みんな死んでしまうと、故郷の未来を危うんだ精霊は、葉に助けを求める旨を乗せて、各地の森へと葉の手紙を配っていきました。
 精霊が訪ねた森の中には、精霊たちが十分に暮らせない場所もありました。けれども、ある森の心優しい精霊たちは、木の葉の手紙を持ってやってきた精霊に興味を持ち、自分たちの森に精霊の仲間を受け入れようとしました。そして、
「これを、あなたの故郷の精霊たちにお渡しください」
 と、歓迎の印の葉を精霊に渡しました。
 精霊は新たな森の葉と共に故郷に戻ると、それを仲間たちに見せました。すると、
「新しい住処を見つけたのかい?」
 と、仲間たちは驚いた様子でした。
「そうだよ。木の葉の手紙は単なる人間の真似事じゃなくて、他の森の精霊たちにも想いを伝えられるんだ」
 精霊が答えると、多くの仲間たちは、疑っていたことを詫びました。へそ曲がりな仲間は精霊を信じようとせず、最期まで故郷の森に留まろうとしましたが、森がみるみる失われていく現状と仲間たちの説得により、ついには故郷を離れざるを得ないと決断したのでした。
 こうして精霊たちは、新たな森へと旅立っていきました。
 精霊は木の葉の手紙を配ることで、仲間たちを守ったのです。

 新たな森で暮らし始めた精霊は、世界各地の森に住む仲間のために想いの葉を届けたいと思うようになりました。そして、そのきっかけをくれた人間の青年にお礼がしたいと考えました。精霊は故郷の森から運び出した葉の中で一番きれいなものを選ぶと、それに感謝の想いを込めて、旅立ちました。
 精霊がかつて住んでいた町にたどり着くと、青年は変わらず郵便屋の仕事に熱心な様子でした。彼が仕事を終えた後、精霊はそっと彼の仕事机の上に木の葉を差し出しました。青年は、葉を手に取ると、どこから紛れ込んだのだろうと不思議に思うとともに、こんなに綺麗な葉を捨ててしまうのは忍びないと思いました。そして青年は家に帰ると、木の葉に重しを敷いて押し葉にしました。数日後、押し葉ができると、青年は葉柄にリボンを結んで本のしおりにしました。彼が大事そうに押し葉を本に挟む姿を見ると、せめてものお礼が伝わったようで、精霊は嬉しくなりました。
 それからの精霊は、世界各地の森に住む仲間たちの想いを運ぶべく、木の葉とともに風に乗るのでした。

サークル情報

サークル名:たそがれの淡雪
執筆者名:夕霧ありあ
URL(Twitter):@aria_yk

一言アピール
夢にまっすぐ生きる若者と子供たちをつかず離れず見守る大人を書くのが好きなファンタジー小説サークルです。わくわく感、旅、成長などを重視して書いています。新刊は今作を含めたファンタジー短編集の予定です。

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