アサーラ・シフェンステス嬢への手紙

親愛なるアサーラへ

 この頃、夏の気配を感じるようになったよ。モレノはまだ春の名残の中、光る丘ではますます花が咲き誇っていることだろうね。ベドゥールナへ来てからもう三年。春は首都で過ごすから、モレノの春が懐かしいよ。
 でも、今は初夏が待ち遠しい。
 ユレンはもう出立しただろうか。この手紙と入れ替わりになっているかも知れないけれど、会えるのを楽しみにしていると伝えてくれ。

親愛なる姉上へ

 こんにちは。ご機嫌いかがでしょうか。姉上に手紙を書くのは、思えば初めてなので緊張します。
 僕は無事、王都に着きました。兄上が出迎えて下さり、僕が来るのを待っていたと嬉しそうに仰いました。寮や学内の案内もして下さいました。困ったことがあれば何でも言ってくれと、モレノにいた頃と変わらずお優しいです。
 ベドゥールナには知り合いがいませんが、兄上がいらっしゃるのでとても心強いです。だから、心配しないで下さい。

親愛なるアサーラへ

 この前の手紙は、やはりユレンと入れ違いになったようだね。ユレンは手紙を書いただろうか? アサーラがきっと心配しているから、すぐ書くように言っておいたよ。もしもユレンから手紙が来ていなかったら教えてくれ。ちゃんと書くようにきつく言っておくよ。もっとも、ユレンのことだからきっと書いているだろうね。
 入学の儀には、在校生代表として私も出席した。真新しい制服に包まれたユレンの凛々しい姿を、君にも見せてあげたかった。

親愛なる姉上へ

 入学してからあっという間に三ヶ月が経ちました。新しい生活に慣れようと毎日慌ただしくしていて返信がすっかり遅くなってしまい、申し訳ありません。
 姉上はお変わりないでしょうか? 僕は元気です。ベドゥールナに来たばかりの頃は、兄上以外に知る人はいませんでしたが、今は友人ができました。彼らと兄上のおかげで、毎日楽しく過ごしています。
 兄上は昔からすごいお方でしたが、寄宿学校に入学してから、本当にすごいお方だと改めて驚いています。学内でフランセル・デ・シフェンステスの名を知らない者は、僕の同級でもいません。文武両道に優れているイデサーク殿下と競い合う良き仲だそうです。
 兄上の恥とならぬよう、シフェンステス家の名を汚さぬよう、僕も勉学に励みます。

親愛なるアサーラへ

 ベドゥールナでは先日、雪が降ったよ。モレノにももうすぐ冬が訪れるだろうね。こちらより暖かいとはいえ、体調にはくれぐれも気を付けてくれ。
 ところで、アサーラが心配していたことなんだが、残念ながら君の杞憂ではないようだ。
 ユレンに少々しつこく絡む連中がいる。ユレンの母上が側室だとどこからか聞きつけ、それにかこつけて嫌がらせまでする不届きな輩もいるらしい。
 アサーラ。心配しないでくれと言ってもきっと心配するだろう。だが、母上が違えども、ユレンは私の弟だ。私が必ず守るから大丈夫。

親愛なる姉上へ

 ベドゥールナはすっかり雪に覆われました。これほどの雪を見るのは生まれて初めてです。寮の裏庭で雪人形を作ったら、北方出身の友人に子供のようだと笑われました。
 雪景色は物珍しいですが、モレノの冬の方が好きです。
 もうすぐ、入学後初めての帰省です。お土産を持って兄上と一緒に帰るので、楽しみに待っていて下さい。

親愛なるアサーラへ

 昨日、ユレンと共に無事王都へ戻ってきたよ。短い休みではあったけれど、アサーラと新年を迎えられて良かった。
 私の学生生活は残りわずかだ。この夏には任官される。最終試験の成績次第ではあるものの、私はベドゥールナに残ることになるだろう。イデサーク殿下には頼りにされている。まだ気は早いけれど、次の新年はモレノに戻れないかもしれない。
 出立の前日にも話したね。アサーラ、私は真剣だ。父上と母上が反対しようとも、私は君を妻に迎えたい。
 卒業の儀が終わったら、一度モレノに帰るよ。その時に、君の返事を聞かせてほしい。
 アサーラ、愛しているよ。

親愛なる姉上へ

 兄上のお供として思いがけず帰省でき、姉上とお会いできて嬉しかったです。三日間の滞在だったので、本当に束の間の休暇でしたが。
 ベドゥールナの寮の部屋でこうして手紙を書いていると、あれは夢だったのではないかと思います。
 そう思うのはきっと、いつもお忙しい父上と二人きりで話したせいでもあるでしょう。
 姉上もお察しの通り、兄上をお止めし、姉上には兄上の求婚に応じてはならないと反対するように父上から言われました。
 父上のご期待に応えたいと思うものの、兄上のお気持ちを昔から知っていますし、また兄上は一途で時に頑固ともいえるお方なので、僕ごときが止められるとは思えません。
 姉上は、亡き母上の連れ子であることをいつも気にされ、控えめにされているので、兄上に対しても、姉上がお立場を気にされて遠慮なさっているのか、そうではないのか、僕には分かりません。
 姉上のお気持ちを察することもできない不出来な弟で申し訳ありません。
 ただ、僕に分かるのは、兄上にも姉上にも幸せになってほしいということです。

親愛なるアサーラへ

 返事を急がせて悪かった。相手の話をよく聞け、とイデサーク殿下にもたびたび注意されているのに、すっかり忘れていた。アサーラにも、殿下にも申し訳ない。
 アサーラ。返事は急がない。君が応えたいと思った時に、君の気持ちを聞かせてほしい。
 いつになっても構わない。私はいつまででも待っているよ、愛しいアサーラ。

親愛なる姉上へ

 姉上もご存じのように、エザーズ陛下が突如お隠れになったため、ベドゥールナは大変混乱しています。イデサーク殿下も兄上もお忙しいようです。
 先日、兄上と久しぶりに話ができました。忙しくて姉上に手紙を書く時間さえ取れないことをとても残念がっていて、元気だと伝えてくれ、とのことでした。
 僕の目から見ても、兄上はお元気です。ただ、やはりお忙しいため、疲れもあるようでした。
 早くこの混乱が落ち着くことを願ってやみません。

親愛なるアサーラへ

 君からの手紙になかなか返事を書けなくてすまない。アサーラを心配させていると思うと心が苦しいよ。
 最近ますます忙しいけれど、私は元気だ。
 ベドゥールナは、今や市中で戦闘が起きるほどの混乱ぶりだ。ユレンをモレノへ帰したいが、私の弟であるためによからぬことを企む輩も少なくない。だから、私のそばにいるのが今は一番安全だ。イデサーク殿下もユレンを気にかけて下さっているので、どうか安心してほしい。
 この混乱がモレノに飛び火しないことを祈っている。

親愛なる姉上へ

 イデサーク陛下がこの国の新たな主とおなりになり、兄上は重要な役職を任されるようです。
 この度の王位継承を巡る争いで多くの血が流れました。二年前、ベドゥールナを初めて訪れ、兄上が出迎えて下さった時には、こんなことになるとは夢にも思いませんでした。
 街の景色も級友たちの顔ぶれも少し変わってしまいましたが、泣いてばかりはいられません。
 兄上やイデサーク陛下のお役に立てるように、これからは再び勉学に励みます。

親愛なるアサーラへ

 イデサーク殿下が陛下とおなりになったが、なかなか落ち着く暇がない。旧王弟派の者が今も陛下のお命を狙っているし、ベドゥールナの治安は未だに不安定だ。王城でさえ、安堵できる場所ではない。
 君への久しぶりの手紙なのにこんなきな臭いことを書いてしまうなんて、さすがの私も少々疲れているみたいだね。
 だが大丈夫。どうか心配しないでくれ。すべてが落ち着いたら、君を迎えにいく。
 親衛隊の副隊長に任命された今、父上もきっと反対なさらないだろう。
 待っていてくれ、アサーラ。愛しているよ。

親愛なる姉上へ

 風に秋の気配が混じるようになりました。モレノはまだ暑い日もあるでしょうね。
 ようやくベドゥールナが落ち着きを取り戻し、季節の移ろいをゆっくりと感じられるようになりました。
 兄上は相変わらずお忙しいようで、最近お会いできていません。
 姉上の元には変わらず便りがおありでしょうか。

親愛なるアサーラへ

 君を迎えに行くと言ってから、もう一年が経ってしまった。手紙すらままならず、本当にすまない。
 イデサーク陛下の統治によって生まれ変わったベドゥールナで、アサーラとユレンと共に暮らせたらどんなにかいいだろう。
 一年前は、そう思っていた。
 モレノでの穏やかな日々を、この頃度々思い出す。ユレンはもうすぐ卒業だが、モレノに戻るよう、アサーラからも勧めてくれないだろうか。
 私の手紙を読んで下さるかは分からないが、父上にも同様のお願いをした。

親愛なる姉上へ

 きっと姉上にも、父上のお耳にも届いていることでしょう。そして、何かの間違いだとお思いのはずです。
 僕もそうです。到底信じられません。兄上がイデサーク陛下を弑し奉ろうとしたなど、絶対に何かの間違いです。
 兄上とイデサーク陛下のご意見の対立は、前々から噂されていました。しかしそれはあくまで噂であり、イデサーク陛下は以前とお変わりなく兄上をお側に置いておられました。兄上の、陛下に対する信頼も昔と変わりません。
 それなのに、どうしてこんなことになってしまったのでしょう。
 微力ではありますが、兄上をお助けするため尽力します。

親愛なるアサーラへ

 監視の目を盗んで書いている。どうしてこんなことになったのか、いつ、どこで、何を間違えてしまったのか、私にも分からない。
 私は潔白だ。世間からどう罵られようとも、君が私を信じてくれていると思えば、最期の時まで穏やかな気持ちでいられるだろう。

親愛なる姉上へ
 
 イデサーク陛下のご恩情により、兄上の御髪を一房頂くことができました。身辺の整理を終えたら、ベドゥールナを発ちます。
 どうか姉上だけでも、兄上を温かくお迎え下さい。
 帰ったら、三人で光る丘へ行きましょう。そして、子供の頃のように花冠を作って下さい。兄上がきっとお喜びになります。

サークル情報

サークル名:夢想叙事
執筆者名:永坂暖日
URL(Twitter):@nagasaka_danpi

一言アピール
異世界ファンタジーやSFを主に書いています。アンソロ投稿作は新刊・既刊のいずれとも関連がない話ですが、文章や作風の参考にしてください。最新刊は人魚姫をモチーフにした和風ファンタジー長編『あぶくは願う』。地下都市SF『少年よ、塵の中で躍れ』と『天体観測』もお勧めです。現代物の連作短編集もあります。

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