酔いどれの手紙

 酔いどれの朝は遅い。布団の中でスマホをかざすと、十一時を過ぎていた。昨夜はさすがに飲み過ぎてしまった。昼過ぎに出張に行く恋人を見送って、その後この部屋で一人酒盛りをしていたのだ。ドラッグストアに行って五本で五百円程度のチューハイを買い込んで、つまみも十分にカゴに放り込んだ。夕食は宅配で済ませて、その後ひたすらテレビを流し見しながらお酒をあおった。
 私の恋人はかっこいい。いわゆるキャリアウーマンだ。だから出張にだって行くし、何のためらいもなく自信に満ちた目で私のことをこの部屋に置き去りにした。フリーターにすぎない私はそれがうらやましいのもあって、やけ酒のようなことをしてしまったのかもしれない。
「うぅ……頭が痛い」
 二日酔いは年を取ってからなるものだ、とお酒を飲み始めたころに言われたけれど、もうそのやりとりから結構な時間がすぎている。お酒だけを飲んで布団にもぐりこんだのなら、頭に水分が足りていないのは当たり前のことで頭痛だって起きる。私はお茶の入っている冷蔵庫を目指して、ようやく布団から脱出した。

 冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出して、コップも用意せずそのまま口に流し込んだ。生き返った心地がする。だとしたら今までの私は死にかけていたのだろうか。恋人に置いて行かれて、寂しさで死んでしまううさぎのような気持ちだったのだろうか。今は私だけがいるこの部屋はがらんとした印象で昼の太陽の光を受けている。いや、受けていなかった。カーテンをまだ開けていない。私は一旦リビングに戻ることにした。

 カーテンを開けて陽気をあびた部屋を見返すと、テーブルの周りにはチューハイとおつまみの残骸に、紙切れがいくつか散らかっていた。まずは空き缶を台所に運んで、中身を流水で洗った。水切りカゴに色とりどりのチューハイが逆さにされて並んでゆく。お店で選んでいた時はとにかくお酒を飲みたくて絵柄なんて気にしていなかったけれど、なるほど仕事終わりに楽しむには楽しそうな彩りの缶たちだ。昨夜は味すら気にせずあおってごめんね。水をしたたらせる缶たちに一礼して、私はリビングに戻った。

 なんとなくテレビをつける気になれなくて、私はスマホからラジオのアプリを起動して流した。ラジオのDJは私がこの部屋に取り残されていることなんかいざ知らず、軽快にお昼のナンバーをかけてゆく。一層みじめな気分になったけれど、私は私の時間を送って、恋人が返ってくるころには両手を広げて迎え入れたい。今日の夜には恋人は帰ってくるのだ。それだけを原動力にして、私は部屋の片付けを続けた。
 おつまみの入っていた袋を分別してゴミ袋に詰めてゆく。久々に食べたさきいかはおいしくてお酒が進んだ。甘いものを試してみたくてチョコレートを一枚買ったけれど、それも酸っぱいレモンチューハイには合っていた。私の寂しさを癒やしてくれて、ありがとう。またしても一礼して、私はゴミ袋の口をしめた。

 さて残されたのは紙切れたちだ。寂しさを紛らわせようと、目に入ったレターセットの便せんに恋人への思いをつづった。書きながら恋人のことを考えて、今この場所に彼女がいないことを余計に感じられてしまって、手紙は未完成のまま丸められている。それがいくつかあるのだ。書いては丸め、お酒を飲んではまた便せんを広げた。
 書きかけの手紙たちには色々な思いが詰め込まれていた。酔っ払って書いたから、内容は読めたものではなかった。床には手を着けていない便せんが何枚か残っている。恋人が帰ってくるのは夕方か夜だ。それまでに一枚仕上げてみようか。ラジオではリスナーから届いたメッセージが読み上げられてゆく。私は誰でもない彼女に思いを伝えたい。同居するようになってから色々なことがあった。便せん一枚にまとめられるかは分からないけれど、この機会に思いの丈を詰め込んでみよう。
 丸められた便せんを広げていくとお腹が鳴った。私は腹ごしらえをすることにして、身支度をして近くのファミレスへ出掛けることにした。

 ファミレスで手頃なランチを食べて、再び部屋に戻ってきた。彼女とは休日があまり合わないので、一人で食事をするのには慣れていた。スマホでラジオを再生しようとしたら、彼女からメッセージが入っていた。

『今度はゆうちゃんと食べに行きたいな~』

 ご当地グルメらしき画像が一緒に送られてきていた。彼女も遠方から私を思ってくれているのだ。帰りが尚更待ち遠しくなって、私は『早く帰ってきてね!』と返信をした。
 しわくちゃになった便せんを読み返すと、苦笑いしてしまう内容だった。お酒の三本目をあけただとか、寂しいとか、寂しいとか。彼女は出張先で頑張って仕事をしているのに、私は孤独をこじらせていた。今ならもう少しましな内容が書けるだろう。昼過ぎにちょうどいいゆるやかな音楽を流すラジオを聞きながら、私は新しい便せんを前にペンを握った。

 ももかへ

 昨夜はひどく寂しい夜でした。私は五本ものチューハイを飲んで気をまぎらわせようとしたけれど、ももかがいないことに変わりはありませんでした。
 ももかはすごいね。出張を任されるなんて。そんなよく働くももかが、私は好きです。仕事のグチを聞く時も、ももかが頑張っているのだなぁと思えるし、次の日にスーツを来てびしっとした姿で玄関を開けてゆく姿を見るのは誇らしさすら感じます。
 二人でこの部屋で暮らすようになって、ずいぶん時間が過ぎました。ももかは私より働くのに、家事を手伝ってくれたり、洗濯物を完璧にたたんでくれたり。私がバイトで嫌なことがあっても、じっくり話を聞いてくれたね。それがいつもとても嬉しいです。
 ももかも出張先で私のことを考えてくれているのかな。お昼に送ってくれた画像、とてもおいしそうで一緒に食べに行きたいです。帰ってきたらお土産話をたくさん聞かせてね。
 いつもの部屋から、愛を込めて。

 ゆう

 時折スマホで漢字を調べながら、私は手紙を完成させた。昨日の夜のものよりはまともにできたと思った。時間を確認すると午後四時で、レースカーテンを開けて見ると日が傾き始めている。恋人からまだ帰りの時間は告げられていないけれど、もうすぐだ。私は乾いたチューハイの空き缶をゴミ袋につめながら、彼女の帰りを待つことにした。夕食は食べてくるのだろうか。私と一緒に食べたくてお腹を空かせて帰ってきてくれたらいいな。けれど食べてしまってきたのに食事を用意するのももったいないし、まずはそれを聞いてみようか。

『ももか、夕食はどうする?』
『今仕事終わったところ! もちろんゆうちゃんと食べるよ!』

 胸が躍った。もうすぐ愛しい彼女が帰ってくる。酔いどれのあの時間も懐かしいように感じた。頭が痛かったのは誤算だったから、今度は本数を減らしてゆっくり飲みながら恋人の帰りを待つようにしよう。
 夕食の用意をしようと部屋の中を見回した。まだ昨夜の手紙の書きかけが残されていた。私はそれだけ彼女に見つからないようにゴミ箱に片付けて、メモ帳に買い物リストを書き込んでゆくことにした。

サークル情報

サークル名:しかのねどころ
執筆者名:めぐる
URL(Twitter):@skycolorring

一言アピール
酔いどれ百合小説サークル「しかのねどころ」です。お酒に飲んだり飲まれたりする女の子たちを書いています。既刊はニートが頑張る話、恋人がかわいい話、お試し掌編の三冊です。新刊は奈良の酔いどれ紀行を予定しています。

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