秘息往還

一通目  廬智蓉ろちようより燕景仙えんけいせん

燕景仙殿

 冬至も過ぎて、沈々と冷える日が続いておりますが、息災でいらっしゃいますか。小職は冬至に合わせて小豆粥を食し、祇堂に拝しました。営む者が独りとなっても、祖上先祖をお祀り申し上げることに不備があってはならぬので、骨が折れます。
 さて、過日は当家へのご訪問、まことにありがとう存じます。
 正直に申し上げまして、非常に驚きました。赤松州せきしょうしゅうの玉海の浜辺まで、小職の噂が及んでおるとは、思いもよらぬことでした。しかるに、景仙殿が当家の大門に立っておられるのを見たときは、大変に無礼を働きましたこと、どうぞご寛恕ください。当家はご覧になったとおり、士族の末梢ではございますが、多分に貧しく、玉を耳に飾られている商家の女人が出入りされるような家ではないのです。景仙殿が、黒い草笠の下に、柔らかな輝きの白玉の耳飾りをお召しになっているのを見て、小職が「当家にはご縁のない方ではございませぬか」とお声がけ差し上げましたのは、かくなる故に依るものです。
 陶片を売りにいらっしゃったとは、慮外のお話にて、茶もお出しせぬままお手を取り礼を申し上げまして、驚かれたことでしょう。お恥ずかしい限り。
 当家に通う婢が休んでおる日でしたため、十分なお構いもできず、失礼いたしました。されど、厨に豆腐、沈菜漬物と濁酒がございましたのは幸いでした。
 その際お話いたしましたが、小職は、畏れ多くも主上より史官を賜り奉職する傍ら、各地の陶片を集め、筥陶司きょとうしの陶工に見せております。扶桑国ふそうこく大幹帝国だいかんていこく、はては南蛮や南海、西域の陶片が、官衙の古い芥場の土の下や、帝国から流れる川のほとり、港の潮溜りなどで見つかるのです。出仕のあいまに首府の近くのそのような場所を回り、こつこつと集めて参りましたが、川辺や浜辺など、玉を漁るひとびとと同じ場所でうろうろと歩き回ることも多く、親方に誰何されること頻々でございました。そのなかで、小職の奇妙な収集癖の噂が広まったのでしょう。
 景仙殿は玉の漁民いさりびとでいらっしゃるのですね。この時期は大変に冷たく辛い仕事ではないかと愚考いたします。棗茶をお出しした際、不躾にも景仙殿のお手を拝し、うつくしい風紋が肌に刻まれておられますのを、粉引の茶碗のようだとうっとりと見つめてしまいました。ともかくも、そのような女人が赤松州にはおられ、かつそのなかのお一人が、小職と同じく陶片を集めておられるということに、非常に昂奮いたしました。お持ちいただいた扶桑国の輸出用色絵、帝国の琺瑯彩、さらには千年近く以前の三彩を拝見し、はしたなく躍り上がった小職に、呆れられたことでしょうが、それほど小職にとっては素晴らしい出会いでした。
 景仙殿がそれぞれの陶片の由来についてご存じないにもかかわらず、その色やかたちに惹かれ、集めていらっしゃったことも、素晴らしいと思いました。薄学の身故、十分にとは申せませんでしたが、小職よりご説明申し上げた各陶片の由来について、ご理解いただけたでしょうか。小職のような学者に、そうした由来を聞きたかったのだ、と仰っていただけたのはとても嬉しく、夜の更けるままにお話差し上げた時間は、心の底よりこみ上げてくるような幸福に浸れた、貴重な時間でした。それが景仙殿も同じように感じられておるのであれば、とても嬉しく存じますが、いかがでしたでしょうか。
 小職の思いばかり並べ立てまして、恐縮でございます。
 どうかおからだにはお気を付けになり、まだまだ続く冬を無事にお過ごしになるよう、心よりお祈りいたします。

廬 拝

二通目  燕景仙より廬智蓉へ

廬智蓉さま

 学のない身ゆえ、つたないふみとなることをお許しください。
 年の瀬も押しつまり、ご多用のことと思います。
 先日は突然の訪問にもかかわらず、あたたかいおもてなしをいただき、とてもうれしかったです。なつめの茶には、しょうがを入れていただいたのでしょうか。飲ませていただいたときに、すぐにぽかぽかとあたたかくなりました。いやしき身ですので、あのように甘い茶をきっする機がなく、しみじみとありがたかったことを覚えております。
 ぶじ赤松州のわが家に帰り着き、日々玉をすなどっておりますが、無心になって白玉や碧玉、こはくやさんごを浜でひろい集めているときにも、智蓉さまのお宅で拝見した陶磁器や、智蓉さまのお話がよみがえり、胸があたたかくなります。
 当代の陶磁器というのは、あんなにもおおらかでやわらかな線をえがき、それでいてきりりと棚におさまっているものなのですね。陶片ばかりながめておったものですから、欠けることのないすがたで見るのはこころうごかされる思いでした。
 お話はとてもわかりやすかったです。智蓉さまのおかおは、つるりとしていて、まるで白磁のつぼの、なでがたのかげの部分のような淡さだと思いました。学者さまのありがたいお話をうかがえて、わたしはしあわせものです。
 あらたに同封の陶片を見つけました。たいそう色のうつくしい青磁です。お役に立てればよろしいのですが……。お代はいりません。たいへんおそれおおいことですが、できましたら由来を書いて送っていただければと思います。
 かんたんですが、ご用件まで。

燕景仙より

三通目  廬智蓉より燕景仙へ

燕景仙殿

 謹んで新年のお慶びを申し上げます。
 当家ではなんとか除夕大晦日までを乗り切り、餅湯を炊くことができました。
 玉簡を拝受し、また、青磁の陶片をお送りくださり、感謝に堪えません。実に美事な発色の、目の冴えるような粉青色で、目にした瞬間、お恥ずかしいことですが、取り落としそうになりました。このような素晴らしいものは、おそらく残念ながら本朝のものではなく、大幹帝国前代、南壮の名窯の作でございましょう。帝国内で流通すべき優品ですが、もしかしたら本朝の富貴のひとの購入の意を受けて海を渡り、その際難破して割れ、流れ着いたものなのかもしれません。
 とてもいただけるものではなく、また、文に同封して軽々とお送りすることはためらわれます。どうか当家にもう一度お運びくださり、持ち帰ってはいただけませぬか。常道では小職が赤松州に参上し、お渡しすべきところですが、生憎奉職の都合が悪しく、長く旅に出ることが叶わぬ有様です。ご無理を申し上げまして甚だ恐縮ですが、どうぞご高配を賜りますよう、お願いいたします。
 親戚縁者に先立たれ、独居をかこつ身故、巷間の年賀の往来をぼんやりと眺めるのみの正月でした。以前当家に訪問いただいた際、不調法にもご家中のご様子を伺わずにお話いたしましたが、景仙殿はいかがお過ごしなのでしょうか。
 最近は史書を捲りながら、ふと景仙殿はどうされているか、心掛かりとすることが増えました。荒々しい冬の玉海の浜辺で、切るような冷たさの潮にお手を浸されておられることを想起して、胸が潰れるような思いがいたします。朝餉を食す匙の手が止まり、麦飯のなかに景仙殿のかんばせを思い浮かべていて、婢に小言を言われることが度々になってしまいました。些事をつらつらと述べまして申し訳ございません。もともと、小職は史書のなかに埋没すべき砂粒のような身の上と思い定めてこれまでを生きておりましたが、この頃はいや増して自らが微細な身のような気がしてなりません。ご迷惑かと思いましたが、首府には、勝手な妄念に取り憑かれ、このように愚慮する陋劣なる者がおることを、知っていただければと厚顔にも思ってしまった次第です。
 路銀の足しになればと、心ばかりの手形を同封いたします。
 首府では雪の積もる日々となりました。風の温む時節においでいただければと、一日千秋の思いにてお待ち申し上げております。

廬 拝

四通目  燕景仙より廬智蓉へ

廬智蓉さま

 お金はうけとれません。同封して返送いたします。
 お気づかいまことにおそれおおいことです。わたしのしごとについてですが、日ごろこなしていることですので、おこころがかりになさるものではございません。元気にすごしております。
 お訪ね申しあげましたときに、わたしが、なにかお気にさわることをしでかしたのでしょうか。そのように思いつのっておられるとのこと、こころ苦しく思います。どうかごかんにんください。わけをお聞かせくださいませ。それとも、直接おことばをいただいたほうがよろしいでしょうか。
 弟が正月をむかえられず、本年は喪に服しておりました。智蓉さまと同じく、家にひとりとなってしまいました。近所のかたがたがたまにかおを見せてくれますが、かまどに火をくべるのもおっくうで、ものさみしいここちです。こちらに智蓉さまがおられたら、お話を聞ききにうかがうのにと、詮ないことをふと考えます。
 青磁の陶片は、智蓉さまにこそ持っていただきたく、お送りしました。あの陶片を見たとき、智蓉さまのお腰につけられていた佩玉の石の、さらさらとした音を思いだしたのです。あのように清らかで、ふんわりとした色あいでしたので、ぼろ屋に住まう漁民のわたしなどより、智蓉さまにお持ちいただければと思いました。どうぞお受けとりください。

燕景仙より

五通目  廬智蓉より燕景仙へ

燕景仙殿

 弟君のこと、衷心よりお悔やみ申し上げます。
 玉簡を拝した際、思わず泣き伏してしまいました。景仙殿のお嘆きを思うと、胸が張り裂ける心地です。お心を落とされておるとお察しいたしますが、どうかご自愛ください。
 わずかばかりですが、花梨の砂糖漬けをお送りします。煮ればすぐにお飲みいただけるものです。喫されてお心を安んじられることを望みます。
 大変なときに、小職のくだらぬ妄念のことなどでお心を煩わせたこと、申し訳ございません。景仙殿のお振る舞いに、まったく瑕瑾はなく、すべて小職の不徳のいたすところです。この件に関しましてはどうぞご放念ください。
 青磁の陶片に関しては、諒解いたしました。ありがたく拝領いたします。
 小職も、景仙殿のおそばにいられればと切に願います。
 職の多忙が厭わしく、すぐにでも赤松州に飛んでいきたい心地です。
 このように心配している者がおることが、景仙殿のお力になればと思います。

廬 拝

六通目  燕景仙より廬智蓉へ

廬智蓉さま

 送っていただいた花梨茶は、ありがたく飲みました。やさしい香りがして、うす暗いぼろ屋に花がさいたようでした。
 くらしは落ちついてまいりました。毎日波の音を聞き、こごえながら潮のなかをあるいていると、なぜか、こころに吹きすさぶあらしが凪いでいくようです。大きな翡翠を見つけたので、思いがけず銭ができました。弟の残してくれたもののように思えます。
 飯場でふところがあたたまったとき思い浮かんだのは、智蓉さまのおかおでした。なぜか胸がぎゅっと痛くなり、それからわくわくしてきました。
 またお話したいと思ったのです。
 摂峰城市せっぽうじょうしの宿にてこれを書いています。
 あと十日ほどでうかがえそうです。

燕景仙より

サークル情報

サークル名:鹿紙路
執筆者名:鹿紙路
URL(Twitter):@michishikagami

一言アピール
初売りはキノコなどの菌類インターネットと手仕事を軸にした、東欧風SF百合ファンタジー『根を編むひとびと』・古代東国、牛馬を飼うエミシの少女と織物の好きな公民の少女の恋『玻璃の草原』二作品です。

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