大切なあなたへ
『李音へ
こんな形でキミに手紙を書くことになるなんて思わなかったから、何から書こうかと悩んでいます。
李音は初めて出逢った時のこと、覚えていますか?
あの大きな公園の、大きな桜の木の下。
俺が気に入っているヴァイオリンの練習場所。
鈴の鳴るような声で話しかけてくれたキミのことを、あの時はとても綺麗な子だなと思ったんだ。
それから、ヴァイオリンの練習をしているとよく逢いに来てくれたよね。
練習だったからキミに聴かせるのは恥ずかしかったけれど、コンクールの本番できちんとしたものをキミに聴かせたいと思えたから、あの時はもの凄く頑張って練習したんだ。
あのコンクールで優勝できたのはキミのおかげ。
今でも感謝しています。
それから、一緒にいるのが当たり前になって、
初めて過ごしたクリスマス。
珍しく東京でも雪が降ったよね。
あの時に見た雪を、キミは「羽根みたいで綺麗」なんて、嬉しそうに言っていたのを覚えている。
あの日、キミにプレゼントしたペンダント。
あの日からずっと身に付けていてくれたよね。
嬉しかった。
そのペンダントは、今、俺が持っています。
「熠羅といると元気になるから、きっと普通に生活できるようになるよ」って、いつも言っていたよね。
俺もそうなるといいと思っていたし、一緒にドイツで暮らしたいって本気で思っていたんだ。
李音と三度目の夏を迎える前。
キミは調子があまり良くないと言っていたのに、その日は「海が見たい」って珍しくワガママを言って遠出をしたよね。
あの日、砂浜に座って、海を眺めているキミの横顔が寂しそうに見えたのは、見間違いではなかったんだなと今更になって思う。
ねぇ、李音にとって俺はどんな人だった?
短い時間だったけれど、俺はキミを幸せにできたかな?
俺は、キミに出逢えて、キミと過ごした時間が
とても幸せでした。
ありがとう。
もし、生まれ変わりがあるのならば、
俺はまた李音に逢いたい。
どうか、また逢えるその時まで、見守っていてください』
ーーーー
「すみません……。これも一緒に棺に入れてもらうことはできますか?」
「えぇ。いいですよ」
キミへの想いは
キミと共に灰になり
キミと一緒に空へ飛んで逝った。
***
『熠羅へ
お手紙ありがとう。
貴方からの初めてのお手紙で驚いていますが、
とても嬉しいです。
貴方との思い出は、全部、全部、覚えています。
病気がちで、まともに学校も行けなかった私には、友達らしい友達もいなかったから、
貴方が初めての友達であり、恋人でした。
だから、貴方との思い出は全部、宝石みたいにキラキラしています。
貴方の奏でるヴァイオリンの音も、覚えていますよ。
おとぎ話の魔法みたいに輝いているように感じたり、
ブランケットに包まれてるような温かさを感じたり。
きっと、あの音色は貴方そのものだったのかな。
貴方のヴァイオリンの音が大好きだったから、貴方に会ってみたくて、あの日、桜の木の下に行ったの。
本当のこと言うとね、カッコいい人で良かったって思っていました。
私、貴方に出会えてから、少しずつ体調も良くなっていたから、きっと、私も他の人みたいに普通の生活が出来るかもしれないって思っていたの。
貴方と一緒なら、きっと私は元気でいられるって。
だから、貴方がドイツでヴァイオリンの勉強をしたいから、一緒に来てって言った時に、貴方と広い世界が見られるんだって嬉しかった。
だから、また病気になった時はとても悔しかった……。
日に日に動かなくなる身体が悔しくて。
なんで、こんな身体なんだろうって、たくさん泣いたけれど身体は変わることがなくて。
だから、最後に海を見たかったの。
貴方が戸惑っていたのは分かっていた。
もし、行った先で私が倒れたらって心配させた。
あの時はワガママ言ってごめんなさい。
そして、ワガママを聞いてくれてありがとう。
広い世界の、ほんの端っこだけれど、貴方と見られて幸せでした。
たくさん、心配をかけました。
たくさん、迷惑もかけました。
それでも、貴方は私のそばにいてくれました。
本当にありがとう。
短い時間だったかもしれないけれど、私はとても
幸せでした。
どうか、これからは私に囚われないで
貴方が一番幸せな日々を過ごしてください。
貴方が広い世界で幸せになることを
誰よりも願っています』
ーーーー
ドイツ・ベルリン。
もう3月だというのに、日本の3月とは違い、まだまだ厳しい寒さで、太陽が見える日は殆ど無い。
大学の授業が終わり、自分のアパートへと向かって歩いていた熠羅に、突然、季節外れな温かな風が強く吹いて彼の黒髪を乱した。
熠羅が、温かい風が吹いたことを不思議に思いながら空を見上げると、ひらひらと何かが落ちてきた。
「……桜?」
熠羅の掌に一枚の桜の花弁が落ちてきた。
季節外れだな、ベルリンにも桜なんてあるのか?
熠羅がそう思った瞬間、亡くなった彼女の声が聞こえたような気がした。
「李音……?」
まさか。
熠羅はそう思ったが、ふと、彼女の棺に手紙を入れたことを思い出した。
あぁ。もしかして、返事をくれたのか。
熠羅は、そう思いながら掌に落ちた花弁をそっと握り締めて、風が抜けていった方を見つめる。
「ありがとう……」
そう呟いた彼の視界は、少しだけ滲んでいた。
サークル情報
サークル名:SUGARIUM
執筆者名:華紗音
URL(Twitter):@kanon_ray_reve
一言アピール
テキレボ頒布物と無関係ですが、大昔に個人サイトで公開していた「Canon」という話の2人です。(その作品は、今はどこにも公開していません)
手紙の内容通りのストーリーなのですが、今回のそれぞれの手紙には、お互いに思い出と相手に伝えきれなかったことを綴っています。
割と悲恋書きがちなのですが、テキレボ頒布物の小説は、ハッピーエンドなのでご安心くださいませ。