一葉一荷、雨季明けの王都より

 陸軍所属の士官魔術師、ユジノ・レネンモリト中尉は三か月ぶりの王都の空気に辟易していた。
 王都自体は初任配属の魔術戦略課時代に二年過ごした思い入れのある土地で、都会的な雰囲気は嫌いではないし、最新の書籍が並ぶ書店も気軽に立ち寄れる酒場も、各地の名産品が集まる商店も魅力的だ。
 ただひたすらに気候がよろしくない。雨季の明けた王都は既に夏の様相を呈しており、海辺ということもあって湿った暑さが常に苛だちを生んで仕方がない。
 アイシェルト王国国防陸軍の軍籍魔術師に支給される制服――特に通常勤務時の衣服は暑くて評判が悪い。型自体は標準のそれと大差ないのだが、素材に魔術と相性の良い特殊な物を用い伝統的に魔術師が纏う衣装の要素を入れようとした結果、通気性の悪い布地が採用され、背中には全体を覆うようなケープが付く形になってしまったのである。特にこのケープ、士官用の制服は丈が長く、腰の下までしっかりあるのでとにかく熱がこもる。
 冬はいいのだ。着込まずとも温かく、外を歩くときはケープで体の前も覆える。
 当然、夏服もある。標準の物と同じように風が通るように隙間を作った縫製を施し、ケープは付いたままながら全体の生地を少し薄く織っているため、見た目にも若干涼しげであるが、それでも暑いと苦情は多い。
 しかしながら、ユジノは未だに冬服を着用していた。
「その服はさすがにもう暑くないか」
 軍関係者の短期滞在用に確保された本部宿舎食堂は安価で美味しい朝食が食べられるとあってにぎわっていた。そんな中、目の前の部下だけが妙に暑そうな服装なのを見とがめて、サルネラ・シューライズ少佐は素直な質問を投げかける。
 同じく士官魔術師のサルネラはとうに夏服に切り替えているが、それでも暑いなあと飲み物は冷えたジュースを選んでいた。決して美肌にいいと書いてあったから気を引かれたわけではない。
「暑いですよ。中に冷却用の術式をいくつか仕込んでみましたが、焼け石に水程度ですね」
「なにそれ詳しく聞きたい……というか、夏服持ってこなかったのか」
 ユジノは三年目の士官魔術師だ。まだまだ若手とはいえ、新人ではない。他の装備類と同じく制服も毎年支給対象の品目で、夏用冬用各二着ずつもらっているはず。
 去年まで後方勤務だったので戦闘服は辞退しているかもしれないが、勤務服を持っていないわけがないのだ。
「色々あって持ち出し損ねました。なんとか耐えられると思っていたんですが、まさか滞在が延びるとは……」
 ユジノとサルネラは共にクルヴァヤ試験隊の構成員である。新たな戦略検証のための実験単位として編成された隊の隊長と副隊長が揃って陸軍中枢本部に呼ばれたのは、発足から三カ月の報告のためで、当初は三日間だけの予定だった。
 ところが、そのまま複数の部署からの調査協力要請が入り、更に試験隊の規模拡大のための選抜要綱策定に加わるよう言われ、その他にも色々頼まれているうちに気づいた時には滞在が半月近く延長されていた。
 クルヴァヤ試験隊は非常に小さな試験単位なので、隊長と副隊長が揃って拠点を離れてしまうと残るのは医官と二人の兵だけになってしまう。この度ちょうど医官転任後の研修期間を終えて准尉から少尉へ昇進する予定のアイリ=レチェーニー・マリアトライに指揮権を一時譲渡して、基礎訓練と宿舎の改装に向けた準備をするよう命じてある。
「夏服くらい買ったらどうだ? 自腹にはなるが、一日あれば手に入るし」
「ああ、実は既製品は、その……サイズがですね……」
「サイズ? 女子用は小さいのもあったはずだが」
 平均より小柄なユジノの体格を考慮して聞いてみたが、返答は逆であった。
「いえいえ、胸がきつくて。いつも二サイズ上を頼んで直しに出すんです。一週間くらいかかるんですよ、これが」
「……そ、そうか」
 風呂で見かけたときから、ユジノが背丈の割によく発達しており、どうやら着やせする方であることにも気づいていたのだが、まさか制服に支障が出るほどとは思っていなかった。
「しかし、このまま半月は確かに辛いものがありますね」
「拠点には着られる夏服があるんだろう? 連絡して送ってもらえばいいんじゃないのか」
「……部下に私物を探させるんですか」
「仕方がないだろ。それが一番早いんだし。エルデならすぐに見つけてくれそうだ」
 エルデ=ラースタチカ・エルダーステンプは二等魔術兵だが、諸事情により上官であるユジノの部屋で過ごす時間が多い。春に兵科訓練学校を出たばかりの新人なので雑用を任せてもおり、実際のところユジノのクローゼットに関してはユジノ本人よりも詳しいかもしれなかった。
「となると手紙ですか」
「魔晶通信でいいだろう?」
「いや、教えたんですが……あいつの魔力が弱すぎて通信確立できないんです」
 魔術師同士の連絡手段として使われる魔晶通信は魔力を媒介とした通信であり、職業魔術師であれば事前に合言葉を決めておくだけで長距離通信も可能な原理なのだが、箒で飛ぶ以外の魔術がてんで駄目なエルデにとっては超高等技術となっていた。
「アイリかトーリに伝言を頼めばどうだ?」
「……いえ、色々言い含めたいこともあるので、手紙にします。今からならまだ午前の文書便に間に合うでしょうし」
 軍関係施設を結ぶ内部文書便なら所属と軍籍名を直接書いて発送できるので、最短で届けてくれる。
 幸いにして、今日は昼前まで予定がない。自室で身辺整理と事務仕事をするつもりだったところに一通したためる程度の時間は簡単に取れるだろう。

 商家出身で事務仕事もそつなくこなすユジノがその手紙を書くにあたり、意外にも二度の書き直しを要した。
 最初はあまりにも必要事項だけのメモになってしまったので、さすがに味気ないと思いなおしてやり直し。
 二回目は、どうせなら仕事のことも書いてしまおうと思い、それならそっちが本題であるべきなのではないかと再構成した文面である。

 軍籍魔術師のくせに魔晶通信を使えない二等兵がいるせいで、久しぶりに文書便など頼ることになってしまった。本部の文書室に直接投函するので二日あれば届くとは思うが。
 さて、こちらでの任務が延長となったのは先に皆に知らせたとおりだ。隊長と共にあと半月ほどこちらに残る。もうしばらくの間、ちゃんと先輩たちの言うことを聞いて励むこと。
 不本意ながら月末月初をまたいでしまうことになったので、報告書催促と請求書類が溜まるかもしれないが放っておいてくれ。帰ったその日に片付ける。
 ただし、可能なら仕分けだけでもしておいてくれると助かるが、あまり期待はしていないので大丈夫だ。
 別件で、少し暑くなってきたので夏服がほしい。私服と制服を二着ずつ速達小包で送ってくれないだろうか。着払いでいいので、表書きの本部宿舎に頼む。
 こちらで調達しようとすると物価が高くて割に合わない。(階級章がまだ少尉のままかもしれないがそのままでいい。自分で取り替える)
 くれぐれも、自分で運んでこようとはしないように。お前に単独行動を許可するつもりは一切ない。もし万が一王都まで飛べばお前の魔力が尽きることぐらいは理解できているはずだ。
 頼むから馬鹿なことをしないように。以上。

 投函締め切りまでまだ余裕があることを確かめて、ユジノは手紙を読み返す。
「……こうでもしないとあいつは絶対に自分で運んでくるからな」
 エルデは長距離輸送を生業とする村の出身で、本人も箒飛行の才能に恵まれている。
 その技術は、村で一番の箒乗りに与えられるラースタチカの称号を有するほどで、その反動なのか他の魔術はほとんど使えない。正直なところ軍籍魔術師としての要件は満たせておらず、クルヴァヤ試験隊なんて特殊な所属でなければすぐにクビになっていそうなものである。銃弾の嵐の中を飛ぶ勇気のある者求む、の募集文句にあんなに合致した人材はそういない。
 そんな彼女なので、直接明文化して釘を刺しておきたかったのだ。
 一方のユジノは天才の呼称がふさわしいほどの優秀な魔術師で、その圧倒的な魔力量と素質、広く深い知識、幼少期からの訓練、それら全てに裏打ちされた技術により、最高難度の術式をいとも簡単に操ってみせる。
 唯一の欠点は、飛行術式が使えないこと。自力では箒に乗れないのだ。
 箒だけの天才と箒以外の天才は、二人で一本の箒に乗り空を舞う。
 ユジノにとってエルデはただの部下ではない。欠くことのできない相棒で、命を預ける信頼の先。……といっても、最近は公私混同が過ぎて妹のように扱ってしまっているが。
 なんにせよ、こんなことで無茶をされては困るのだ。
 誤字がないことを確かめて通信欄に宛名と発信元を記載し、ユジノは手紙を鞄に仕舞う。簡素な伝達葉書だが、裏透けしない程度には強度がある。
 技術部門との打ち合わせ前に文書室へ寄ろうと考えながら、帽子を手に取って。
 その隣にある小さな包みに気づいた。
 中に入っているのは金細工の耳飾りだ。自分用ではない。
 エルデの箒に乗るとき、耳で揺れていたら綺麗だろうなと思って土産代わりに買っておいたものだった。
「あー……」
 しばし迷い、鞄から手紙を取り出す。ちょうど余っていた下部に一行を追記。

 追伸
 お前によく似合う耳飾りを見つけたので、一般小包で送っておいた。来週には届くだろうから受け取るように。

 文書室では一般の郵便物も受け付けている。

サークル情報

サークル名:PreBivi
執筆者名:姫神 雛稀
URL(Twitter):@Copy_hmgm

一言アピール
女子が空飛ぶ軍隊モノ「悠遠のラースタチカ」よりユジノ視点の短編。テキレボEX2で2巻頒布予定。ユジノ・レネンモリトは無意識で部下に貢ぐ系。

かんたん感想ボタン

この作品の感想で一番多いのはかわゆい!です!
この作品を読んでどう感じたか押してね♡ 「よいお手紙だった」と思ったら「受取完了!」でお願いします!
  • ほのぼの 
  • かわゆい! 
  • 受取完了! 
  • しんみり… 
  • 胸熱! 
  • しみじみ 
  • ゾクゾク 
  • 尊い… 
  • エモい~~ 
  • この本が欲しい! 
  • そう来たか 
  • 怖い… 
  • ロマンチック 
  • 感動! 
  • 泣ける 
  • 切ない 
  • うきうき♡ 
  • 笑った 
  • ほっこり 
  • ごちそうさまでした 
  • 楽しい☆ 
  • キュン♡ 
  • ドキドキ 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

次の記事

解硬