ガマズミが咲いた日

 北川蒼 様

 はじめまして。私は鎌田美澄といいます。
 今日はあなたにどうしてもお伝えしたいことがあってこうして筆を執りました。
 先日、名古屋で行われたカエルレアのライブを拝見しました。あなたの歌はとても素晴らしく、もう音楽で感動することなどないと思っていた私に、これまでとは違う世界を見せていただきました。あなたの歌は誰のものとも違う。あなた自身が書いた歌詞ではないというのに、歌詞の世界に入り込み、その主人公として振る舞える。そんな芸当ができる人は、いま第一線で活躍しているアーティストの中にもほとんどいないと言えるでしょう。
 彼らはどの公演も破綻なく最後までやり通すことをどこかで考えています。ペース配分などと言ってしまえば聞こえは良いですが、所詮は曲に入り込めず、冷静になってしまっている部分がどこかにあるのです。曲の主人公はその瞬間に生きているというのに、自分と主人公の間に線を引いてしまうのです。
 けれどそれも悪いことばかりではありません。彼らはそうしているおかげで、長丁場のライブを何公演もこなし、何度も同じ歌を歌うことが出来ているのです。線を引いていればすぐに自分に戻ることが出来る。けれどあなたはきっと、それが出来ない人なのでしょう。
 あなたには間違いなく才能があります。それがどこから来るのか、考えました。それは先程述べた、曲の主人公と自分の間に線を引くことが出来ない、ということに繋がってくるのではないでしょうか。
 あなたがどんな人生を送ってきたか、私は知りません。けれどあなたには「確固たる自分」というものが未だ確立されていないように感じます。自己同一性の確立と言うのでしょうか、それが成されていないように思うのです。
 気を悪くしてしまったのなら申し訳ありません。けれど人の成長に個人差があるように、自分自身を確立できる時期にも差があるのです。あなたはたまたまそれがまだ出来ていなかった。だからこそ自分と歌の主人公の間に線を引くことが出来ず、逆に同化することが出来るのではないでしょうか。
 それは素晴らしいパフォーマンスを生む一方で、あなたを害する刃にもなっているように思います。与えられる歌がただのよくある失恋であったり、応援歌のようなものだったら、それは刃にはならなかったでしょう。あなたの相方である高橋柑奈が作る曲がいけないのです。
 彼女の曲は憎悪や嫉妬、怒りに満ちていて、それはあなたのように自分を確立しきれていない人間の心を蝕むものです。また、歌うという行為は感情を増幅します。泣くほどのことでないときも歌っているうちに涙がこぼれたりするものです。あなたは歌うことにより曲に込められた負の感情を増幅し、それが曖昧なあなた自身の輪郭を侵しているのです。
 あなたは今、歌っているのがつらいでしょう。身を切られるような思いを抱きながらステージに立っているのだと思います。あなたが音楽の世界からいなくなることで悲しむ人は多いと思いますが、その人たちはあなた自身のことなど何も考えてはいないのです。あなたの相方である彼女も、そして彼女を止めない周りのスタッフたちもその人たちと同類です。あなたは今すぐその場所から逃げるべきです。彼女はあなたの素晴らしい才能を利用するだけ利用して使い捨てるつもりです。あなたの今後のことを考えるのなら、今あなたにカエルレアの曲を歌わせるなんてことはしないでしょう。
 私はあなたのことを心から愛しています。どうか私の言葉を聞いてください。私はあなたの歌を聴いて、一瞬で心を掴まれました。あなたに私の全てを捧げてもいいとさえ思いました。歌っているあなたは苦しそうで、けれどとても美しかった。私はあなたほど美しい人を他に知りません。だからこそ、私はあなたを失いたくはないのです。ここで使い捨てられてしまうことに耐えられないのです。
 もしあなたが今いる場所から抜け出ようとしたときに止める人がいるのなら、私に連絡をくださっても構いません。私はあなたのためなら何でもします。あなたを害するものを全て排除して、あなたに平穏な日々を捧げましょう。あなたを引き止める人に罪悪感を覚えたりする必要はありません。何よりも大事なのはあなた自身の生命です。その他のことは二の次でよいのです。けれどあなたは優しい人だから、きっと迷ってしまうのでしょう。そのときは私があなたを守ります。あなたがこれ以上負の感情に汚染されないように、私の出来ることなら何でもします。
 これを読んだなら、出来るだけすぐに行動を起こしてください。もうあまり猶予は残っていません。あなたが壊れてしまう前に、私はあなたを救い出したいのです。

 これでわかってくれるだろうか。アオイの歌は確かに素晴らしい。けれどあのまま続けていたらアオイは壊れてしまう。崩壊へと突き進む流れを、この手でどうにかして止めたいのだ。まずはアオイ自身に、自分に何が起こっているか気付いてもらうこと。そして、彼女を壊そうとしているものを排除すること。アオイに出す手紙だけでは不十分だろう。他に何をすればいいか。名案は浮かばず、私は溜息とともにペンを置いた。
 ずいぶん連絡を取っていなかった高校の同級生からカエルレアというバンドのライブに行かないかと誘われた。音楽の夢を諦めて派遣社員として鬱屈としていた日々を送っていた私の人生は、そのライブで一変した。
 カエルレアのボーカル・アオイ。彼女の歌は凄まじかった。赤と青、優しいそよ風と打ち付ける冷たい雨。本来一緒にはなれないものが同時に存在する声。私はその歌の虜になって、同時に彼女が彼女の才能によって壊れてしまうことを危惧した。才能を利用しようとする人たちは、彼女が壊れるとわかっていても使い続けるだろう。彼女が自分で気付いて離れるか、誰かが強制的に引き剥がすしかないのだ。手始めに手紙を送ることにしたけれど、これだけでどうにかなるとは思っていない。
 待っていて。あなたをその苦しみから解放してあげるから。あの日から、それが私の使命になったのだから。

サークル情報

サークル名:通し稽古―Generalprobe―
執筆者名:深山瀬怜
URL(Twitter):@selenic_acid

一言アピール
音楽の聖性よりも魔性を描きたい (百合も多い)サークルです。この話とアンソロ一作目の「ボトルメール」を膨らませたものが新刊の『sync ―flower petals―』に収録されます。短編集だけでもお楽しみいただける内容になっていると思います。

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