映画解説『魔人ドラキュラ』
バイロン本社の宮田と申します。
幼少の頃より吸血鬼の出てくる創作物を愛好し、雑誌の吸血鬼映画特集記事を読みあさり「大人になったらこの本に出てくる映画、全部観てやるんだ」という大志(?)胸に秘めて幾星霜。気がついたら吸血鬼映画のDVDコレクションは二百本を遙かに超えておりました。世界の吸血鬼映画は何万本と存在し、それを思えばまだまだ精進あるのみですが、日本の映画雑誌の特集記事に載る程度の作品なら、全部持ってるんじゃないかと思います。
「少年よ、大志を抱け」と仰った方もおりますが、幼き日の私にタイムマシンで手紙を送れるものなら、こう書き記したい。
「あなたの大志はだいたい叶う。でもな……もうちょっとましな『大志』はないんかい!」
しかしまあ、覆水盆に返らずとも申しまして、なるようになってしまったものは仕方がありません。
いままさに吸血鬼映画に興味を持たれた方の参考にでもなればと、『吸血鬼映画 Chaotic Catalog』と称して、所有吸血鬼映画のあらすじや見所などを紹介する本を出している次第です。
この本は、吸血鬼映画が観たくて観たくて仕方がないのに、お金がないのでTV放送か、たまのレンタルでしか観られなかった学生時代の私に向けて書かれた長い長い手紙のようなものでもあります。
(注:このあと『吸血鬼映画 Chaotic Catalog vol.2』収録『魔人ドラキュラ』(1931年米)という映画について解説しておりますが、作品の結末まで解説しておりますので、ネタバレが嫌な方はこれ以降、絶対にお読みにならないでください)
最近漫画で『吸血鬼すぐ死ぬ』(盆ノ木至著 週刊少年チャンピオン連載)という作品があり、そこに「ジョン」という名のアルマジロのキャラクターがいますが、どうしてアルマジロなの? と思ったことありません? じつは『魔人ドラキュラ』は「吸血鬼の飼うペットはアルマジロ」の原典なのです。(詳細は下記『あらすじ』『物語のあれこれ』を参照してください)
「魔人ドラキュラ」(モノクロ作品)
原題「Dracula」
1931年製作(米)
日本版DVD・BD有
日本語吹替:吹替が存在するようだが、詳細不明。
監督:トッド・ブラウニング
脚本:ギャレット・フォート
原作:ブラム・ストーカー
ドラキュラ伯爵:ベラ・ルゴシ
ヴァン・ヘルシング教授:エドワード・ヴァン・スローン
レンフィールド:ドワイト・フライ
ジャンル:ホラー
時代背景:十九世紀末・イギリス
『あらすじ』
トランシルヴァニアの夕暮れ、イギリスから商用でやってきたレンフィールドも乗る乗合馬車。日暮れまでに村にたどり着こうと山道をひた走る馬車の中では、4月30日、今夜はワルプルギスの夜だと噂し合っている。
村にたどり着いたレンフィールドは、村で一泊せず、「ボルゴ峠まで走ってくれ」と御者に要求する。村人が理由を訊ねると、ドラキュラ伯爵に会いに行くという。
怯える御者、「あの城には吸血鬼が住んでいる」と忠告する村人。
レンフィールドは一笑に付し、御者を急かせてボルゴ峠に向かう。
ボルゴ峠でドラキュラ家の馬車に乗り換えたレンフィールドは悪路を急ぐ御者にひとこと声を掛けようと窓から御者を見ると、御者台の前を一匹の蝙蝠が飛び、御者はいない。
たどり着いたドラキュラ城は壮麗であったが蜘蛛の巣がはびこる石の城で、アルマジロの不気味な姿も。
現れた伯爵に挨拶するレンフィールド。
レンフィールドは城を歩くうちに蜘蛛の巣まみれになるが、伯爵はまったく意に介さない。彼の衣装には埃ひとつついていないが、どうやって蜘蛛の巣をすり抜けているのか……。
今回の旅の目的、元修道院の土地と建物の契約書を取り出したとき、レンフィールドは紙で指を切ってしまう。
伯爵のまなざしに妖しい熱意が漲るが、そのときはなにもないまま終わる。
伯爵に勧められるまま、ワインを飲んだレンフィールドは窓辺で昏倒した。
そこに忍び寄るドラキュラの三人の妻たち。そしてドラキュラがレンフィールドに覆い被さる……
『物語のあれこれ』
ブラム・ストーカー亡きあと、親族から許可がおりて映画化された初めての『ドラキュラ』映画化作。
(許可なしで撮影された作品には「ノスフェラトゥ」1922年独がある)
オープニングの編曲された白鳥の湖も麗しい開幕。
往年のユニバーサルスタジオの底力、セットと衣装の豪奢なこと!
廃墟のように荒れ果てながらも昔日の面影を宿すドラキュラ城のセットは、いまだに「ドラキュラ映画史上もっとも壮麗な城」なのではないかと思います。
制作年の関係から映画はモノクロで、吸血や杭打ちシーンはすべて画面外処理でもあり、現代の視線で見ると、恐怖映画としては非常にマイルドな表現に留まっています。
しかし、不気味な表情で人間を操り、寝室に眠る美しい乙女に迫るドラキュラの姿、理知的な表情でドラキュラ城を訪れたレンフィールドが、狂気に取り憑かれて不気味に笑う姿……気味の悪さは一級品でしょう。
ルゴシの凄味は後述するとして、レンフィールドの狂気の演技は素晴らしい。
端正で繊細、理知的な美しい青年が、ドラキュラに魂を支配されて虫を食べることにこだわり、理性の仮面を脱ぎ捨てて原初の欲望を表に出した表情で嗤う。
この変容と、時折、人間の魂が蘇るときの苦悩の表情!
本作のドラキュラ役のベラ・ルゴシ……と書いて、「ベラ・ルゴシってだれ?」と思われる方は多いと思いますが、彼の扮するドラキュラは、のちの「ドラキュラ」の原点になったと言って良いでしょう。
この作品の吸血鬼は、スタンドカラーのシャツに蝶ネクタイ、体型にぴったりと添った白のベスト、黒の燕尾服にマントという貴族的な姿をし、異国の訛りのある話し方をします。(実際、ベラ・ルゴシはハンガリー人で、ハンガリー訛りの抜けない英語を話しました)
この「ドラキュラなるものの外観」は、本作の大ヒットによって固定化し、ユニバーサル映画の続編にはもちろんのこと、その後のコミックやアニメ、おもちゃ……ジャンルを超え、時代を超え、海を渡り、パロディ的なものをふくめ、さまざまな「ドラキュラ」、そして「一般的な吸血鬼」像として広く敷衍し、利用されます。
弱点や異能力としては、昼は故郷の土を敷いた柩で眠らねばならず、鏡に映らず、トリカブトや十字架を恐れる。
また、視線で人を操り、蝙蝠や狼に変化し、血を吸い、自身の血を犠牲者に与えることで同族に変えます。
これらの吸血鬼の所業を、直接的な表現(たとえば首筋に咬みつくなど)なくして、薄気味の悪い表情や行動で表現し尽くすルゴシの演技力!
セワード家で人間の振りをして会話するときの柔らかな物腰と、正体を知られたあとの尊大な態度、高慢な表情。この凄み!
ルゴシのあと、クリストファー・リー、フランク・ランジェラ、ゲイリー・オールドマン……近作ではルーク・エヴァンズ。
まさに星の数ほどの俳優たちが「ドラキュラ」を演じ、独自のスタイルを創造しますが、ルゴシの演技とスタイルはいまも古びることなく、映画ファンを魅了し続けています。
*
本作の吸血鬼の弱点「トリカブト」ですが、「吸血鬼の弱点って、大蒜じゃないの?」と疑問を持たれた方、よく吸血鬼を研究していらっしゃる!
この映画では、吸血鬼が忌避するものとして「トリカブト」がヘルシング教授によって挙げられ、実際にそれで撃退するシーンもあります。登場人物も「wolfsbane」と台詞で言っているので、誤訳ではない。
東欧では吸血鬼の弱点として、大蒜だけではなく東欧に自生するハーブ類はおおかた、その自生する地域で「弱点」とされていますし、トリカブトは別名「僧侶のかぶり物」とも言い、また、フランスなどでは「狼殺し」の異名を持つことから聖物に弱く狼に変化できる吸血鬼の弱点としてこの作品で採用されたのでしょう。
しかし、この映画でドラキュラの毒牙にかかったミナをドラキュラのさらなる吸血から守るために、ヘルシング教授はミナの部屋にトリカブトを置くのですが、ミナは「部屋が変な匂いのする草でいっぱい」と言っているのです。
トリカブトは特別強い香りを持つ植物ではありません。(それゆえ、見分けにくくて誤食しやすく、実際に誤食しての死亡事故も多く、また、推理ものなどの小説で毒殺に使われるのです)
ミナの感じた匂いは、本当にトリカブトなのか……変な匂いといえば、大蒜ですよね……? 吸血鬼と吸血鬼の犠牲者だけが感じることのできる匂い?
このあたりは「魔人ドラキュラ」におけるトリカブトの謎です。
あと、余談ではありますが、物語の最初のほう、ドラキュラ城のシーンで城にアルマジロが住んでいるのは、当時、アルマジロはあまりいいイメージのない生き物だったようで、不気味さを狙った演出です。
アルマジロが住処の箱からよたよたと二匹(?)登場するシーンは、なかなか可愛らしく、ほっこりしてしまうのですが、時代性を尊ぶ吸血鬼映画ファンとしては、このシーンでゾクッとするのが正しい模様。
(数秒のシーンですが可愛らしいですよ。必見)
*
この映画は、ブラム・ストーカーのドラキュラを下敷きにしていますが、物語冒頭でドラキュラ城を訪れる青年をジョナサン・ハーカーからレンフィールドに変更。
ドラキュラと戦うのは、ヘルシング教授に加え、精神病院経営のセワード医師、ミナの婚約者のジョン・ハーカー(原作ではジョナサンですがジョンとなっています。また、原作ではドラキュラ城に赴くのはハーカーですが、本作ではミナの婚約者、というだけの存在です)で、アメリカ青年キンシー・モリス、英国貴族アーサー・ホルムウッドは登場しません。
原作では職業婦人だったミナはセワード医師の娘という設定に変更されています。ルーシーはミナの友人という設定は原作通りです。
【ここから重要なネタバレ】
ドラキュラの魔手に絡め取られたレンフィールドは狂気に囚われドラキュラとともにイギリスに帰還。ドラキュラの購入したカーファックス元修道院の向かいにあるセワード医師の経営する精神病院に強制入院となる。
一方、カーファックス元修道院に根城を構えたドラキュラは、街の花売り娘、ミナの友人ルーシーと、つぎつぎに毒牙にかけつつ、表向きはあたらしい隣人として、セワード家と親しく付き合う。
しかし、セワードの恩師であり、セワードの病院に研究のために滞在していたヘルシング教授は、犠牲者となったルーシーの死体に残された首筋の傷跡から、彼女の死が、彼が長年のライフワークとして研究してきた吸血鬼……不死者の仕業ではないかと考えたのだった。
蠅や蜘蛛を食べようとするレンフィールドと面会し、吸血鬼の手がかりを得るものの、その頃にはミナまで原因不明の体調不良に。
蒼白い顔、赤い目のなにかが近づき、首にキスをされる夢を見たというミナの首筋には牙のあとが……
隣人としてミナに会いに来たドラキュラと挨拶するヘルシング教授。
煙草を吸おうと煙草入れを開いたセワードは、煙草入れの蓋の鏡に異様な光景を見る。
続いて、ヘルシングもそれに気づく。
鏡にドラキュラが映っていないのだ!
事実を指摘されたドラキュラは、「一度の人生しか生きていない割に、あなたは賢い人だ。ヴァン・ヘルシング教授」と、邪悪な表情と捨て台詞を残して、去って行くのだった。
ヘルシング教授たちがドラキュラに対し警戒を強めるも、ミナはドラキュラの魔力に喚び出されて、さらなる吸血を……
時折、病室を抜け出すレンフィールド。
人間の魂と、ドラキュラに支配される魂のあいだで揺れ動くレンフィールドは、自分の存在がドラキュラを呼び込んでいるとヘルシングたちに告げる。
ドラキュラを極度に恐れるレンフィールド。
セワード精神病院の界隈では、白いドレスを着た女がこどもを襲って首筋を咬む事件が発生する。(ドラキュラの犠牲者、ルーシーの仕業である)
ドラキュラの度重なる来訪に、ミナは憔悴し、さらにはドラキュラの血を飲まされてしまう。
ミナの部屋を吸血鬼よけのトリカブトで飾るも、ミナは「妙な臭いのする部屋に閉じ込められる」と部屋を逃げ出してしまう。
テラスに現れ、月明かりに妖しいミナの姿。
ミナはドラキュラに操られ、ハーカーに「ヘルシングの持つ十字架を奪って欲しい」と懇願するがヘルシングに気づかれ失敗。
しかしドラキュラは一歩先んじ、ミナを掠ってカーファックス元修道院に隠れる。
ドラキュラ探索に向かう一行は、献身の報酬をドラキュラに求めるレンフィールドがドラキュラに首を絞められ、階段から転がり落ちて死ぬのを目撃。
ヘルシングとハーカーは、修道院の地下墓地に隠れるドラキュラを見つけ出し、滅ぼす。
ミナは間一髪のところで吸血鬼化を免れ、ジョンと救われたことを喜び合うのだった。
*
物語の進行や演出は、非常に演劇的です。
大蝙蝠は画面に登場しますが、狼は登場人物の台詞から、伯爵が変化して走り去っていった……という情報がわかる程度。
ドラキュラとヘルシングの対決も、視線でヘルシングを操ろうとするドラキュラに、一歩も引かずドラキュラをにらみ据えるヘルシング……という動きのすくないシーンです。
最初にも書きましたが、吸血鬼を滅ぼすシーンは画面外処理で、ルゴシの姿を映すのではなく、ミナが心臓を押さえて苦しむシーンを撮ることで、血の主人であるドラキュラの胸に杭が打たれていることを暗示しています。
これは1931年……当時の特撮技術の限界や、エログロ規制に対する配慮であるとともに、ベラ・ルゴシが演劇版「ドラキュラ」であたりを取った俳優であるところから採用されたものかもしれません。
個人的にはルゴシの胸に杭が打たれる直截的な表現より、妖艶な美女、ミナが胸を押さえて身もだえしているシーンの方が、エロティシズムの観点からは成功しているように思えます。
この映画については、最初から最後まで、考え抜かれた画面構成、行き届いたセットと衣装、演者の演技力の粋を味わうと良いのではないかと思います。
余談ですがドラキュラの最初の犠牲者ルーシー、吸血鬼になってるはずなんですけど……滅ぼされたシーンがないんですよね……もしかして、いまでも元気に少年少女の血を吸ってらっしゃる?
【続編情報】ユニヴァーサル製作の吸血鬼登場の映画
「魔人ドラキュラ スペイン語版」
「魔人ドラキュラ」公開の年に同じセットを使い、シーンの使い回しをせずに同じ映画を再撮影した世にも贅沢な作品。ただし、一部脚本と俳優が違っている。
「女ドラキュラ」
「夜の悪魔」
「フランケンシュタインの館」
「ドラキュラとせむし女」
「凸凹フランケンシュタインの巻」
「ドラキュラの御子息」
「古城の妖鬼」
(正確にはここに列挙するには問題がある作品。吸血鬼が登場するかというと……しかし、ベラ・ルゴシ扮する登場人物が非常に雰囲気がある)
サークル情報
サークル名:バイロン本社
執筆者名:宮田 秩早
URL(Twitter):@takoyakiitigo
一言アピール
バイロン本社は小説サークルであるほかに「吸血鬼映画を専門に紹介する」本を出しているサークルなのです……!テキレボEX2では「吸血鬼映画 Chaotic Catalog vol.4」も発行されます。ご興味がありましたら是非。