その理由とは

長い廊下にそれは落ちていた。
封筒に入った手紙。
それを拾い上げてため息をついた。
誰宛てなのかはわかっている。
だからため息が出るのだ。

願い事は手紙にする
便箋と封筒が用意されているが、自前の物でも良い。
便箋に書き、それを封筒に入れ指定された窓口へと持っていく。
まさかタダでやってくれると?
世の中代償があってなのだから、たとえ相手が神であっても均一の料金がかかる。
ただ祈るより近いと信じられている。
集められた手紙は祭壇へと掲げられ、その後祈りの歌と共に燃やされる。
燃やされる時に一緒にくべられたお香が空間を漂い、部屋いっぱいに広がっていく。
この匂いがすると願いを届ける儀式が行われていると認知されていた。
儀式の歌声とお香の香り、燃やさて登っていく煙、その様子は誰でも見られる。
希望すれば自分の願いが燃やされ煙となって頭上に上がっていく様を間近で見ることができる特等席も用意されいる。

薄暗い廊下の扉の前で止まった。
「入りますよ」
ノックをして扉のノブを捻った。
戻りましたと言って中に入る。
両壁の本棚、その前にはいくつかの机と、ソファとテーブル。
正面には窓だろうと思うが、そこは細かい模様の入った生地で覆われていた。
薄暗い部屋にはランプが灯り明るく照らしていた。
鳥の姿をしている人物は頬杖をついて机で本を読んでいた。
室内だというのにフードをかぶった人物は床の上に座り、本を開いていた。
そばにはネズミの姿をした人物。
フードの人物と同じような背格好で仲良くめくったページを指さしている。
白い狼の人物はフードの人物のそばによると「戻りました」と再度言うと膝を折って身を低くし言った。
「1通落ちていましたが、どうしますか?」
手には廊下で拾った手紙。
それを見てまたかといかにも嫌そうな表情をしている口がそこにはあった。
「お仕事です」
それまで白い狼の人物の手に持たれていた手紙が上下に動き出す。
まるで捕まれた手から逃れようとしているようにも見える。
不平不満の口がさらにへの字になる。
「何不満言っているのですか、ここ、ここが種ですよ種」
あまりにも不満すぎて顎が何かの種のようにぶつぶつになっている。
そこを白い狼の人物は指して言った。
ただフードの人物は不満そうに手紙を見てる。
それが嫌なのか手紙はさらに悶えて逃げようとしていた。
しかし突然手紙は動きを止めた。草花が萎れていくようにはりをなくし、二つに折れ曲がるように下を向く。
そして手紙を奪うように取ると複数ある机に近寄った。
机の上にある本を適当に開いた。
それは何も書かれていない真っ黒のページ。
手紙を持った腕は高々と持ち上がり開かれた中央に向かい勢いよく振り下ろす。スパーンと手紙を差し込むと、勢いよく本を閉じた。
ふんと鼻息を荒く自分に勝とうなんてまだまだだとばかりにパンパンと手を叩く。
まだまだ機嫌は悪い。
机に備えつけてある引き出しを引くと、箱を足し出した。
両手で持ち、荒々しい足取りでソファへと座った。
鼻息荒く箱の蓋をとる。
さっきとは反対に丁寧に箱を隣に置き、中を覗いた。
沢山の色とりどりの紙が入っていて、それを1つそっと取り出す。
鑞付けしてある封緘はすでに剥がされている。
中から紙を取り出し、畳んであった便箋を開いた。

親愛なる私の大事な生徒へ

文章はそれから始まっていた。
一行目だけで口がにやける。
「あれ山羊先生からの手紙かしら」
鳥の姿をした人物がこのまま不機嫌が続いたらどうしようかと思ったと言った。
白い狼の前は眼鏡をかけた山羊の人物。
この長い長い時間にいるフードの人物の世話係だった。
学者でもあったので、たくさんのことを教えてくれた。だから先生と呼ばれ、その者はフードの人物のことを生徒と呼んでいた。
「いつものことでも僕はあの方の不機嫌充満の部屋は嫌ですよ」
ネズミの姿の人物はため息をついて言った。
この白い狼はくっそ真面目で任務遂行は絶対で、フードの人物が不機嫌になってもお構いなし。それを補佐しているこっちの身になってみろと言いたい。
フードの人物は足をぶらぶらさせて楽しそうに手紙を読んでいる。
表情豊かで、顔を見れば喜怒哀楽がわかってしまう。
拾った手紙はこの者にしかできないことなのだが、それを拒否してしまっても強く咎める寄りそう者達ではない。
建物にしか自由にできない
「ねぇ、山羊先生に手紙書いたら?」
フードの人物が顔をあげた。
この手紙はずいぶん前に届き、その返事はすでに出している。
「別に手紙なんて返事だけって決まってないでしょ。なんだっていいのよ」
鳥の姿をした人物がふふと笑う。
そうか、そうだね。
うん、うんとうなづくと、手にした便箋を丁寧に折り畳み、封筒に仕舞い込むと箱に入れた。
大事な手紙が入っている箱の蓋を閉める。
箱を持って、フードの人物は自席へと近寄った。
引き出しからペンと便箋を取り出す。
そこに思わずネズミの人物が可愛くないと口にした。
「は?」
「それじゃ下と同じじゃないですか。じゃないのありません?」
便箋はこの建物が名前入りで用意しているものだ。
建物にやってきた人たちが願い事を書くあれと同じ。
「確かに味気ないわね〜」
それを扱う店に行きましょうかと言いかけて止まった。
そうだ、フードの人物に外は自由ではない。
誰かが代わりに行く、そのための自分たち。
それまで楽しい空気が一転、崩れ落ちていく。
思い出したように、あ…と口がぼんやりと開きかけているフードの人物。
「ならばあの少年に頼めばいいではないか」
白い狼の人物が言った。
「あの?」
「この方を連れ出せる。あの少年が店まで案内すればいいだけのこと」
時計を引き継いだ少年。
学校と家との通り道にこの建物はある。
そのため、行き来している姿を見かけることがあった。
「あんたたまにいいこと言うわね」
「警護は私がつけばいい」
「あら、あら」
堅物が自分から提案し、警護も名乗りを上げるなんて。
鳥の人物はニヤニヤと顔が歪む。
白い狼の警護がつくとはいえ、外に出られるとありフードの人物が飛び跳ねて喜んでいる。
まぁ確かに、警護ついた方がいいですよね。
だって、この方は普段眠っている姿で、動いている姿なんて限られた人物しか見えないんだから。
少年が一人喋っていたら変に思われます。
そこはちゃんとしてますよねこの人。
やれ真面目すぎて損な性格ですねとネズミの人物はため息をついた。

どうかこの争いが早く終わりますように。
願いにはその言葉が添えてあった。
封をした後も手紙を手に挟み込み、思いを込める。
長いことその形をしていたために手紙は手の湿気を吸い込み、形を変形させていた。
本当ならばこんなことをせずに、直接言いたい。
でもその願いは争いのために、伝えることはできなかった。
伝える前に戦場へとやってきた。
それがずっと心残り。
移動の途中で寄った街に珍しい風習があった。
願いを手紙にする。
それは燃やされ煙となって天高く登っていく。
戦争という時代に手紙が確実に届くとは限らない。
わかっている。
これだって手紙ではない。
祈りだ。
呪いだ。
理解していてもこれから向かうその先に自分がいる保証などない。
見えない何かにすがりつくのは人の性か。
だから。
青年は手紙を書いた。

「愛しき君へ」

ただ一言。
争いが終われば、言葉を伝えられる。
そう終われば…。
時がいくつ巡ってもこの想いをいつか必ず。

願いは燃やされ煙となって信仰の対象へと届けられる。
そして願いは叶えられる。
祈りと同じではあるが、方法が違うだけ。
願いは煙となって天へと行くはずなのだが、たまに迷う願いが出てくる。
扉の隙間から転がり込んでさまようのだ。
だから願いは届けられないまま。
廊下、本棚の隙間、椅子の下。
煙となったはずがいつの間にか手紙となって姿を現す。
見えればいいが。
必ずしも見えるとは限らない。
だから、こうして見える者が拾って集める。
いつか信仰先へと届くようにこっそりと儀式の時に入れておくのだが、そこまでは見える者であれば誰でもできるが、拾ってあったはずの手紙はいつの間にかまたさまよっている。
何故かフードの人物が所有する本に挟んでいると大人しく止まっている。
縛られるのがわかっているのか手紙達は逃げようとする、最後まで足掻いているが、フードの人物がじっと見ただけで逃走の欲望は消えてしまようだ。
だから儀式までの間、本に挟んでおくのだ。
自分宛ての手紙ではないことに、不平不満満載。
建物から出られない不自由さに納得はいく。
さまよう願いは一度で終わるわけではない、何度も何度も手紙として戻ってくる厄介な願いもある。
その中で一番の強力は「愛しき君へ」だ。
願いが叶ったかなんて、出した本人しかわからない。
戻ってこなければ、叶ったと判断するしかない。
想いが強すぎるためなのか、幾度となく繰り返すために、フードの人物
はビリビリに破いたり、自ら蝋燭の火で炙って燃やしたり飛行機に折って窓から飛ばしたり、お付きがやめてくれと止めるほどだ。
自分宛てでないこともあるが、フードの人物は願いを叶える者ではない。
さまよった願いを誘導していることに不満を持っているのだ。
なぜ自分が。
自分はただの…なのに。

サークル情報

サークル名:らいとにんぐにゃんこ
執筆者名:寿 ちま
URL(Twitter):@lightningnyanko

一言アピール
ほのぼの、たまにシリアスなファンタジー書いてます。テーマやアンソロ苦手ですが、過去参加した300文字の裏話。これを含め裏話のまとめ本を出す予定です。

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