蒲がま

うさうららさんへ

わたしたちくらいの年代の人間が家族について語ることはこの国の近代史、とりわけ戦争の悲惨な爪痕に想いを馳せることでもありますね。ほとんど打ち明けると呼ぶに相応しい親密なお便りをもらい、コラボしてきた長い年月に想いを馳せています。
と、書いて、すみません。先に謝っておくのですが、コメントについて確たる記憶がないのです。面目ない。ドラキュラ伯爵を思わせる伯父様のことも、どっちつかずの蝙蝠の話しも覚えてはいるのです。それにわたしのほうこそうささんを、何でもできて凄いと思っていたし（今もそうです）、なんならハイクという場所がうささんには少し狭いように感じたときもありました。いまツイッターで短歌やペーパーウェルや手製本その他の活躍を見るに、それはあながち外れていなかったかもしれませんね。
また、今の旺盛な創作活動の機縁がコラボ花うさぎ『夢のように、おりてくるもの』にあるとしたら大変喜ばしい。と、最終回辺りですべき話しをここで繰り広げてしまうとは何たる不覚、とぼやきながら、コラボの名前にあるうさぎの話しをします。
初めて父親に買ってもらった絵本は洋書からの翻訳でした。『しろいうさぎとくろいうさぎ』です。父は夫としても父親としても及第点に至らないひとですが、本の趣味だけは文句のつけようがありません。さすが渡辺一夫や加藤周一に学んだだけのことはあります。なにしろわたしが生まれて初めて覚え（させられ）た出版社はガリマール社です。フランスの名だたる文学者が書き、世界中の文学を紹介する出版社です。
さて、腐女子のいうところの性癖の目覚めは、このうさぎの本な気がします。くろいうさぎの抱える愛するものと共にある幸福の儚さに感じ入り、それを失う不安にドキドキし、最後はちゃんとハッピーエンドなところもほっとできました。それから少しして、わたしは小学館の『お話宝玉選』（なんと佐藤春夫監修でした。知ったのは最近です）で日本神話の因幡の白兎とイソップ童話のうさぎとかめを知りました。５歳のころです。
同じうさぎでも可愛かったり臆病だったり狡賢かったりかわいそうだったり色々なイメージがあると気づきます。また、世界中のお話をいちどきにたくさん読むことによって、恐らくわたしは物語の「構造」を知り、イメージの差異や近似、その利用などに敏感になりました。何かを鵜呑みにしない意識の持ちようは、そのあたりで芽生えたに違いありません。
ところで、わたしの愛する作家パスカル・キニャール（かつてガリマール社のひとでした）の『シャンボールの階段』という本に、「子供と悲しみの出会いのように無理のない自然な交わり」という、たいそう美しい一文があります。うささんのお兄様の手のなかの蝙蝠の話を読んで、ふと思い出しました。この一文を捧げたく思います。そしていつか、『海柘榴』の勝くんのモデルのひとりである父方の伯父についても聞いてください。
実家にいたとき、悲しいことやつらいことがあると自転車に乗って小貝川を見に行きました。高台にある家からおりていくと谷地（常陸国風土記に出てくる夜刀神のヤトの語源ですね）と呼ばれる湿地帯に出ます。さらに上るとまた丘がある。そこでようやく田畑の向こうに築かれた緑の土手や空を映した川の流れ、そして関東平野を見下ろす双つの紫峰ーー筑波山が見えます。諸説ありますが、昔の小貝川は蚕飼川といいました。結城紬の産地を流れる川らしい名です。洪水の起きる暴れ川ですが、ふだんは水辺の穏やかさにあふれています。白兎を癒やしたガマの穂は、だからよく振り回して遊びました。握ってふわふわにほぐれた白い綿毛を飛ばしたこともあります。筑波颪に吹かれて流れる川を見ていると気持ちがさっぱりと楽になるのです。
９月１０月と続いた台風や大雨の被害の大きさに驚き、何よりも失われた命のあることに胸を痛めています。また、災害大国と呼ばれるこの国で、わたしのような病気持ちの貧乏人は今後どうやって生きていけばいいのか途方に暮れもします。今はただ自分を慰めるために寝転がって川の流れならぬタイムラインを眺め、本を読む日々です。

磯崎愛