文字に恋する五秒前

「素敵な文字…こんな素敵な文字を書く人は素敵な人に違いない」
 人柄よりも文字柄、この言葉が出てきた経緯を話そうと思う。「とりあえず一度お会いしませんか?」という言葉が衰退し、兎にも角にも「まず書面で出して貰えますか?」が日常的になった。いきなり手書きの手紙は癖が出て読みづらいため、私生活ほどまずは電子メールでやり取りする。メールは文字が均一で内容に集中する事が出来るので好まれた。
 履歴書は会社への熱烈な恋文だと思って書くようにという就職課の指導が、読みやすいようにパソコンで作成する事が普通になった。就職はいつの時代も厳しい。文字から書き手の印象を読み取る事が出来る手書きの履歴書は「平等じゃない」「公平な判断を妨げている」と言う意見が増えていた。勝手に文字から人柄を期待して、勝手にがっかりした会社も少なくなかったのだろう。
「では、直接人と会うのも不平等では?」
 人間は五割で行うとか徐々に移行するのが苦手で、常にゼロか百かの二択しかない。会う、会わないという線引きをちゃんと電子公文書化してくださいという動きが当然出てきた。
 公文書で発表するには様々な部署の決済が必要となる。手間がかかるうえに何回も会議を重ねないといけないと想像しただけで厄介だ。全面禁止が一番楽だが、私生活まで口出しするのは難しいので、とりえず全国的に仕事での手書き文書のやり取りと、直接人と会う事は控える事となった。

 よって仕事はオンラインが主流となり、ペーパーレス押印レスが一気に進んだ。
 しかし人間は状況に慣れるもので、段々人と会わない状況に慣れてくると「本当はどんな文字を書く人なのか」かが知りたくなりメモや手紙、物理的な物を欲しがるようになり、仕事と私生活を分けようとすればするほど境目が曖昧になってきた。長年の夢、ペーパーレス押印レスになったのに全く人間というものはどこまでも厄介だ。
 御簾の向こうから手紙でやりとりして結婚を決めていた時代、お香を焚いたり、贈り物を一緒に贈ったり、木の枝を一緒に贈ったり、矢文にしたり、おじゃるおじゃると雅に牛車で移動していた頃とは違う。
 色んな物に匂いが移るので手紙は必ず真空パックにする事。
 密閉されているので、ふんわり香るどころか、手紙を読んでいられないぐらいキツイ香りなってしまうと苦情が出た。まず匂い探知機で、匂いが外に出ていないか等を確認しないと集荷すらしてくれなかった。
 配達する人数も減っているので、贈り物で物流がパンクしないように一カ月の発送回数が決められた。枝などを折らないように、神経を使う贈り物は緩衝材をたくさん入れないといけないので、風情どころではなかった。
 これらの禁止事項は人が絡まなければトントン拍子に物事は進むものだ。
 手紙その物が一番好まれた。軽くて、薄い。シンプルに文字を紙にのせる。
 指輪よりも確実な物は直筆の手紙。婚姻届を送り続けているようなものだ。
 文字を見た瞬間にビビビと来るらしい。手紙を開くと弱い電流が流れる仕組みが入っていたとか、いなかったとか。そんな噂も流れた。

―とある静かな喫茶店
 特に声は禁止されていないのだが、なんとなく大きな声で話さなくなった。おしゃべりを控えているから静かである。席の間は少し距離が保たれており、仕切りもついて個室風にしてある。
 店側も慣れたもので、机には紙とペンが置いてある。近くにいるけど触れられない。ドキドキするシチュエーションだ。男は紙にサラサラと文字を書き、仕切りの隙間からそっと紙を女性の方へ紙を滑り込ませた。
『今の関係を続けませんか? 離れている方が私はあなたの事をもっと好きになれる気がします』
『私もそんな気がします』
 と、女性は返事を書いた。
『気が合いますね』
『ふふっ、気が合う事は今までのお手紙のやり取りで分かっていました』
『そうでしたね』
『私、あなたの事をもっと好きになれそうな気がします』
 このお手紙持って帰っても良いですか? もちろんです。そこまで書いて、やりとりをした紙を女性は大事に持って帰った。

―カチャ、ガチャガチャ
「ちわーっす。遅くなりました~」
「やっと来たか。おっせーよ、とっくに時間過ぎてるだろうが」
「さ~せん。どうしても一度会いたいって聞かない奴がいて」
「いまどきいるんだな、会いたがる奴。直接手紙を受け取りたいんだろうか…それともファンレターを渡す方の心理なのか? 俺にはいまいち分からん」
 男は一応、喫茶店での顛末を先輩に説明した。
「それ、この文字を書いた人は本当にこの人なのか? と身元確認されてるんじゃないのか?」
「こえーっ! 世の中探偵だらけじゃないっすか!」 
 とりあえず、電子メールから先に片付けるぞ。手抜きすんなよ、テンプレとかすぐばれるからな。この仕事、相手の文章読解力が高すぎるのだけが難点だな。あと難しい言葉とか横文字禁止だ。ネットで語句が検索されやすい。
「俺たち、良い仕事しますね~、夢先案内人っすね~」
「直接会わないから同時に十人とか相手出来るしな。もう俺たち神だな」
「神、なっちゃいます? なっちゃいます~?」
「直接会うより、自筆の手紙をやりとりする方が燃える世の中になるとは思わんかったよ。変われば変わるもんだ」
「結局、直接会ってもそいつにとって俺自体は好みじゃないみたいで、あっさり引き下がるんですよね。ひどい話ですよ、俺も癒されたいっす。ちゃんと! 俺の人柄も見て! 欲しい!」
「惚れる文字書けるってだけでボロ儲けだけどな」
「は~~~、お金だけの関係か~~~」
 次は直筆の手紙。いいか、焦るなよ。書き損じは緊張していたからと言い訳できるが、走り書きはだめだ。相手は、有る物より無い物を探すプロだ。手抜きがあるとばれたら一瞬で終わる、真剣勝負だ。
 文字っていうのは、要はデザインとバランスなんだ。個性をだすか、個性を消すか。いつの世も平均点てのが大事で、人が好きになりやすい文字というのは基本に忠実な見慣れた文字なんだよ。慣れだな、慣れ。

 病院の診断書の記入にお金がかかるのと同じ事だと思えば、俺たちの仕事って手書きで書いてる分、超手間暇かかってるだろ? 唸るペン、震える手、霞む目、迫りくる肩凝り、書けば書くほど金になる。技術に対しての報酬、文字の価値を金額化するのは当然だ。

 会えない時間が気持ちを育てるとはよくいったものだ。
 甘い言葉にご用心。
 愛はじっくり育つけど、恋は気づいた時には落ちている。
 じっくりコトコト煮こむように手紙に恋しちゃったら抜け出せるわけがない。
 文字が出会う、文字が囁く。
 人間は手紙の付属品(手紙だけあれば人間いらなくない?)と噂されるようになるのは、もう少し先の話。

サークル情報

サークル名:天狗の会文芸部門分科会
執筆者名:岸本める
URL(Twitter):@lisagasMerci566

一言アピール
S(すこし)F(老けてる)四十路サークル、天狗の会文芸部門分科会は複数人で活動しているサークルです。「こういう世界です」という前提から始まる物語、登場人物達は普通にそこで生活しているので不思議に思う事がない世界です。文字と人柄は一致するのか。ちょっと未来の話と思いきやタイトルが古い!

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