猫も手紙に浪漫を感ず

 最近、大学付近にある公園の砂場で、大きな猫の足跡のようなものを見かける。ぺったりと押し当てられているそれは、不規則に並んでいるようでもあり規則的でもあるようでもある。なんだろうなあと思ってじっと見ていたら、友達にこういうことを言われてしまった。そこにはなにもないぞ、なんて。
 つまるところ、また見えてしまっていたらしい。
 ぱっと見たとき寒気のようなものは感じなかったから大丈夫な気もするけれど、その判断を素人の俺が下すのは危険な気もする。うん。流石に短い間隔でかつ頻繁に遭遇するようになってしまったらこう思ってしまうのも仕方ないよ。
 とはいえ、これが何なのか気になるのも事実。そういうわけだから、じゃあどうすればいいかなとも考えてしまう。

 どうするかなんて、答えは一つしかないんだけどさ。

 見えない人のほうが多いものは、俺より見える人や……無害なそちら側の生き物、つまりは専門家に聞いてみるに限る。

「なるほどの。それで吾輩の猫の手を借りたいということだな」
「うん」
「あ~もっとモフると良いぞ~」

 白くてふわふわとした毛並みの大きな猫。厳密にいうと、猫の姿をしている怪異……っていう存在。
 この間から、俺はこの自らをササメと名乗るその猫と同居している。
 同居……? うん、同居。
 先日の雨の日、うっかり連れ帰った怪異に殺されかけたところをこの猫に助けられたというかなんというか。その後も何度かやばいものを食べてもらって事なきを得ているというか……なんというか……。
 諸事情をそのへんに投げ出したうえで雑に表現すると、ギブアンドテイクが成立している状態ってことかもしれない。そういうことにして。

「ではなくてだな。まあ、その公園に何かがおったことは確かだろうの~」
「そっかぁ」
「あ~モフりが上手いな~」

 ササメを両腕で抱えながら、目的地まで散歩がてら歩く。ときどき立ち止まって撫でたりしながら。
 撫でられている姿は本当にただの猫。この様子だけを切り取って見ていると、オカルト存在とか怪異とかには見えないなあ。
 とか思っている最中、ササメが大きくあくびをした。不意に口の中が見えちゃったけど……見なかったことにしよう。さっきの考えをそっと訂正しておきつつ。
 ササメはただの猫じゃない、しっかり怪異してる。

「……で、本題なんだけど」

 ちょうど現場まで来たところで話題を切り替える。
 腕の中からでも見えるように、少しだけササメの身体を傾ける。この間同じようにしたときより、この猫ちょっと重くなってない……? うっかり怪異の類を食べさせすぎてしまったのかな……。

「なるほど、これか」
「そう、これ。大きな猫の足跡っぽいんだけど……」
「……ふむ」

 足跡を見るササメの目は……真剣……? なのかな。俺にはいつもどおりのつぶらな猫の目にしか見えないけれど。まあ、本猫ほんにんとしてはいたって真面目な表情なのかもしれないから黙っておく。
 しばらく待っていると、腕がぷるぷるしてきた。鑑定結果が告げられたのは、そんな時だった。

「これはの、手紙だぞ」
「……え?」
「手紙だぞ。何らかの怪異がそいつの同族に当てて書いたもののようだの」

 手紙かあ。
 それを鵜呑みにするならば、自分たちにのみ通じる言葉で会話をするというのは怪異でもよくあることだってことになる。らしい。

「ただの~、これお前のような人間が見ると身体に良くないものでもあるからの」
「……ん?」
「例えば見たことが原因での、いつも以上に怪異を引き寄せやすくなったりとかの~」
「待って」
「見たという事実が向こう側への案内状扱いになってしまったりとかの~」
「待って、本当待って」

 それを文字通りにとらえると、俺近いうちに『そちらがわ』に引きずり込まれるってことにならない?

「まあ気を落とすな紗霧よ。寄ってきたものは吾輩が全部食うからの」
「そういう問題じゃないんだよ……」

 ため息がこぼれる。本当そういう問題じゃないんだってば。
 ただでさえ俺引き寄せ体質みたいなものだっていうのに、これ以上が起きてしまったらどうすればいいの。お祓い? 満を持してお祓い? お祓いにでもいけばいいの?
 まあ、でも行く気はないんだけど。いや、万一ササメに悪影響が出てしまったらと思うと行く気になれないと言ったほうが正しいような気がする。さらに、ため息がこぼれた。

「ふむ。なら、書いたやつか送られたやつのどちらかを探してみるかの?」

 そうか、その手もあるのか。同族もいれば説得することも可能……かもしれない。
 とはいえ、疑問があるということ自体は否めないわけで。再び思考にふけりそうになったところで、ササメが疑問に答えるように言葉を発した。

「案外簡単に見つかると思うぞ~」

 ……本当かなあ。

「あ~、今日のモフりは一段とすばらしいの~」

 ササメをモフりながら、例の公園の周辺を歩く。
 ササメ曰く、例の足跡の持ち主はこのあたりが生息圏なのだそうだ。力の残滓によれば、行動圏内でそういう行動を起こすタイプの怪異なのだそう。だから、見かけたところの周囲を探せば簡単に見つかるとのこと。
 本当かなあ。いや、疑っているわけじゃあないけれど。
 
 不意に、頭に何かが押し当てられたような感覚がした。感覚がしたと言うか、実際に押し当てられたというか……。ほら、まわりに影もおちてきた。

「……なに……?」

 腕の中ではなく、頭上から猫の鳴き声がする。とはいえ嫌な気配はしないから大丈夫かな、なんて判断で顔を上げる……そして、目があった。
 俺の身長よりも大きな猫と。金色の目、毛の色は影になっていなくても黒っぽく見える。多分黒猫だこの子。
 その猫は俺の頭に肉球を押し当て離すという行動を繰り返しながら、時折穏やかな鳴き声を上げている。何かを言っているとは思うんだけど意味はわからない。まあ、当たり前なんだけど……。
 なんなんだろうなあ。頭皮で感じる肉球の感覚に首をかしげそうになる。腕の中のササメが大猫に話しかけはじめたのは、そんな思考がよぎったのとほぼ同時。なにかにゃーにゃーいってるなあ……あ、猫語だこれ。
 そんなこんなでぷにぷにとされ始めてから一分くらい経った頃、ササメが大雑把に例の猫の言葉を訳してくれた。

「お前が吾輩をモフっている様子に感化されたらしいぞ」

 小さい生き物はこうやって撫でるものだと認識しちゃったとかなんとか。要は、そういうことらしい。
 小さい……?
 思わず腕の中のササメを見た。白くて大きくてモフモフの猫がそこにいる。どう見ても。
 ちょうどよく目が合ったのでササメを軽く撫でる。大きな猫が真似ているかのように俺の頭をぷにっとしてきた。

「……俺ああいうふうにササメモフってたの……?」
「まあ~、あながち間違ってないのかもしれんの」
「そっかあ……」

 腕の中にいるササメが、にゃあと鳴いた。大きな猫にもう一度話しかけているんだと思う。ほら、ササメのものとは違う猫の鳴き声がする。なんか……俺が使ってるメッセージアプリとかみたいだなあ……。具体的にはそれで使えるスタンプとか、そういうやつ。リアルタイムでやり取りするところとか、そっくりだ。

「ふむふむなるほどの」

 普段人の言葉(?)で会話している猫が猫語を言い出したと思ったら、唐突に人の言葉でしゃべりだすという事実。これ、地味にびっくりするんだな……。地味にどころの騒ぎじゃないかもしれないけどさ。それをつついていけば猫がしゃべっていること自体がびっくりすることに当てはまっていくんだよなあ……これ以上考えるのはやめよう。うん。

「……どうだった?」
「あの手紙の主はこいつだそうだの。なんでも文通相手がいるのだと。砂場に足跡を残すという形でやりとりをしているそうだ」

 本当に簡単に見つかるなんて。ちょっとだけ拍子抜けした。厄介事になるよりはだいぶマシなんだけどさ。ちょっとだけ思うこともある気がするけど……まあそれはそれ。ということにしておく。
 小さく息を吐いて、通訳の続きを待ってみる。

「なにぶん、生まれがだいぶ昔だから文のやり取りが性にあっとるそうだ」
「へえ……」
「で、お前が見たのはそれが相手に当てて送った恋文だの。返事が来たらもうあの砂場でのやり取りはせんらしいぞ」

 にゃあ、と大きな猫が鳴いた。肯定しているみたい。
 手を伸ばしてその子の喉元らしきところを撫でる。毛は黒くてさらさらで、短い。それから、撫でられ慣れているみたい。
 しばらく大きな猫の毛の感触を味わってから、手を離す。

「いいお返事もらえるといいね」

 大きな猫が、もう一度俺の頭を撫でた。喜んでくれているのかな。
 にゃあと鳴いたその子は、俺たちに背を向けて去っていった。その足取りは、どことなく軽い。少なくとも俺には、そう見えた。

「お人好しだの~」

 もしかしたら迷惑被る可能性もあったろうに。
 ササメが腕から道路に飛び降り、そのまま俺のことを見上げた。なんとも言えない顔してるなあ、この猫。

「そうかなあ、俺が被害にあうかもしれないということと、あの子の事情は別問題ってだけだよ」

 ササメの頭をそっと撫でる。ふかふかだなあ。
 ――それはそれとして。あの猫がどういう返事をもらえるかとか、怪異の類による痕跡で俺が悪影響を受けるとか。そんなこの後起こりうる物事うんぬんと、俺がなんとなく思うこととは別問題。

「それにさ。手紙ってほら、ロマンがあるでしょ」

 要は、そういうこと。

サークル情報

サークル名:AL-Mina plus
執筆者名:萩尾みこり
URL(Twitter):@hagio_mikori

一言アピール
書きたいものを書いてるというノリの個人サークルです。ファンタジーが主成分。

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