爆速でメッセージをよこす彼
Ω:あいつら時間を守らない
Ω:あと30分は拘束されそう
Ω:むかつく
Ω:ところで妹とは会えた?
学校に残る友人から連続でショートメッセージが届く。日頃から返事が速い彼だが、今日は爆速だ。
Ω:君のことは連絡済みだから
Ω:普通に呼びかけてくれたらいい
F:りょ
比べて自分は、たった二文字をスマートフォンで打つので精一杯だ。
改めて友人、オメガ(Ω)の才能を思う。今だって、企業から来た大人を前にプレゼンしながら、片指の動きだけでメッセージを打ちこんでいるのだ。彼のウェアラブルグラス端末と、指輪はリンクしているから。
広いゲームセンターを見渡す。
彼の妹には一度会ったことがあった。高校の入学式のときかな。
ああ、見つけた。丸メガネをかけ、カチューシャをつけたショートカットの彼女。記憶よりさらに背がのびていて驚く。小学四年生であるはずだが、ずっと大人びて見える。ハンドルを握って、車のゲームに集中している。
邪魔にならないよう見守りつつ、とりあえずオメガに報告する。
F:妹発見、車のゲームに熱中
Ω:どのルートを走っている?
Ω:どのみち3分もすれば終わるか
スマホを見ている間に、ゲームが終わったらしい。彼女の方から近づいてきた。
「やあ、久しぶりだね。僕は君の兄さんのお願いできた、」
自己紹介を終える間もなかった。
「ファブ、下から二つ目のボタンが外れてるで」
なんてこった。高校三年生が恥ずかしい。そそくさとボタンを閉じておく。
「いやー、制服のサイズが体にあわへんくてな」
要するに僕、太った体型なんです。
「なにして遊ぶ?」
一瞬で話題が切り替わり、助かった。震えるスマホを見れば、答えが書いてある。
Ω:とりあえず音ゲーで頼む
「音楽ゲーム、いきますか」
「うん、そうしよ!」
ゲームで名誉挽回できると思った自分が甘かった。大差をつけられ、完敗。
というか、彼女の動きはまさに神業だった。ミスなし、エクセレントの連発。終わった後は自ずと拍手を送っていた。
なるほど、成績画面で理解した。彼女のハンドルネームは、ラギ。この地域の成績トップランキングに必ず名が載る実力者だ(なんで事前に教えてくれなかったんだあいつ)。洗練された彼女の技をもう少し見ていたかったが、閉店の音楽が流れ出す。
約束の時間だが、彼は来ない。震えっぱなしのスマホをみれば、未読のメッセージが50件。全て、荒ぶる彼からのメッセージだった。話が長引き、まだ学校を出られないという。かわいそうに。彼女にもそれは伝わっていた。
「ごめんな、ファブ。つきあわせて。あとは適当にしておくから、帰ってええで?」
「適当って、どうするん?」
「コンビニでおにぎり買って食べとく」
「いやでも、あそこイートインスペース無いで?」
「ええねん。外で立って食べるし」
すでに日は沈み、冷えこんでいる。外はいけない。
急きょ、メッセージの送信先を両親に切り替えた。操作しつつ、彼女と会話を続ける。
「ちなみに、家は遠いんか?」
「ううん。となりの駅や。でも、家のカギもってない」
「忘れちゃったんかな」
「ちがう、没収された」
はっ、と出かかった声を抑える。家の鍵を持たせず、小学生を外に追い出すなんて、どんな親だ。兄が帰るまで、彼女は、ゲーセンかコンビニで時間をつぶすしかないのか。
親が常軌を逸した人物だということは、常々、オメガもこぼしていた。その害は十歳の彼女にも及んでいることを理解し、ぞっとする。
返事が返ってきた。
母親:オッケー、今日の夕飯は明日の弁当に入れておくね
息子:ありがとうございます!!
自分の親は理解のある人でよかったと心から思う。
「駅前のレストランに行かへんか?」
「ええの?」
「ええよ、僕が払うから」
はじめは遠慮がちな彼女だったが、店の前に着けば、表情を明るくしてくれる。
「うれしいな、いつも外からながめるだけやったから」
一人でレストランに入りづらい気持ちはよくわかる。しかもここ、ファミリー層向けの店やし。
「好きなだけ食べていってや、せっかくやからな」
「やったー!」
店内は明るく、賑わっていた。窓際の席を案内してもらう。
Ω:ごめん、あと10分でいけると思う
F:ノープロブレム! ここで先に注文しておく(位置情報)
Ω:サンキュー、助かる!
席につくなり、もう一度オメガに報告。ラギはというと、メニューとにらめっこをしていた。
「食べたいもの、決まった?」
「わからへん」
あまりレストランに来た経験はないようだ。あれこれ話をしながら注文を決めていく。フォッカチャを頼むと、今ならアニメ宇宙レンジャースパークのシールがもらえるようで、これは人数分注文した。
「君もスパーク、知っているんやね」
「お兄ちゃんと見ているねん。サブキャラが好きなんやけど」
「レモンのことかな?」
「そう、その子!」
彼にスパークの良さを伝えたのは何を隠そう、私だ。レモンを推したのも私だ。まさか妹にまで推しが広まっていたとは。ほくそ笑んでしまう。アニメネタなら何時間でも話せる自信があったが。
「なあ、教えて。お兄ちゃんとは何で知り合ったん?」
オメガの話を聞きたいらしい(それもそうか)。
「高校一年の時、フリーゲーム研究会で会ったんや」
「それって、フリゲ研?」
「そう、それ。ゲームの紹介とか、作ったドット素材を公開するサイトを運営しとるで」
何なら、去年まで僕がサイトの管理人だった。
「すごいや、ファブ! いつもあれ、更新楽しみにしてんねん」
まさか、サイトの利用者だったとは。照れてしまう。
「いやいや、好きが講じてちょっと、作っているだけや」
「お兄ちゃんもおってんな!」
「そう。高一の夏休みまでやったけどな」
母親から猛反対をくらい、また父親と進めている研究が忙しくなり、部活を辞めざるをえなくなった。それでも、彼が在籍中に色々サイトを改造してくれたおかげで、今でも便利に使えている。感謝しきれない。
「うちも入ってみたいな、フリゲ研」
「ぜひ! 商台坂進高校に」
兄ゆずりの君の賢さなら難なく合格できるだろう、なんて軽々しく言わなくてよかった。
「無理や。小学校さえ休みがちなのに」
彼女は不登校だったのか。
「あきらめるには早いで」
「ほんまに? 高校、楽しい?」
少し考えてから、答えてあげる。
「テストは大変やけど、授業は楽しい。自分の得意な科目を選べるし」
「ほんまに! いじめはない?」
「全く無いわけじゃないけど、マシにはなったかな。からかわれる頻度は減った」
太った体型は昔から、何なら家系的にそうで、それをいじってくる人も昔から、どこにでもいた。しかし高校生にもなると、幾分マイルドになったように思う。
そういえば、彼が初めてだった。僕の体型を一切いじらなかった人は。それどころか、彼は初めから僕を褒めてくれた。情報を集めてまとめるセンスがあると。
「高校生になってはじめて、心から友達と思える仲良しができた。それが君のお兄さんや」
「そうなんや」
「自分の得意を活かせる場所を見つけられたのも、高校になってからや。諦めないで勉強していたら、ええことあるで」
彼女の瞳に輝きがさす。そう、そのきらめきを見たかった。
ちょうど良いタイミングで料理が運びこまれる。ピザにパスタにスープ、フライドチキンまで、ご馳走が並ぶ。
「めっちゃ美味しそう!」
適当に取り分けてあげる。後から来る彼の分も含めて、三つの小皿に。
「なんかわかった気がするで」
「ん?」
「お兄ちゃんがファブと友達になった理由」
その先を聞くより先に、窓に人影が映る。
「お兄ちゃん!」
相手もこちらに気づいてくれたよう。疲れに沈んでいた表情がぱっと明るくなり、駆け足で入店してくれる。
「すまない、ファブ」
「もー、おそいー!」
抱きつくラギの頭を撫でてやるオメガ。ああ、いい兄妹だな。彼女のテンションは元々高い方だが、兄に会えたことでさらに倍増する。
「な、な。これお兄ちゃんの分。ピザから食べるといいで、今ならチーズが伸びる!」
「ああ、わかった、わかったから」
妹に押されるまま席に着く。そんな彼は、笑顔だ。彼が笑うところを久しぶりに見た。
「さあ、食べて、食べて!」
勧めておきながら、結局、一番よく食べたのは僕だった。
「なんか悪いな、僕ばっかり食べて」
「いや、いい。ファブのおかげで、いろんな種類を食べられたから」
会計ではオメガがほとんどを払ってくれた。
そういえば彼は、電動ワープの安定化を成し遂げた研究者でもあった。若くしてあちこちから表彰され、金持ちだったと今更のように思い出す。僕も意地で少しは支払ったけれど、ごちそうさまでした。
オメガのバイクの後部座席に、ラギが乗る。彼女が僕に声をかけてくれる。
「ファブ、また遊んでや! 今度は音ゲーのコツ、教えてあげるから」
「こら、偉そうだな」
僕は気にしない。ゲームに年齢も性別も関係ない。
「ありがとう、楽しみにしてるで!」
手を振りあって、別れた。
帰り道の電車、さっそくメッセージが届く。
Ω:妹の相手をしてくれてありがとう、助かった
F:いいってことよ、親友!
嬉しそうに笑いあう、あの兄妹の様子を思い返し、目を閉じた。
冬が終われば、それもなくなることを思うと、胸が痛む。
オメガは来年春から、超完成都市に行く。噂では、大学を通り超えて、超完成システム管理部門に就く可能性もあるらしい。引き抜きだ、断ることはできない。
今でさえ忙しい彼が、超完成都市ではどうなってしまうか。嫌な予感しか無い。大学に行った後も、交流を続けられるよう画策しているが、僕は内心怖かった。いつか、彼が壊されてしまうのではないかと。
今日一緒に夕飯を囲んで確信した。妹が元気でいること、それが彼の支えになっていることを。離ればなれになったとしても、変わらないと思う。彼女がいる間は、彼は彼であり続けられるんだ、間違いない。
僕は、無力な僕は、小さく祈る。
どうか、心優しいオメガと未来あるラギ、二人ともこの先、無事であり続けられますようにと。
サークル情報
サークル名:ひとひら、さらり
執筆者名:新島みのる
URL(Twitter):@NiishimaM
一言アピール
アンソロ一作目『書きたくない手紙を書く方法』の関連作、今度は兄の友人ファブ目線で書きました。本編(新刊)『Cis.3 こわれた学校ゲーム』では、超完成都市と六年生になったラギの作ったゲームが主題です。ファブも登場します!シリーズものですが、3巻から読むのも一応可能です。どうぞよろしくお願いします。