御欠席

To Haruko Musashi

 ハルちゃーん、元気? アキホだよ!

 あーっ、なんかすごい緊張しちゃう。なに話すんだっけ。
 えっと……東京は連休明けから40℃近い日がつづいてるそうですね。こっちはまだ35℃くらいです。暑くてバテたらいつでも帰ってきてくださいね。
 暑いのに私はなんでこんなカッコかっていうと、結婚式の前撮りを終えたとこだからです。当日はチャペルでドレスなんだけど、白無垢も着てみたくて。着替える前にカレが撮ってくれてます。ありがとー。

 招待状のお返事、ありがとうございます。
 欠席の丸を見たとき、頭が真っ白になりました。
 なんで? なんでハルちゃんが私の結婚式に来ないの? 私の結婚式より大事なお仕事なんてあるの?って。びっくりしてメチャメチャ泣いて、メチャメチャ怒って、結婚式なんかやめようと思いました。
 ウェディングドレス選びも手伝ってくれたのに、今度は私がハルちゃんのドレスを選ぶ番だって思ってたのに。私より熱心にカタログを読み込んでくれたのは、嘘だったの?って。

 パパとママから、お仕事のこと聞きました。
 いま日本でいちばん危険な仕事してるって、意味わからなくて。私に黙ってたこともすっごいショックで、なんで自分で言ってくれないのってまた怒って。みんなに迷惑かけちゃった。
 でも、ハルちゃんから面と向かって直接言われたら、そんな仕事すぐ辞めてって言っちゃうと思うから。だからお返事も、通話じゃなくて動画にしようと思ったんだ……。

 うん、ごめん。だいじょうぶ。ちゃんと最後まで言わなきゃ。

 あのね、いま披露宴で流すビデオ作ってるでしょ。それで昔の写真とか動画とか見てたらね、私ずーっとハルちゃんといっしょだったのね。
 ハルちゃんと同じ服着たがって、同じものほしがって。いっつもくっついてる私に、めんどくさいとか言わないでつき合ってくれてたね。
 でもね、ハルちゃんもほっとけなかったんだよ。
 覚えてる? 落ちたらどうしようって怖がっちゃって、ジャングルジムにのぼれなかったこと。ブランコも苦手だったよね。
 あと、友だちが怪我したりケンカしたりしてると、本人より先に泣いちゃって。悲しくて苦しくて怖いって言って、いつも私の手を離さなかったの。
 だから、泣き虫のハルちゃんには私がついてなくちゃ、って思ってたんだよね。

 だいじょうぶですか、泣いてませんか。
 高いところにのぼるより怖いこと、たくさんあると思います。だれかが傷つくのを目にすることも、昔よりぜんぜん多いと思います。でもずっとそっちにいるってことは、怖いのも苦しいのも飲み込んでまでやらなきゃいけないって決めたからだよね。
 ほんとは今すぐ帰ってきてほしいけど、優しいハルちゃんはみんなのために最後までがんばるつもりだって思うから。
 だから早く敵を全部倒して、笑顔で帰ってきてください。
 それが来月か、来週か、明日だったらいいな。アキホはずっと待ってます。

 結婚式、席は用意しておくからね。

From Akiho Koganei

 かつて街だった場所が、廃墟と瓦礫しか見えない荒凉とした景色に変わって久しい。
 黒い「怪物」の胸部を一撃で抉ると、剥がれ落ちる外骨格の中からこときれた人間の顔が現れた。直前まで周囲を口汚く罵っていた表情のまま、醜く焼きついている。痛みは感じただろうか。自分が死んだことすら気づかなかったかもしれない。
 武蔵ハルコは手を一振りして付着した血液を飛ばした。全身を覆う装甲は、その高い撥水性ゆえに一滴の返り血も残さない。
「駆除完了。帰投します」
 本部から了承の通信を受け、仲間たちとうなずき合って愛車に跨る。
 市民を襲う「敵」を倒したヒーローに、歓声も賛辞もない。警察官が数人、こわばった顔で凝視しているだけ。それでいい、とハルコは強化バイクのエンジンをかけた。褒められたくてやっている仕事ではない。
 外部の人間には顔も年齢性別も決して知られてはならない……それがハルコたち特務部隊を守る掟だった。

 アイスコーヒーを飲みながら、ビデオレターを二度再生する。三度目の再生を思いとどまり、代わりに端末へ話しかけた。
「ミロク。アキホの結婚式、カレンダー登録しといて」
《登録完了しました。休暇取得も同時にしますか》
 カレンダーを表示した自律型AIアシスタント「ミロク」は、気を利かせて休暇申請と新幹線予約のサイトをそれぞれ立ち上げた。
「ううん、登録だけでいい」
《六月であれば、まだ休暇の取得は可能です》
 ハルコは苦笑してグラスをテーブルに置いた。
「例の作戦、前週じゃん」
《ええ、ですから、式への参列は可能です》
 食い下がってくるように聞こえるが、相手は事実を述べているだけだ。だからこちらも気にせずラフに返事ができる。
「大規模作戦の前に、これが終わったら妹の結婚式に出るんだ……なんてさ、フラグでしかないでしょ」
《死亡フラグ、ということですね》
 彼女は使用者の言動に合わせてカスタマイズされていくため、相槌でも的はずれなことは言わない。ミロクの実力は、AIとの会話であると意識させないことにある。
「験担ぎくらいさせてよ。成功率50%以下なんだから」
《しかし、成功率を上げるための努力は日々各部署でなされています》
 そんなことは知っている。これまでおこなわれてきた大規模攻撃の中でも、今回はターニングポイントとなるのではないかと言われていた。うまくいけば、「敵」を殲滅して東京を取り戻せるのではないかという期待さえ出てきている。
 ハルコだって、その期待に賭けたい気持ちは皆に負けていない。だが、楽観視できない状況であることも最前線でだれよりわかっているのだ。
 そんな不安を押さえつけ、ソファに倒れ込んでミロクに囁く。
「作戦成功させて、サプライズで式場に駆けつけるってほうが盛り上がるじゃない?」
《サプライズですか》
 相手は少し考え、それから画面に別のサイトを表示させた。
《フォーマルウェア一式のレンタルも手配可能です》
「うーん……もうちょっと待って。ドレスはちゃんと手足も頭も残ってること確認してから選びたい」
 作戦が成功したとしても、自分が五体満足かはわからない。うきうきと肩が出るドレスを用意して、もし片腕が吹っ飛ばされていたら残念なことになる。意識不明にでもなっていたら、キャンセル料もかかるだろう。
 氷が溶けきって少しぬるくなったコーヒーを一息に飲み干す。
 こんな殺伐とした思考が刷り込まれてしまった姉を、かわいいままの妹は受け入れてくれるだろうか。泣くことも怖がることも忘れてしまった、乾ききったこの自分を。
「行けたら行く、ってのは普通さ……」
《行かないパターンですね》
「でも私は行くつもりだよ」
《もちろんです》
 学生時代は携帯端末程度のつき合いだったミロクだが、この仕事を始めてから本格的に利用を始めた。公私ともに秘書的な存在で、殺伐とした日々でも世間話ができる貴重な相手だった。
 もちろんカウンセラーもドクターも専任がいるけれど、死地をくぐり抜けてきた仲間も大切だけれど、もっと気負わずに、気を遣わずにやりとりできる相手が、今のハルコにはありがい。
 友だちや家族と他愛もない話を何時間もしているのが楽しかった時代が、何十年も昔のこと……いや、自分ではない別のだれかの人生だったようにさえ思える。妹の結婚さえ未だに現実感がないのは、自分の生活とあまりにも断絶しているからだろう。
 ふと、自分の腕を見た。
 骨にも肉にも異常はないが、訓練中についた痣や擦り傷がいくつか残っている。細身ながら引き締まった筋肉のラインが浮き出ていて、女性らしい服が似合うかは微妙なところだ。
「ドレスじゃなくて、振袖もありかなあ……」
《シミュレーションされますか。お好きな色や柄で検索します》
 すかさずミロクが尋ねてくる。
「じゃあ、お願い」
 目の前に試着用の3Dイメージが現れ、思わず身を乗り出した。
《ご希望の条件をどうぞ》
「うーん、ピンク、オレンジ……紫もいいな。白以外の、カラフルな色で!」

サークル情報

サークル名:アールワークス
執筆者名:シロジクロエ
URL(Twitter):@4696rwks

一言アピール
ディストピアとSFが好きな、おもしろ特殊装丁サークルです。仄暗い・仄明るい話ばかり書いています。
この話は、オリジナル変身ヒーローもの「紅蓮-limit-」の番外編です。テキレボEX2限定で再販しますのでよろしければ本編もどうぞ。
https://plag.me/p/textrevo_ex2/10520

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