官渡に或った気がかりな文

【官渡の戦い(かんとのたたかい)】

中国後漢末期の200年に官渡(現在の河南省鄭州市中牟県北東)において曹操と袁紹との間で行われた戦いである。赤壁の戦い・夷陵の戦いと共に『三国志』の時代の流れを決定付ける重要な戦いと見做される。

70万の大軍である袁紹軍に対し曹操軍はたった7万。明らかに袁紹優勢との見方が強かったが、袁紹軍の参謀であった許攸の裏切りから、袁紹軍の食糧基地が烏巣であるとの情報を得た。そこを襲撃、焼き尽くすことで袁紹軍は混乱。内部分裂を引き起こした袁紹軍は敗走を余儀なくされ、見事、曹操は大勝利を得たのだった……

「孟徳(曹操の字)様、密かにこちらへ」
袁紹めが撤退したのち、奴の陣中で探りを入れている最中、兵の1人が何やら神妙そうな顔でそう告げた。将軍ではないこの兵が、何故この儂に直接、しかも誰にも許しを得ることなくそう告げてきたのか……
「いかがした? ただ事ではないようだが」
「孟徳(曹操の字)様だけに見て頂きたいものがございます。何分、千人隊長や他の将軍に申せば、伏せられる恐れがあると思った故、直接ご報告仕った次第。ご無礼、お許し下さい」
「……ほう」
見て頂きたいものか……しかも、儂だけに。千人隊長や他の将軍に申せば、伏せられる恐れがあると思ったものとなるとなんだかは何となく察しが付く。
「案内せよ」

その兵が案内した先にあったものは……やはり大量の文であった。しかも、この曹孟徳を裏切る文だ。しかし……
「これは、多いな」
2,3通、多くても10通程度だと思った謀反の文だが、見た限りでも30はある。実際数えさせたら如何程となろう? もっと多いやもしれぬ。
「これほどの数ともなれば、身共の部隊にも恐らくは内通者がいる恐れがあるやも……」
「そうさな。これをまず儂に申したのは英断である。褒めて遣わす」
「ありがたき幸せ!」
ふむ、この兵にはあとで何か褒美を取らせるとして……さて、この文の数々を如何いたそうか。

1人1人見つけて裁くのもいいが、ちと手間がかかる。かと言ってこの数を鑑みれば、他の誰かに任せれば幾人は無かったことにされよう。この兵卒に全て任せてみるか? いや、優れた兵かもしれぬが優れた将とは限らぬ。捌き切れぬし他の将軍に不満を与えてやるのもな……

「いっそ、見なかったことにすれば楽かもしれんな」

……ふむ。いや、確かにそうだ。それはありかも知れぬ。
見なかったことにする。しかし、ただ見なかったことにするのではない……
「そなた。名はなんと申す?」
「胡興と申します」
「胡興、そなたに1つ頼みがある」

「聞かれよ諸君!」
曹の旗の元、将軍、兵卒が集い中央にいる儂と、その傍らに積まれた謀反の書状の山を見つめていた。
「ここに或るは、袁紹の陣にあった書状の数々である。それも、戦の最中、儂から寝返らんとする旨が書かれたものである!」
それを聞いた兵たちはそれぞれ、様々な反応を見せた。
顔を真っ赤にして怒りを露にするもの。ただ驚くもの。唾を飲み、自らが首を刎ねられるのではと青ざめるもの……
そんな兵たちに向け、儂は言葉を続ける。
「戦の最中、これだけの数の謀反があったのだ。袁紹めにこちらの様子が筒抜けであったろうな。烏巣への襲撃がうまくいったのがまるで奇跡に思えるほどである」
本当に、そう思うとよくこの戦に勝てたものだ。よほど袁紹めが愚かだったらしい。
さて、ここまで一部の兵たちを震え上がらせておけば十分であろうか……
「……が、しかしだ。あの袁紹の軍勢の勢い、数を見た時、確かに儂も恐ろしいと思った。なるほど、恐れのあまり袁紹めに寝返りたくもなる気持ちも分からんでもない。信念が揺らぐこともあろう。故に」
儂が手を振って合図をすると、松明をもって現れた胡興が何も言わずに謀反の文の山に火をつけた。
「この度の謀反、全て見なかったこととしよう」
謀反の文は言葉通り、1通たりとも目を通していない。名前さえも見ていない。しかしそれで良い。それが良い。
兵たちの表情が変わった。恐らく、この曹孟徳は寛大な君主に見えているはずだ……特に、この文を送った兵たちには。
文が燃える。次々と燃える。あっという間に燃えてゆく。
さぁ、燃えてなくなるがいい。儂らはこれより袁紹の本拠地に向かわねばならぬ。味方を罰する暇があるなら、一刻も早く奴らの元へと向かわねばならない。
燃えろ、燃えろ燃えろ……

「む?」
文共が燃える最中。1つの書状が目に入った。ところどころ黒くなり、ほとんど読めなくなっているが、その文面が強く、強く頭に刻まれる。

【曹操は――と寝言で――】

微かに一部が読めたその文も、あっという間に燃えてなくなった。
「あ?」
「曹孟徳様?」
「……いや、何でもない」

【曹操は――と寝言で――】

……なんだ? 
なんだ今のは?
何が書かれていたのだ? 
というか儂は、寝言で何を呟いたのだ? 
そもそも儂の寝言の話なのか? 
これはなんというか、気になる。気になってしまう。気になってしまうではないか!?
「曹孟徳様? 顔色が……」
「ん、あぁ、大事ない。少々疲れがな。何案ずるな。じき良くなる」
「ま、誠に大事ありませぬか? 少々休まれた方が……」
「そのような暇はなかろう……では、そろそろ出立するぞ」
名君主の印象を崩すわけにはいかないが、内心、かなり、あの文に心を乱された。
どうしたものか。今更燃やしてしまった文の中身など分かるわけもない。かと言って皆に聞くのも気が引ける。なんというか、流石に威厳が保てそうにない。
……こうなったら、そうさな。それしかあるまいか。

「袁紹に聞くか」

儂は軍を倉亭へと進めることとなった。

サークル情報

サークル名:Your Production
執筆者名:白色黒蛇
URL(Twitter):@hakusyokuK

一言アピール
今までは蛇之屋として活動していました。創作界隈の何でも屋、マルチメディア展開が特異で制作進行&マッチングサービス「COto」を運営しております。

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