1番欲しいもの
体操の合間に見上げる空は、今日も綺麗な青い空だ。
天気のいい、時間のある時は極力、塀の外が見える場所に行くようにもしている。
ここはとある県の女子刑務所。
刑が確定してから入るので、服装も食べるものも時間も、何もかも自由がない。甘いものもほとんど食べれない。
刑務作業のほんの隙間時間、空を見上げて思う。
あの女は、少しでもあたしのことを考え、あたしに手紙を書こうとか考えるだろうか。
いや、ないな。
あの女だって、今は女子刑務所だもの。
殺人の。あたしが実行者であの女が計画立案者。
被害者はあの女の夫。
夫が邪魔になったけど納得してもらえる離婚申し立ての理由がこれと言ってなく、あいつに岡惚れしてる男も(珍しいことに)この時はいなくて、あたしのことを思い出したらしい。
もとはあたしたちは、とある県の県立女子高の同級生だった。
あたしは当時からあの女が好きで、あいつは、いつか何かの役に立つかもしれないからとあたしを泳がせてたらしい。
「あんた、昔からあたしに惚れてるでしょ?」
あたしは年甲斐もなく真っ赤になった。
「引き受けてくれなかったら、あんたの会社の人事にこのことバラすけど」
「決まりね」
「成功したら1回ヤらせてあげるからさ」
それであたしは、夫が嫌で嫌でたまらなくなっていたあいつに、恋心という弱みを握られて実行する羽目になった。成功したら1回寝てあげるって。
約束、果たされてないけど。
事件が露見するの早かったからね。
世界一嘘つきな女に惚れてしまった女の末路、だよ。
あたしの事件は3日ほどテレビで報道されたので、受刑者の中にはあたしを知ってる女もいて、その中に1人、なんだか仲良くなれそうな女がいるけど、今のところ挨拶くらいしかできてない。私語すると怒られるし。
ちなみに、あたしの事件の露見の3日後に首相が退陣したので、テレビはそればかり報道してたとは姉からの手紙で知った。
それからもうすぐ3年。
1番欲しいものはあの女からの手紙。
でも一生読むことはない。
一生連絡を取るのも禁止されて、そのまま別々に生きていくのだろう。
「172番、早く作業場へ行きなさい」
この、自分の身長と同じ数字の番号が、嫌いになりかけている日々。
ゆっくり青空を見上げるなんて、シャバに居た頃はなかった。貧乏暇なしで。
今日も、体操と作業の合間に、青空を見上げて、来ないとわかってる手紙を待つ。
サークル情報
サークル名:口達者同盟
執筆者名:西山香葉子
URL(Twitter):@piaf7688
一言アピール
普段はもっとほのぼのしているものを書いているのですが、今回手紙というのでこんなアイデアが(浜田省吾にもこんな曲があるせいかな)。でも今回で、独白だけは得意だと気付けた気がします。いつもと違う者を書いてアピールになっているのか謎ですが、よろしくお願いします。