喪中はがき
毎年、欠かさずに年賀状を出し続けていた元彼から、初めて返信のはがきがあった。ただしそれは――喪中はがきだったが。
「死んだんだ」
同じ年だった彼が、どうして四十五歳なんて若さで死んだのかなんてわからない。喪中はがきには定型文どおり、今年の六月に夫が永眠した、としか書かれていなかった。
「早い、早すぎるよ。私はまだ、あなたを忘れられないのに」
ビリビリとはがきを破り、ゴミ箱へ捨てる。こんな現実、認められない。――認めるわけにはいかない。
三年付き合った彼と別れたのは十五年前、三十歳の時だった。
「一緒に、来てほしい」
父親が倒れ、田舎の旅館を注ぐことになった彼からは当然、そう言われた。しかし、私は。
「行けるわけないでしょ」
いとも簡単にそれを断った。その頃の私は会社で重要な仕事を任され、充実した毎日を送っていた。そのせいで彼との関係も、おざなりになりがちだったといってもいい。だから私は、そういう時期だったのだろうとなにも考えずに断った。
それからまもなく、彼は一緒に住んでいたマンションを出て田舎に帰った。いなくなって初めて、彼のぬくもりを知った。遅くに帰ったときは彼が待っていてくれて、温かいミルクティーを淹れてくれる。いつのまにそれを当たり前だと思い、感謝しなくなっていたのだろう。
けれど冷たく、彼を突き放してしまった私は、素直に謝罪と、いまさらだけれど一緒にいたい、などという言葉は言えなかった。それで考えた末、取った手段が年賀状だった。
当たり障りのない定型文の年賀状へ一言、【元気にやっていますか】とだけ書き添えた。彼から聞いていた旅館の住所を書く。
「返事が来ますように」
祈る思いでそれをポストに投函する。定型文のみの内容でもいいから彼からも年賀状が来たら、会いに行くと願をかけた。しかしながら、彼からの年賀状は来なかった。
それから十四年。毎年、同じ願をかけながら年賀状を出し続けた。もう半ば、意地だった。意地になりすぎて結婚の機会も逃し、この年になってしまったのは笑えない。
「夫 貴久、か」
不意に、喪中はがきの文章が思い出される。彼はいつ、結婚したのだろう。もしかして、子供もいるのだろうか。私はいつまでもここに停滞し続けているのに、彼はあちらで新しい道を歩んでいた。
「もう、年賀状は出せないのか……」
彼はずっと、私からの年賀状をどんな思いで受け取っていたのだろう。彼の妻はどんな気持ちでこの喪中はがきを出したのだろう。別れたあとの彼が知りたくないかといえば嘘になる。彼にお線香くらいあげたい。しかしながら、十四年も年賀状を出し続けた元カノが訪ねてくるなんて、奥さんとしては全く面白くない状況を作り出したいほど、阿呆でもなかった。
「しっかし、やっと来た返事が喪中はがきって、全然笑えないんですけど」
気を取り直し、キッチンへ行ってミルクティを淹れる。彼がよく、私に淹れてくれたミルクティを。
「はいはい、いい加減、諦めろってことですよね。諦めて、前へ進みますよ、いい……」
カップの中にぴちょんと滴が落ちてきて、慌てて顔を拭う。
「前へ進むから。そのうち、私もあっちへ行ったら、そのときは馬鹿な私の話として聞いてくれるといいな……」
ずっ、と啜ったミルクティは、あの頃と変わらず甘かった。
【終】
サークル情報
サークル名:めがね文庫
執筆者名:霧内杳
URL(Twitter):@kiriutiharuka03
一言アピール
眼鏡男子ならめがね文庫!というくらい、眼鏡男子が揃っています。とくに、眼鏡リーマンが豊作です。眼鏡男子好きさんもそうでない方も大歓迎!眼鏡男子と恋してみませんか?※アンソロ作中、眼鏡描写は出てきませんが、元彼はもちろん眼鏡です。