魔法少女(成人男性)の息子(成人男性)
『愛する悠斗へ おまえがこの手紙を読むころには、お父さんはもうこの世にいないだろう』
そんな茶番じみた文句で始まる手紙が届いたのは、ちょうど親父の一周忌の翌日だった。
『お父さんには、おまえにもお母さんにも打ち明けられなかった秘密があったんだ。そのことについて謝りたい。……』
死んだ親父は、めちゃくちゃな人間だった。
めちゃくちゃという形容に悪意があるならば、ものすごく多忙であったと言い換えてもいい。一人息子の入学式や卒業式、はては成人式や結婚式に至るまで、親父が参加したことは一度もない。いつも絶妙なタイミングでもって「急な仕事」を理由にドタキャンするか、中座が関の山であった。
そして、なぜか満身創痍で帰ってくる。
本当に満身創痍なのである。体中に傷をこしらえ、髪はアフロと化し、着衣などビリッビリの原始人仕様なのだ。
しかし毎度のことなので、母さんも俺もとくに詮索しない。もはや日常茶飯事であったし、「仕事」の仔細についてを親父がけして語らないことも分かっていた。
一度、たまたま居合わせた友達に「ゆうとのパパ爆発してね!?」と目を剥かれたが、「いいな、よそのお父さんは爆発しないんだ」くらいにしか思わなかったものだ。
とにかく、そんなめちゃくちゃな親父が、昨年コロッと他界した。
案の定というか何というか、仕事中の事故だという。
さすがの親父も、自分の葬式には最初から参加した。そして最後は白く煤けた骨になった。
『じつは、お父さんは北信越地区の魔法少女を務めていたんだ』
は? と、思わず声を上げてしまった。
一字一句を慎重に確認してみるが、読み間違いではない。――じつはお父さんは魔法少女だったのだ、おまえの生まれる前からのことだ、上からの命令で事情を明かすことができなかった……という旨が、几帳面なくせに不格好な肉筆で綴られている。
いや魔法少女て。
なんだか頭が痛くなってきた。俺はいちど目を閉じ、深呼吸をして天井を仰ぐ。
「メボメボメボ――!」
手元からいきなり奇声が上がった。
ギョッとして視線を戻すと、便箋の上に製造ミスのぬいぐるみのようなモノが浮かんでいるではないか。
「やあ、キミが悠斗クンだね! さっそく契約するメボよ★」
しゃ、喋ったァァ!
「ボクは関東・甲信越ブロックの担当天使メタボルン。ボクと一緒に、地域の平和を守るメボ!」
なんだこいつは。勝手に話を進めるんじゃない。
「うーん、ノリが悪いメボねぇ。キミはお父様の様子をずっと見ていながら、何もピンと来ないメボ?」
「ピンと来るも何も、……あっ!!」
俺の中で、点と点が線で繋がった。
どんなに大切な場でも、ちょくちょく中座した親父。
そしていつも満身創痍で戻ってきた親父。
「親父は……魔法少女だったのか……!」
「そうメボ! キミのお父様は悪の組織と戦っていたんだメボ。それもすべては愛する家族を守るため……ふぎゅっ」
俺はぬいぐるみを押しのけ、手紙の続きに目を走らせる。
『お父さんは、ずいぶん不甲斐ない親だっただろう。おまえの幸せを守りたいと誰よりも願いながら、おまえの成長を満足に祝ってやることさえできなかった。けれど、おまえが立派に育ってくれたことが、お父さんの何よりの誇りであり喜びだ』
ぐっと熱いものがこみ上げ、指先が震えた。
そうだったのか。親父はそんなことを思いながら、昼夜をとわず戦いに身を投じていたのか。家族にさえ知られることなく――
俺は人生ではじめて、親父のことを誇らしいと思った。
「……ゴホン。それで、こちらの要件なんだメボが」
ぬいぐるみが口を挟んでくる。
「キミに、魔法少女になってほしいメボ」
「え?」
「お父様の殉職から一年、地域の平和がいよいよ危ないメボ。お父様の遺志を汲んでなにとぞ……『愛する家族を守るため』メボよ」
その頼み方は卑怯というものだ。
しかしながら、それとこれとは話が別だ。なぜなら俺自身にも、すでに愛する家族があるからだ。守るべき妻子がある。だからこそ俺は魔法少女にはなれない。
「――って、そもそも俺も親父も少女じゃないだろ。女性ですらないだろうが! 話を持ち掛ける相手を間違ってないか?」
俺はついに根本的な疑問を口にした。
そうなのだ、こいつ何を当然のように少女少女って。どう見ても俺は成人男性だろうが、それもちょっぴりメタボが気になる三十路の!
「メボォ、その質問に関しては非常にお答えしづらいメボが……」
「なんだ、言ってみろ」
「もう四十年ほど昔メボが、キミのお爺様が同僚のリアル女子にガチめのハラスメントを働いてしまったメボ。それ以来、当局では女性への勧誘を一切行わない方針になったメボ」
じ、じいちゃあああん!!
なんだそれ最低じゃないか。というか祖父の代から魔法少女だったのか!? どうなってんだウチの家系は!!
「ちなみに、その件での慰謝料は当局が一時肩代わりしたのち、お爺様の給与から天引きしていたメボ。けれど到底支払いきれる額ではなく……キミのお父様が、支払いを続けていたメボよ」
「や、闇が深い……」
「そういうわけで、せめて慰謝料の残金分だけでも、キミに魔法少女をやってもらうメボ★」
「残金まだあんの!?」
俺の声に答えるかわりに、ぬいぐるみがカッと激しく光を放つ。
「う……うわー!?」
俺の全身にリボン状の光がまとわりつき、どこからともなく軽快な音楽がフェードインしてくる。やめろ、俺の意思を無視して変身バンクに入るんじゃない!
みるみるうちに俺の肢体は可憐な衣装に包まれ、胸元には大きな宝石がきらめき、素肌もあらわな手脚に剛毛がワサワサとなびいた。
「いやオッサンのまんまかい!!」
ちょっとメタボな魔法オッサン・俺が爆誕してしまった。
「さあ、二丁目で悪の怪人が暴れているメボ! さっそく倒しにいくメボよ!」
「待て待て待てダメだろこれは! 俺が社会的に制裁されちゃうだろうが!!」
俺の戦いは、始まったばかりだ――。
サークル情報
サークル名:Harcot
執筆者名:杏仁どん
URL(Twitter):@anything_greens
一言アピール
はじめまして、杏仁どんと申します。パッと読めてパッと笑えてハッピーエンドで終わるような、楽しい作品を執筆したいと思っています。(今回はハッピーなのか分かりませんが…笑)ご覧いただき、ありがとうございました!