思い出つづり

 古今東西、女性はお話好き、お手紙好きなものです。学校でおしゃべりして、授業中にこっそりとお手紙を書いてお渡ししたり、お家に帰ってからもお話したくてお手紙を書いたりと、どうしてこんなに、お話することがつきないのだろうかと思ってしまいます。
 ノートの切れ端に書いて、「授業中に書いているので、こんな紙でごめんなさい」ということもあれば、素敵な便箋を見つけましたとお手紙を書くこともあります。
 内容など、とりとめもないことばかりで、今日はお母様に叱られてしまいましただとか、素敵な詩を見つけたので書き写してお伝えしますだとか、児戯のようなものですが、毎日、毎日、飽きもせずお手紙を書けるのですから、不思議なものです。
 例にもれず、わたくしもお姉様と文通しておりました。同じ女学校に通う上級生であるお姉様は、ピアノがお上手で、ジョン・キィツなる英国の詩人がお気に入りで、とてもきれいな字で書かれたお手紙をくださいます。学校でお手紙を交換して、おそろいのハンカチを持ったりする。そんなささいな関係でした。
 今日も、お姉様からのお手紙を持って帰宅し、夕食をいただいてから、机に向かうと、まずはお勉強と思いながらもつい、お姉様のお手紙を出してきてしまいました。
 待ちきれずに蝋封を開けると、お姉様の字が、いつもよりひときわ美しく、時間をかけて丁寧に書いてくださったのだなとわかります。
 今日のわたくしの手紙は、どうでしょうか。たわいもないことばかり書いてしまったように思います。でも、明日も明後日もお手紙を交換するのですから、それでよいのです。
 お姉様からのお手紙は、いつも通りの、その日の出来事や、ジョン・キィツは医学生だったそうですよ、お医者様で詩人だなんて素敵ね、などというお話でしたが、末尾に、女学校を中退して、遠くへお嫁に行くことになりました。ずっと言い出せなくてごめんなさい、顔を見てお別れを言うのがつらくて、この手紙を読む頃には、もう船に乗っていることでしょう。と書かれていました。
 この当時、女学校に通える女の子は少なく、裕福な家庭の子女ばかりで、そんな夢多き女学生たちも、卒業を待たずしてお嫁に行ってしまうこともめずらしくありませんでした。
 お姉様は気立てもよく、家柄もよく、器量にも申し分のない女性でしたから、女学校を卒業して進学するなど、そんなことがあるはずもありません。
 手紙を持つ手が震え、わたくしは自分が泣いていることに気がつきました。
 お姉様にはもう会えず、お話することも、お手紙を書くこともできません。明日から、学校へ行ってもお姉様はいらっしゃらないのです。そしてわたくしも、今までは上級生をお姉様と呼んで慕っているだけでしたが、自分が上級生となれば、下級生と親しくなってまた文通したり、お姉様と呼ばれるようにもなります。そうしたら、また、わたくしも、お姉様のように、学校を中退してお嫁に行かなくてはならなくなるのでしょうか。
 声を押し殺して嗚咽をあげ、しゃくりあげながら、ひとり、書くことのないお手紙のお返事を考えます。
 わたくしは、お姉様からいただいたお手紙を、全部、大切にしまっておいて、お嫁に行くときも、こっそり持って行きます。そして、自分が死ぬとなったら、全部、人目につかぬよう燃してしまいます。気のない夫と暮らすのに疲れたとき、子はかすがいなどと思えぬとき、そっと見返して、ただ無邪気にお姉様とすごしていた日々を思い返すのです。
 人は失ってはじめて、自分が幸せだったと気づくものです。それだけ、その頃のわたくしは幸せだったのでしょう。遠い遠い未来、女の子が学校を辞めず、お嫁に行かなくてもよくなる頃、お婆ちゃんになったわたくしは、少女時代の美しい思い出として、胸にしまってしまえる日が、くるのでしょうか。
 それでもこのときほど、大人になるのがいやだと、そう思ったことはありませんでした。

サークル情報

サークル名:アホウドリの祭典。
執筆者名:アホウドリ ときヲ
URL(Twitter):@ahoudori_tokiwo

一言アピール
時代によって、普通やあたりまえといった基準は違うもの。今となっては華やかなりし面だけを取り沙汰されがちな、花形にとってのあたりまえの日常を書きました。

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