歴研部の挑戦状

今からちょうど800年前。鎌倉時代のお話。

一人の武士がいた。彼の生まれは武士の都、鎌倉のお膝元の三浦半島。

三浦は三方を海に囲まれた土地、山と谷が多い地形はこの地の武士を「最強」と呼ばれるまでに育てた。

そして鎌倉幕府が出来てからというもの、三浦の権力は幕府の重鎮として、軍事的にも政治的も揺るがないものとなった。

彼はそんな三浦の長・三浦義村みうらよしむらの同母弟だった。名前は三浦胤義みうらたねよし
といっても、兄と彼は親子ほども歳が離れていたのだが。

若い頃、彼のずっと兄の背中を追っていた。少年の頃に父が亡くなり、兄が惣領となって以来、兄が父の代わりだった。

しかし……両親が歳をとってからできた子は、きっと純粋に育てられたのだろう。

政を行う兄の方針に、やがて反発する事となる。その決定的な出来事は、源氏の血が絶えた事。

鎌倉幕府の初代将軍は、源頼朝である。そしてその息子である頼家は、母の家である北条よりも、妻の家である比企を重んじようとした。そのため北条氏に追放され暗殺された。

頼家の妻たちは、ある者は出家し、ある者は再婚した。

鎌倉一の美女と名高かった女性は、1人の男児を連れて元服したばかりの三浦胤義に再嫁する。

時は経ち、3代目将軍実朝が暗殺される。この暗殺事件に北条は関わっていない。……と、思われるが、事件の後に北条が源氏に連なる血筋の者を次々に暗殺したのは事実。

それは胤義の妻と頼家の息子も逃れられなかった。

北条義時は暗殺の手を差し向け、胤義の兄・義村はそれを見て見ぬふりをした。
胤義は愛する妻の子、将軍の忘れ形見、源氏の血を守れなかった。

嘆き悲しむ妻を抱きしめて、胤義は復讐を誓った。鎌倉を離れ、故郷を捨て、京に登って3年。

承久三1221年五月。

兄義村の元に胤義の手紙が届いた。

「後鳥羽上皇が、北条義時追討の院宣を出しました。兄上はこちらに来て一緒に戦いましょう。

後鳥羽上皇が褒美を約束して下さいました。

兄上は、一度義時に従ったふりをして、油断させて首を取って下さい。

義時が、三浦に残したオレの子を斬れと命じるのならどうぞそうしてください。

オレは子供を失った悲しみを糧に、兄上を支えます。一緒に日の本を治めましょう」

兄はこの手紙を読むと、すぐさま北条義時の元に行き、「弟がこんな手紙をよこした」と見せて、北条側に着く事を宣言した。

この後、鎌倉と朝廷の命運を掛けた承久の乱が勃発する。結果として朝廷側は負けて、胤義は自害し、さらし首となった。

胤義は、朝廷の甘言に騙されたバカな弟とされ、兄は実の弟を裏切ったと言われている。

「と、ここまでが歴史書に書かれている話。だけど、私は思うの」

とある高校の歴研部の部室。といっても、部員は僕とミサキ先輩の2人だ。今度の文化祭で学校見学に来た少年少女たちに「歴史って面白い!」と思わせて、来年度の新入部員を獲得せねば廃部決定だ。

とりあえず歴史のミステリーを解く! みたいなキャッチーな話題で興味を持ってもらおうという方向になった。僕は坂本龍馬とか、織田信長について調べていたのだけど……。

ミサキ先輩が調べたのは、このどマイナーすぎる鎌倉時代の、更にどマイナーすぎる人物ときた。

ミサキ先輩は内緒話をするように小声で、真剣な顔で言った。

「三浦胤義は、人生の大半を兄の背中を見て育ってきた。こんな手紙を貰って、兄がどういう行動をするか、全く予測しなかったのかなって。それに……当時の手紙って、不特定多数に見られる事が前提なのだし」

たしかに、胤義の手紙は不自然だ。

「これは、蓋然性のない与太話。歴史学的な実証はない、単なる創作の話なんだけどね」

そう前置きを置く時、ミサキ先輩の目はいつもキラキラする。

「平九郎は、子供を斬らせないためにこの手紙を書いたの」

「でも先輩。手紙には『どうぞ斬って下さい』って書いてあるじゃないですか」

「だから、手紙に書いてある事がそのまま本心ではない。これはそういう時代の手紙」

うっとりとした目で、ミサキ先輩は続ける。

「謀叛人の子はどうなると思う?」

「……もちろん、その子も斬られてしまうでしょうね」

「そう、だからこう書いたの『斬れば義時が油断するから、どうぞ斬ってください』って。で、実際に胤義の子が斬られたら……どうなると思う?」

「……胤義の兄・三浦義村が、北条義時を討ち取ると噂になる」

「鎌倉で人を動かすのは……噂一つで十分。そうやって他家を滅ぼしてきたのは、ほかでもない義時と義村なの」

「でも、それは……」

「言ったでしょ。これは蓋然性のない与太話。ただの創作。本当のことなんか、誰にも分からない。でも……」

ミサキ先輩は窓を思いきっきりあけた。入ってきた風がカーテンを払い、本のページをめくった。

「少なくとも、誰も、これを否定できない」

「先輩……」

背筋をピンと伸ばして全身で風を浴びるミサキ先輩の後ろ姿は、神々しさすらあった。

だけど……やっぱり文化祭のテーマは坂本龍馬や織田信長にしといた方がいいって、顧問のハラセンも言うと思うよ。

といっても先輩は聞かないんだろうけど。やれやれ、結局僕が頑張らないと……。

僕は黙って、戦国時代のコーナーの本に手を伸ばした。

サークル情報

サークル名:岬の芝居小屋
執筆者名:たるなま
URL(Twitter):@shibaigoya

一言アピール
歴史的にドマイナーと言われがちな鎌倉時代の創作。しかし2022年の大河でついにブームの兆しが……!? 大河ドラマの予習に私の本はいかがでしょうか。

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