あなたさまへ

あなたさまへ
 今日は美知が歩きました。
 ややこだった頃には、寝返りを打つのも大変そうで、この子は本当に大きくなるのかしらと心配したものですが。
 実のところ、肝が冷えました。縁側に這っていって、外に転落するという事故が起きたのです。
 幸い、刈った薬草を山にして干していたところに落ちましたので、大事にはいたりませんでしたが。心の臓が砕けてしまうかと思うほど、びっくりしてしまいました。
 美知は臆病で、それまでは決して、部屋の外に這っていくことはありませんでした。
 草の山に尻をつき、滑り降りて、偶然にも地に両足がついたのです。美知はしばらく、そのままの姿勢できょとんと立っておりました。それから両手を伸ばしてよちよちと、縁側に取りつきました。
 私もばあさまもそれを見まして、ほっとするやら嬉しいやら。
 ばあさまが赤飯を炊こうと言いました。お正月でもあるからと、とっておきのお米と小豆でお祝いのごはんを炊きました。
 美知はたくさん食べましたよ。
 これからもっともっと大きくなるでしょう。
 どうか楽しみにしていてください。
多江より

あなたさまへ
 今日は美知が話しました。
 なかなか言葉というものが出ず、この子は本当に大丈夫かしらと心配したものですが。
 実のところ、肝が冷えました。まだまだややこに毛が生えたようなものですから、美知はなんでも手に取って口に入れてしまいます。ふだんから余計なものは散らかさないよう気を配っていたのですが、歩けるようになった美知は、夜中に物置部屋へ入ってしまいました。 
 昼間は私がおんぶしてますので、どこにも勝手に行けないですし、夜は戸に鍵をかけて部屋から出られないようにしているのですが、厠に行ったばあさまがうっかり、鍵をかけ直すのを忘れてしまったのです。
 私も厠に起きまして、その時美知がいないことに気づいて顔面蒼白。美知は物置部屋で蜂蜜を舐めていました。
 とろりと甘いものがどこにあるのか、ちゃんと知っていたようです。
 私はいつも美知をおんぶしながらなんでもやりますので。隣の棚に置いている薬草には手を伸ばさないでくれて、本当に良かった。それも甘い香りがしますが、たくさん体に入れると毒になりますのでね。
 美知は両手を蜂蜜だらけにして、「かあさん、おいしいよ」と私に蜂蜜の壺を押してすすめてきました。
 はじめて聞いた美知の言葉に、私は驚くやら感激するやら。
 今もぽつりぽつり、片言で喋っています。
 あなたさまが帰ってくるころにはもっと達者に話せるようになっているでしょう。
 どうか楽しみにしていてください。
多江より

あなたさまへ
 今日は美知が川で魚を獲りました。
 ひとりでもうどこへでも歩けますが、放っておくと勝手にうろちょろしますので、まだ一日の大半はおんぶです。
 でも川で洗濯をしておりましたら、おんぶの紐が切れてしまいまして、それはもう肝を冷やしました。
 幸いそこはふだん、水浴びをするところでもありましたので、美知は驚かずにバシャバシャ水遊びを始めました。私は大慌てで美知を抱き上げましたが、美知はいやいやをして私の腕から逃げ、はっしと水の中に手を突っ込みました。
 本当にびっくりしました。美知はサッと、川の魚をつかみ取ったのです。
 たぶん偶然でしょうが、私はその魚をとっさに両手で受け取って捕まえました。
 ばあさまもびっくりしていましたよ。
 幼い子どもの手から漏れるほど、大きな魚で……
 とにかく美知はこれからもっともっと、私に驚きを与えてくれるでしょう。
 どうか楽しみにしていてください。
多江より

あなたさまへ
 今日はとても嬉しいことに、美知のおしめがとれました。
 美知は元気ですよ。私やばあさまと違ってとても丈夫です。
 寒くてもくしゃみひとつしませんよ。
 どうか楽しみにしていてください。
多江より

あなたさまへ
 美知は元気ですよ。
 どうか帰ってきてください。
多江より

あなたさまへ
 どうか帰ってきてください。
多江より

あなたさま
 どうか帰ってきて
多江

あなた
 おかねない
 じぶんデかく
 かえってキテ
たえ

 すみ ない
 かえっ キテ

「あンたぁ、向かいの三郎太は、やっぱり死んだんだべな」
「んだな。殿さまの軍団さ入って、足軽さ取り立てられたゆうて、おかみさんほくほくだったのにな」
「おかみさんしょっちゅう、代筆屋に手紙書き頼んでたけども。仕送り絶えてから、短い手紙しか送れんようになったって泣いてたわ。代筆て、ひと文字いくらで、勘定するらしいわな。金が尽きたら、がんばって自分で書いてたみたいだけどなぁ。報われんかったなぁ」
「まったくなぁ、かわいそうに。墨も書く力も、もうねえだろ。飢饉でこの村は終わりだ。さ、行くべ」
「あンたぁ、ほんとにこの子、連れてくのかい?」
「こん子はおれらの子だぁ。みちじゃねえ、まちだぁ」
「あンたぁ、病で虫の息のおかみさんに頼まれたからって……ま、そういうことにするか。うちらのほんとのまちとちがって、こん子はめっぽう丈夫そうだしな。さ、行くべぇ、まち。あたらしい父ちゃんの実家さ、身を寄せるだよ。三日しのいで歩けば、たっぷり米さ食えるだよ。だから泣ぐなや、なぁ」
「ええこ、ええこ」
「んだ。ええこ。ほれ、とっておきの蜂蜜、舐めなぁよ」
「ええこ、ええこだぁ、まち」

 ……、こうして私は、新しい両親に宥められながら生まれた村を後にいたしました。
 私たちは大きな村に行き着いて、しばらく大きな家に居候しました。
 しばらくすると新しい両親は、村の外れにあった小さな家に移りました。
 二人は田んぼでお米を作りながら私を大事に育ててくださいました。読み書きを覚えられる寺子屋に行かせてくださって、婿様も世話してくださいました。
 夏にあげていただいた祝言は、それはそれは立派なものでした。白無垢を着た私を見て、育ての母様はきれいだと褒めてくださり、嬉し涙で袖を濡らしていらっしゃいました。
 私は育ての両親に、できるかぎり恩返しをしなければならないと思っております。
 今はこんこん雪が積もっておりますが、春が来たらややこが生まれます。
 たくさん子を産んで育て、婿様と一所懸命米を作って、育ての両親に楽をさせてあげなければと思っております。
 こんな風ですから、心配はいりません。どうか安心してください。
 私は今、とても幸せです。これ以上何も望むことなどない、と言いたいのですが。
 欲が深くてごめんなさい。
 ひとつだけ、どうしても叶えたい願いがあります。
 いつの日か、生まれた村に行きたいと思っているのです。
 今はどんな風になっているのでしょうか、実を言えば少しこわいのですが、あなたさまのお墓を探そうと思っております。
 もしお墓が無かったら、お花は家の前に置かせていただきます。
 家の場所はちゃんと覚えておりますから、すぐに見つけられるでしょう。
 いつになるかわかりません。でも、必ず参ります。
 だからどうか、待っていてください。
私を産んでくれた、あなたさまへ
真知と呼ばれております、美知より

サークル情報

サークル名:赤妖精舎
執筆者名:楠みうみ
URL(Twitter):@EalielIi

一言アピール
ねこ母さんが、ファンタジーやSFや歴史系といった、
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