どんぐりドットコム

 毎日がなんとなく平坦で、楽な流れに身を任せているだけで、大きな不満もないがどことなくつまらない。そんなことを考えていたある日の午前、知らない人から『どんぐり』が添付された電子メールが届いた。
 ファイル名は、どんぐり。ファイル形式も、どんぐり。
 送信元のドメインは、
「どんぐりドットコム……」
 どうやらこれは、間違いなくどんぐりのようだ。そう結論付けた私は、添付ファイルをローカルフォルダに保存した。すると、こつんという音を立てて、頭の上に何かが落ちてきた。それを拾って見てみれば、案の定どんぐりだ。ただし、それがどこから落ちてきたのかは判らない。
 茶色くつやつやと光るどんぐりは、子供のころに集めていたときよりも小さく見える。表面には傷ひとつなく、昔の私だったら間違いなく宝箱に入れていたであろう見事な一品だ。私はそれを手のひらで転がし、ひととおり観察し尽くしたところで、肝心のメールの方に視線を移した。
 在宅の仕事でさんざん使い慣れたパソコン。少し古くなったモニタの中には、ひらがなだらけの本文が踊っている。
『これはぼくのきもちです。よかったら、にわにうめてみてください』
 私は無言になる。
 文面だけ見れば、子供の書いた手紙のようなそれ。差出人に心当たりはない。そもそも、どんぐりドットコムなんていうふざけたドメインを使っている知り合いは、友達にも仕事関係にもいないと思う。加えて、このどんぐりだ。理屈はまったく判らないが、この差出人は何かしらの方法を使って私に本物のどんぐりを送り付けてきたらしい。
「……埋めてみたら、何が起こるのやら」
 いろいろと怪しい。それどころか、この状況は明らかにおかしい。普段なら面倒くささに負けてどんぐりを捨てるか、理解できないことを恐れてお祓いにでも行くかというところだが、なぜだかこのときだけは好奇心が勝った。大人になって以来、すっかりさび付いた私の好奇心がだ。それに、これまた理由は付けられないが、この奇怪きわまりないどんぐりを無視したところで、この差出人は再び同じものを送って寄越す。そんな気がしたのだ。
 それなら埋めてみるしかあるまい。私は今や、好奇心さんの家にあるロボット家電みたいなものなのだから。

 私は仕事部屋の窓を開け、縁側から庭に降りた。つい先ほどまで気が付かなかったが、今日は素晴らしい快晴だ。私は大きく伸びをして陽の光を浴びる。うーん、何だか気持ちがいい。久々に履いた庭歩き用のサンダルは、知らない間に少し埃っぽくなっていた。靴下越しの足先が、ちょっとだけ気持ち悪い。
 建て付けの悪い物置の扉を開けて、中からシャベルを取り出そうと顔を突っ込む。物置の中は土臭くて、どこか時間の止まったような独特のにおいがした。私は半ば息を止めながら目的のものを探した。運よくそいつは目の高さの棚に収まっており、私は肺を刺すような過去を必要以上に吸い込まずに済んだのだった。
 次に、さほど広くない庭の中で日当たりのよい場所を探す。庭のど真ん中……はさすがにはばかられる。となると、候補は南側の花壇の傍だろうか。花壇といっても、もう何年も花は植えておらず、どこからかやってきた雑草が幅をきかせている無法地帯なのだが。私は我が物顔の雑草を抜きがてら、物置で見つけた適当な花の種を植えた。そしてその花壇のすぐ隣に、あの不可解極まりないどんぐりを植えてやったのだった。仕上げにホースで水をやり、私の仕事はこれでおしまい。どうだ、好奇心。おまえのロボット家電の働きも悪くないだろう。

 あくる日、私は植えたものの様子を見るため庭に出た。まあ、たった一日で何が起こっているわけもないのだが。そんな気持ちで覗いた花壇は期待どおりの姿だ。つまり、昨日種を植えたときと特に見分けがつかないということ。それを確認し、今日の分の水やりをして庭仕事は終わり。そう思ったとき、私は妙なことに気づいた。
 私の胸のあたりまでの高さのひょろりとした若木が、花壇の横に生えているのだ。
 私は混乱した。ごくごくシンプルに首を傾げた。おかしい、昨日までこんなものはなかったはずなのに。
 しかもこの位置。これは間違いなく、私が昨日どんぐりを植えた場所なのだ。
「ああ」
 私はそれ以上の感想を口にすることが出来なかった。とりあえず、今日の仕事をして、晩ごはんに大好きなにんじんを食べて、湯船に浸かって、早めに寝よう。そんなことを思った。
 どうやら電子の手紙に乗ってやってきた奇妙などんぐりは、植えてからも一筋縄ではいかないらしかった。

 さらに翌日。朝、とてもすっきりと目が覚めた。食事をして、ラジオ体操なんかもして、私は再び庭に出た。そういえば、あの埃っぽいサンダルは昨日洗って干しておいた。そのおかげで、今の私は足元だって気分爽快だ。
 花は、相変わらず種のまま。この種類の花なら、おそらく発芽まであと数日はかかるはず。
 どんぐりの若木は、さらに大きくなっていた。私の背をすっかり越して、高さはおよそ二メートルくらいになっている。私は口をあんぐりと開けたまま固まった。

 その次の日。相変わらず目覚めは良好。気分が良いのでラジオ体操に加えてストレッチも行った。軽い筋肉痛がある。
 花の種に変化なし。
 一方で、どんぐりの木の成長はひとまず止まったようだ。その代わり、私は細く伸びた枝先に奇妙なものを見つける。初めは飛んできたゴミが引っ掛かっているのかと思ったが、そうではなかった。
 手紙だ。
 封筒入りの手紙が、枝先に果実のようにして生っているのだ。それは枝としっかりとつながっており、試しに引っ張ってみると確かな感触を伴って枝から外れた。これは確かに、この奇妙な木の成果物なのだ。
 私は胸騒ぎと好奇心がないまぜになった心地で、決して太くないどんぐりの木をぐるりと一周する。震える手で『手紙の実』をもいでいく。数えてみると、最初に見つけたものを含めて全部で五つあった。
 私は慌てて部屋に戻ると、机の上に広げた手紙を次々に開封した。それはやはり紙の封筒そのもので、中から出てきたのも紙の便せんそのものだった。本当なら仕事の準備をしなければいけない時間だが、そんなことはどうでもよかった。
 手紙の内容は他愛のないものだ。
 絵日記のようなものもあれば、ちょっとした日常の報告もある。さらにオリジナルの絵本のようなものまで混ざっており、なかなかバラエティに富んでいた。それらは一様に幼い子供の筆跡で書かれていて、『手紙』の差出人がすべて同一人物であることを示していた。
 私はそのつたない手紙を夢中になって読んだ。何度も読んだ。思えば、熱にうかされているとも、夢を見ているとも言えそうな『普通ではない』状態だったが、それでも決して嫌な気持ちはしなかった。なぜなら、私はこんな高揚感を久しく味わっていなかったから。楽しくて仕方なかったのだ。

 翌日、朝一番で『手紙の実』を採りに行った。三つあった。私は手紙を楽しみに仕事に打ち込んだ。
 また翌日、今日は四つ。犬の散歩に行った話が書かれていたから、私も昔の愛犬を思い出しつつ散歩に出た。行った先で子猫を拾った。とうとう花の芽が出てうれしい。
 またまた翌日、今日は二つ。内容は変わり映えなく、ほっとする。子猫を病院に連れていく。彼の健康に大きな問題はないという。胸をなでおろしつつ今日も仕事が捗る。
 それ以降、『手紙』は毎日二つから四つずつ届いた。内容は決して特別なものではないけれど、どれも懐かしくてまぶしかった。相変わらず奇妙なことは多かったが、私はこの贈り物を楽しみにしている自分を心底いとおしく思った。
「なんだ、別に毎日つまらなくなんかないじゃないか」
 私は少し幹を太くしたどんぐりの木に向かって、思ったことをそのまま口に出してみた。

 そんなことがあった翌日、見つかった『手紙の実』は珍しくひとつだけだった。私は少し高い位置にあるそれを背伸びして収穫すると、眠っている猫を起こさないよう、静かに部屋に戻った。今日の実入りは少ないが、封筒はいつもより少し分厚かった。私はそれをいつものように丁寧に開封し、中の手紙を取り出した。
 手紙には、こうあった。

『あなたへ。これはぼくのきもちです。あなたのわすれものを、どんぐりにとどけてもらいました。ぼくはどんぐりがすきだから、あなたにもきっとよろこんでもらえたとおもいます。さいきんよいことはありましたか? にんじんをたべていますか? いぬはまだげんきですか? げんきじゃなかったら、すこしかなしいです。わすれものはとてもおおきくて、とどくかしんぱいでした。でも、きっとだいじょうぶとしんじています。それでは、おげんきで』

 大きな文字で書き綴られたそれを読み終えた私は、言い表せない不安に駆られて庭を見た。するとそこにはどんぐりの木はなく、ただ花の若芽を抱えた花壇があるだけだった。続けてパソコンの中を探ったが、あの不思議な電子メールも電子どんぐりも、もうどこにも見当たらなかった。手紙の束も消えていた。
 私は半ば呆然としつつ、どんぐりの木があったところまで戻る。出しっぱなしのシャベルで地面を掘り起こしたが、何もなかった。ああ、なんだか狐にでもつままれたようじゃないか。
 おぼつかない足取りで部屋に戻った私のデスクには、置いた覚えがないきれいなどんぐりが転がっていた。あの木から落ちたのだろうか。もはや本当のことを知る由もないが、私はこれを昔と同様、宝物にしようと思った。

サークル情報

サークル名:PlasticWild
執筆者名:黒川杞閖
URL(Twitter):@blackriver7

一言アピール
こんにちは、くろかわきゆりです。コメディまたは少し不思議な小説を書いています。
今回は新刊に合わせて、少し不思議路線の短編を書き下ろしました。
気に入っていただければ幸いです。

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