パンドラ

 机の中に手紙が入ってたらその人は呪われちゃうんだって、死んだ須藤恵那すどうえなの呪いなんだって、クラスのみんなはそう噂した。
 封のされてない封筒の中に、ちぎったノートが一枚だけ入ってる。だけどそこには何も書かれていない。そんな手紙だ。
 おとついは山田の机に入ってて、山田は三限目の体育で捻挫ねんざした。昨日は村田の机に入ってて、村田はお昼すぎに熱が出て早退した。
 ――やっぱり、須藤の呪いなんだ。
 みんなビビりまくってる。クラスLINEもその話で持ちきりだ。

 須藤恵那は先月自殺した。
 須藤は分かりやすくいじめられていた。うちのクラスに、それを知らないやつなんていなかった。見て見ぬフリをした人間も含めて、みんながみんな共犯だった。
 学校はパニックになった。だけど一月が経つ頃には「いつも通りです」って空気になった。不気味な手紙が現れ始めたこと以外は。

 手紙のことは、誰も先生には伝えていない。せっかく「いじめは確認できませんでした」ということになったのに、呪いとは? だとか突っこまれると都合が悪い。――だけど、いろいろと揉み消した手前、先生がつっこんでくることも無いだろう。
 結局、須藤以外は全員共犯ということだ。あーあ、死んじゃったのにカワイソウだよね。

 私? 私はさ、バカみたいって思ってる。
 あんな手紙、悪ノリした誰かのイタズラに決まってる。「呪い」だとか小学生かよって感じだ。それに、もし仮に呪いだとして、捻挫や熱がせいぜいならばショボすぎる。須藤、死んでもショボいじゃん。そんなだからイジられるんだぞ。
 まあ……いわゆる主犯格は誰かって話になったら、それは私なんだろうけど。
 だけど、もう「いじめはなかった」って結論になったのだ。だからいじめなんか無かった。そういうことだ。

 その日、私はいつもより遅くに学校を出た。英語の先生につかまって、課題の再提出だとかで居残りになったのだ。
 ツイてなかった。須藤の呪いかもしれない。
 今朝、私の机の中に例の手紙が入っていた。すぐ捨てたから見てないけど。

 日の暮れた道を、足早に歩いていく。
 ちょうど高架下の暗がりにさしかかったとき、背後で誰かの声がした。
「ねえ……」
 だけど振り向かない。ていうか声が小さくて、よく聞き取れなかったし。
「ねえ。見て。わたしを見て」
 今度は比較的ちゃんと聞こえた。誰の声かは見当がつくくらいには。
 振り返ったそこには、頭から血を流し手足をヤバい方向にねじった須藤恵那の姿があった。

「……で?」

 私は一応答えてあげる。
 けれど須藤は何も言わない。そっちから話しかけてきてそれか?

「おまえ、だからダメなんだよ」

 私は思ったままを口にする。

「ずっといじめられっぱなしで、ロクな証拠も残せずに死んでさ、そんなグロい幽霊になっても何も言えないんだ」

 須藤は何も言わない。ホラー映画みたいに豹変して襲い掛かってくるかとも思ったけれど、変な姿勢でじっと立ち尽くしているだけだ。もうシンプルにうざい。

「消えろよ」

 私は歩き出した。そこのコンビニで、なにか温かいものでも買って帰ろう。

 ――そこまで一息に書きあげ、わたしはペンを投げ出した。
 ノートは涙やら鼻水やらで凸凹でこぼこに歪み、びっしりと並んだ文字は血を流したかのように滲んでいる。
「あはは、はは、ははははは……!」
 わたしは泣きながら笑った。
 わたしは――須藤恵那は、自分勝手な空想の世界でさえ、一矢も報いることができなかった。だけど、きっとこれが真理なんだ。
 もしわたしが死んだとしても、地球は回り、美しい朝が来て、悪い奴は反省なんかしない。
 のうのうと美味しいものを食べて恋愛をして就職をして、幸福に長生きするのだろう。
「バカみたい……本当に」
 わたしはくすくす笑いながら、袖口で涙を拭った。自分を徹底的に貶めたわりには、不思議と悪い気分ではなかった。むしろ高揚感に胸が高鳴っていた。

 ――自分に、物語こんなものが書けるだなんて思わなかった。

 ペンを取ったのはただの衝動からだった。手元にカッターが無かったから――そういえば昨日わざと隠したのだ――かわりにボールペンを取って、自分を傷つけるための物語をひたすら吐き出した。
 なんともいえない解放感があった。
 その内容が自傷じみた妄想であっても、思考をひたすら言葉に置換し書き付けていく行為には、まるで飛び石を夢中で渡っていくような快感があった。
 文字を書いている限り、どこまでもどこまでも渡っていけるような気がした。

 ――そうだ、わたしは今、たしかに楽しかったのだ。

 震える指で、自分の綴った絶望的な物語を撫でてみる。
 それから、そのページを乱暴に破り取る。ぎゅっと折り畳んでセロハンテープで封をする。今この瞬間の、この感情がこぼれ落ちてしまわないように。

 ――まだ、死ぬな。まだ、生きていろ。

 わたしは自分に呪いをかける。自分をとりまく悪意も、あるいは自分自身の弱さもみじめさも、味わう意味はあるのかもしれない。やがて、ひとつなぎの物語につくりかえるために。
 それがどんなにいびつで不格好であろうとも、わたしはきっとそれを書くだろう。

サークル情報

サークル名:Harcot
執筆者名:杏仁どん
URL(Twitter):@anything_greens

一言アピール
ご覧くださりありがとうございました。
2作目の寄稿になります。1作目の「魔法少女(成人男性)~」はライトなドタバタ劇だったので、今回は人物の心情に寄った作品を、と思いました。
創作活動をする人、みんな幸せに生きてくださいね。おいしいものを食べて幸せに長生きしてね……と日々思っています。

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