ドンキー・ポストマン

 世間がどう思っているかは知らないが、私立探偵なんて商売は、決して華やかなものじゃ無い。
 ありきたりで、つまらなくて、そして胸くそが悪くなるような話ばかりだ。

「こんにちは」
 春の陽だまりのような笑顔で事務所に入ってきたのは、大家のメイ=シャオレンさんだった。彼女の顔を見るたびに、家賃の支払いを確認してしまうのは、避けたいが仕方の無いことだ。
「ご安心を。今日はお仕事の話ですから」
 口に出した覚えは無いのに、どうしてピンポイントで返答できるのかな、この人は。
 とりあえず、仕事となれば話は別だ。
 俺は、アンドロイドのマリア=アークライトに、メイさんの椅子を持ってこさせた。
 椅子に腰を下ろした彼女が俺に差し出したのは、何の変哲も無い封筒だった。消印は押されていたが、封は開いていない。
 彼女に拠れば、遠い知り合いから回って来たもので、この市街で働く父親に宛てて国の息子から出されたが、宛先人不明で帰ってきたものらしい。
 数年前、勤め先から失踪したとの報せがあり、以来、音信と仕送りが途絶。捜そうにも、身体の弱い母親と若輩の息子では叶わず、手紙を出す事しか出来なかった。
 そして、遂に母親が病床に伏せってしまった、と。
 そう珍しくはない話だ。
「つまり、そのいなくなった父親を捜し出して手紙を渡す、いや出来る事ならば、首に縄をくくりつけてでも、女房と子供の所に向かわせてやる。……そんなところですか?」
「お引き受けいただけますか?」
 俺はすぐに答えず、しばらく煙草を吸った。
 よくある話で、つまらない話で、女房子供を放り出した男にむかつく話で、俺の商売の話だった。
「トラブル・イズ・マイビジネス。やってみましょう」
「ありがとうございます。では、こちらを」
 言いながら、メイさんはやや厚みのある封筒を差し出してくる。
 中身、報酬の前金の額を確認してから、俺は過剰と思えた分をメイさんに返そうとしたが、彼女はそれを頑として受け取らなかった。
「適切と、私が思う金額を入れてあります。もし、クロウズさんが余分に感じたのであれば、その分は貯金をなさっていてください。家賃の支払いが滞ることの無いように」
 うへ。藪をつついたら蛇が顔を出しやがった。たとえ、陽だまりのような笑みを浮かべていようと、蛇は蛇だ。

 依頼を受けた俺がまず確認したのは、父親の勤め先だった。
 不意に姿を消されたのは、向こうも同じだったらしい。
 ある日、突然出勤してこなくなった。連絡も取れない。家を訪ねても留守。家族にも連絡を送ったが、それ以上はしていないとの事だった。
 些か薄情には感じたが、よくある話なのだとも聞かされた。
 ま、そうなのだろうよ。
 俺は次に、父親が住んでいたと言う安アパートに向かった。
 とは言え、失踪したのは数年前。とうに部屋は片付けられていた。家財道具も、余程高価だったり、替えが効かない物で無い限り、処分されるのだと、管理会社から聞かされた。
 連中曰く、よくある話なので、そう言う契約になっているのだそうだ。
 なるほどね。
 身寄りがあるのならば、引き取って欲しいと見せられた私物の中に、開封された手紙と家族の写真を認めて、俺の口角が僅かに下がった。
 今しばらくの保管を頼んで、俺は安アパートを後にした。
 さて、どうしたもんだか。
 俺は煙草を吹かした。
 印象からでしか無いが、自発的な失踪だとは考え難かった。
 確認したが、奴さんの口座に不審な動きは無い。入金は、在籍していた分の給与が最後だし、出金は家族によるものと、定期的な支払いの物のみだった。
 だとすると犯罪に巻き込まれたって事になるが、その線も薄く感じられた。何と言うか、巻き込むメリットが少ない。
 後は、事故だが……。
 推定される父親の通勤ルートを辿りながら、何らかの取っ掛かりを探る。
 途中、川を渡った。
 何の変哲も無いコンクリート製の欄干の向こうに、薄汚れた都会の川が流れている。
 海が近いからか、水量もそこそこだ。
「……陳腐だな」
 浮かんだ考えに、俺はそう呟く事を止められなかった。
 まあ、よくある話って事は、その確率も高いって事だからな。
 誰に対してなのか解らない言い訳を思い浮かべながら、俺の足は所轄の警察署へと向けられた。
 これは世間一般が誤解しがちな事ではあるのだが、警察って組織の人間は決して無能の集まりじゃ無い。
 かと言って、B級映画のようなスーパーマン揃いって訳でも無い。
 じゃあ何かと言ったら、そこいらの企業の勤め人と同じ、ごくごく普通の人間って事だ。
 だからこそ、こなせる事にも普通の人間としての限度がある。
 毎日毎日、うんざりする程出る人死にに、一々徹底した捜査が出来なくたって、それは無理も無い話と言う事だ。
 何せ、悪党は放って置いても増えるけれど、警官を増やすには手間と税金が必要だからな。
 ま、もっとも、お上がそうやって取りこぼしてくれるからこそ、俺みたいな人間は飯にありつける理屈だから、歓迎こそすれ批判する気にもなれないけどな。
 顔馴染みの係官に話を通して、俺は資料に目を通していた。
 断って置くが、賄賂なんざ渡しちゃいない。受け取る相手じゃ無いし、こっちも贈れる程、懐に余裕も無い。ただ、腹の古傷をつつく事は出来たってところだ。
 何度も使える手じゃ無いけどな。
 そして、案の定と言うか、俺は目当てのファイルに行き当たった。
 身元不明の水死体。いや、正確には、たった今、身元は判明した。
 何かの弾みで、足でも滑らせて川へドボン。その時に、身分証明になる物は、川底へ落としたって塩梅だろうな。
 よくある話だ。
 そして俺は、今回の件のゴールにいた。
 整理番号が記されたプレートが貼られているだけの、まるでロッカーのような共同墓地の一角に。
「何やってんだよ、あんたは……」
 懐から、件の手紙を取り出すと、プレートとそれとを見比べる。
 こんな商売をやっていると、そこそこの頻度ぐらいには、よくある話だ。
 よくある話。
 口中でそう呟いてから、俺は思う。
 それで済むのなら、俺みたいな人間は要らねえよな……。
 何がおかしいのか、プレートに写る男の、煙草をくわえた口の端が歪んでいた。

 数日後、色々と面倒くさい事務的な処理を終えた俺は、中央駅にいた。
 宛先に届けられなかった手紙を、差出人の元へと戻すために。
 まあ、その宛先も一緒にだけどな。
「ごめんなさいね、クロウズさん。たいへんなご面倒をお願いして」
 申し訳なさそうなメイさんに、俺は少しおどけて返す。
「何、これも仕事の内ですよ」
 楽しいわけじゃ無いけどな。
 何せ、肉親を失った人間が感情をぶつける事は、誰にも止めれない。
 メイさんは、真新しい封筒を差し出した。
「こちらをお願いできますか。差し出がましい真似とは思いますが、ご家族の助けになる筈ですので」
「確かに」
 俺はその封筒を懐へと仕舞った。今度は、きちんと届けなければな。
 内容については、詮索するべきじゃ無い。と言うより、俺個人としては、マリアに何を耳打ちしているのかの方が、余程詮索したい案件だった。

 手紙の届け先で何があったのか、それを騙るのは勘弁してもらいたい。
 察してはいたし、覚悟もしていたけれど、それでも辛い事には代わりは無いのだから。
 サンドバッグにされた事じゃ無い。その、ぶつけられる感情が辛く、苦かった。
 だがそれは、きちんと仕事を果たせなかった代償だ。安い物じゃないか。
 メイさんからの封筒を受け取ってもらえたのだけが、せめてもの幸いだった。
 結果は最良では無かったけれど、最悪にもならなかった。
 それで、よしとしなければならないのだろう。
 よくある話だけどさ。
 ところで、メイさんがマリアに何を耳打ちしていたのかは、帰路に判明した。
 何のつもりか、このポンコツと来たら、無表情な視線を俺に向けながら、自分の膝の辺りをぽんぽんと叩いて見せた。
 ったく、この二人は俺に何をさせたいのか。
 いや……、知りたくもねえな。
 俺は、何かを誤魔化すように席を立った。

サークル情報

サークル名:POINT-ZERO
執筆者名:青銭兵六
URL(Twitter):@Hyourock

一言アピール
ハードボイルドモノを中心に色々と書いております。今回は、当サークル看板シリーズの番外編的な話を書いてみました。作風などを感じ取っていただければ幸いです。

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