恋をしています

猫屋奇譚 「恋をしています」      
喫茶店猫屋店主であり陰陽師である橘。
物の怪に時には亡者からの依頼を引き受ける。
日常の中の非日常空間の奇譚
 登場人物
橘 陰陽師、喫茶店猫屋店主 
 晴 鬼、猫屋従業員
 翔太 依頼人 
            
猫屋。
クリスマスを数日後に控えた寒く凍えるような夜であった。昼を過ぎた頃まではそれでも何とか陽が出ていたが、今はもう見る影もない。
私はきっちりとコートを上までボタンをかけ、首にはマフラーを巻きつけて依頼主である青年と無理やりお願いして一緒に連れて来た晴とともに都内にある斎場に来ていた。
青年が私の店である喫茶店猫屋を尋ねて来たのは昼前のこと。そのほんの数時間前に病院で息を引き取った彼はその足で猫屋に飛び込んで来た。

「前にテレビで陰陽師がどうのこうのって見たんだ。その時に吉祥寺にある猫屋が紹介された。本当は陰陽師組合に申し込むんでしょ。でもそんな時間は無かったからさ」

テレビで紹介されたのは大げさだろう。組合は確かにテレビの番組で紹介された。猫屋はほんの数秒ほど画面の隅に映っただけだ。

「悩み事だ。これが解決しない事には僕はあの世には逝けない」

青年は非常に心残りがあり、亡くなる前にはその心残りである悩みで頭が一杯であったらしい。

「どうしても回収したい」猫屋に飛び込んだ彼は何度も繰り返した。
「何を回収したいのでしょうか」
「手紙だよ。友人に送ったんだ」
「ですが、ご友人はもう読まれたのではありませんか。その、ご遺族になにがしかの迷惑がかかる内容でしたら、私ではお役にたてるかどうか」

遺産がどうとか法律に関した何かがどうとかであったら、もう私としてはどうしようもない。そういった書類を本人が回収したいからと云っても取り返せない。

「普通の手紙だ。それにまだ本人の手には渡っていない。僕の告別式が終わってからだ。
字が違っていたかもしれないんだ。誤字ってやつだよ。それに気が付いた時には僕はもう動けなかった。何度も身体を動かして手紙を確認しようとしたけど無理だったんだ。最後までそれが気がかりだった」

字を間違えたと、死んでまで恥をかきたくないと病院の安置所から斎場に移される夜まで待ち、彼に押されて凍える夜空の下を出て来たのだが。

「ええと、お通夜は明日のようですね。先に貴方だけが安置されている。お手紙もご一緒なのですか」
「そうだ。病室に置いておいたからさ、身の回りの品と一緒に安置された。猫屋に行く前に病院の安置所で手紙を開けようとしたけど僕の身体ではもう無理なようだ」

彼も無理だが私にも無理だと感じている。病院の安置所は真っ先にお断りをした。いくらなんでも入れはしない。
だが斎場も入れたとしても、それは今ではなく明日のお通夜の時間だろう。その時でも彼の本体と一緒に安置されている手紙を引き抜きでもしたら、それこそ私は摘まみだされるか、最悪の場合は警察を呼ばれる。

「これは作戦を練らなければなりません」
「どうするの」
「晴君、お願い出来ますか」

ここまでむっつりとした顔で黙っていた晴が、さらに顔を歪ませた。

「出来ますかって、初めからそのつもりだったんでしょ」
「私では斎場には入れません。晴君ならば彼を連れて行けます。今月の給料も考えますから」
晴に頼み込む。給料と聞いて僅かに表情が緩んだ。
「まぁ、いいけど。あっ、ちょっと待って」
「晴君、何ですか」

斎場から数人が出て来た。私の横に立っていた彼が口を開く。

「お母さんだ。それと秋生だ」
「誰ですって」

目は見開かれ、ここまで亡くなった時の服装だったのだろう病院服からTシャツとジーンズに変わった。

「お母さんと田中秋生だ。僕が手紙を書いた相手だよ。何を話しているんだろう。あっ、」

あっ、と小さく叫び母親の後ろに付く。晴がすぐさま反応してくれ、彼の横に付いてくれた。

「田中さん、呼び出してしまって申し訳ありませんでした」
「いえ、そんな。呼んでもらって嬉しいです。翔太が俺に手紙を残してくれていたなんて。こんなに嬉しいことはないです。本当に頂いてしまって良いのでしょうか」
「貰ってやってください。その方があの子も喜ぶでしょう」

私は電柱の後ろに隠れ、そっと見ていた。喜ぶでしょうと手紙を田中秋生さんに渡すお母さま。その息子である翔太は鬼の形相で母親を睨んでいる。彼の名前も僕としか教えてくれなかったのが、ここでやっと翔太だと分かった。
その後も数分に渡り、お悔やみの言葉にお通夜と告別式にも参列したい旨を話している。
お母様はまた斎場に入り、秋生さんは手紙をバッグに仕舞い歩き出してしまった。

「橘さん、翔太と一緒に秋生の家に行く。どうしても取り返すって聞かないんだ」
「お願い出来ますか」

ここから先は私は付いてはいけない。秋生さんは近くに停めていた車に乗り込み、翔太さんと晴はその後部座席に乗り込んだ。
猫屋で晴の帰りを待つ。晴一人で戻って来たのは深夜二時を回ってからだった。

秋生さんは家に戻り、まずは夕食を食べて風呂に入った。
翔太さんからの問題の手紙を手にしたのは既に0時を回ってから。その間、翔太さんは秋生さんの部屋に居座り、晴はうんざりしていたようだ。

「それでね、やっと翔太からの手紙を手に取ったんだ。その前に三十分近く泣いたかな。初めは翔太も一緒に泣いたけど、あいつは泣き止むのに五分もかからなかった。あとは早く手紙を開けとイライラしていたよ。
もうどうしようもなかったんだ。手紙は秋生が肌身離さずに持っていた。夕飯の間はもちろん、風呂は一0分もしないうちに出て来たけどパジャマと一緒に包んでいた。取り返しようがないじゃん。
それで、字は間違えていた。翔太も馬鹿な奴だよ。決め言葉を間違えたんだ。そりゃ恥ずかしいだろうよ」
「それで、どうしたのですか」
「それだけど秋生が訂正したんだ」

秋生さんは手紙を開き、真っ先に間違いに気が付いた。そもそも手紙は数行のみだったようで、泣きながら訂正をした。そしてこう云ったそうだ。

「決めた。やっぱりそうしよう。それに手紙の返事も書かなくちゃだな」

返事は晴はもちろん、翔太さんも見なかったそうだ。ただもう一つの秋生さんが決めた件については翔太さんは喜んで待ち受けることとした。

「それでね、翔太は斎場で待つと云うし、戻って来たんだ」
「明日のお通夜と告別式にも行くようですかね」
「いいや、必要ないよ。全部終わったら猫屋に寄るって云ってた」

告別式もすべて終えた翔太さんが最後にと猫屋に寄って下さった。服装はまた変わっており、量販店のパーカーを着ていた。

「ああ、これね。翔太からの誕生日とクリスマスプレゼントだよ。あいつの誕生日が四月だったんだけど、プレゼントをあげたんだ。もう僕は病院に入院していたかな、でも通販で頼んで直接渡したんだ。
その時にお返しにって僕の誕生日が一二月だったもんだから誕プレとクリスマスと合わせてあげるねって云っていたんだ。
それもお通夜の時に箱に赤いリボンまでかけて持ってきた。そうしてから棺に一緒に入れて欲しいって。もちろん、その前に着たさ。焼かれちまったらしょうがないだろ」
「それで手紙の件はどうなりましたか」
「そっちも大丈夫だった」

翔太さんが晴をこっそり見る。その晴は笑いを押し殺していた。

「秋生は漢字に強いんだ。僕の間違いにすぐに気が付いて直して読んでくれた。まぁ、これで一件落着だ」

最後にテレビで依頼料金がかかると見たからと、自身の葬式のお香典返しを私に差し出した。

「大層な品じゃないけど。今の僕はお金は持ってなくて、こんなのでもいいかな」
「ありがとうございます」受け取った。
翔太さんは「ありがとう」カウンターの前で消えて行き、私と晴が残った。

「それで間違えていた字は本当に平気だったのでしょうか」
「まあね」
晴は思い出し笑い出す。
「秋生も初めは笑ったんだ。でもすぐに泣き出した。変じゃなくて恋だろうって。恋していますだろうって。俺もお前に恋をしています。この先も多分恋をしているだろうって。いつの日かまた会える日が来たら、その時に返事を書きたいって云っていた」
「そうでしたか」
「でも翔太はその場で返事を聞いたってことかな。どっちにしても喜んでいたから」

翔太さんが渡してくれた香典返しを開ける。これも多分だが勝手に持ってきてしまったのだろう。もしかしたら一つ足りないと騒ぎになっているかもしれない。

「美味しそうですね」

紅茶とクッキーのセットが出て来た。

「さっそくいただきましょうか。それとですが、晴君にクリスマスプレゼントです」

晴が驚いた顔をしている。私はというと、照れ隠しも重ねて薬缶に水を入れ火にかける。
今日もとても寒い一日だが、猫屋の店内はほんわりと暖かい。
ぎぃ、猫屋のドアが開いた。

「あの、猫屋で間違いありませんか。陰陽師組合の紹介で来たのですが」

 紅茶をカウンターの後ろに置く。晴が珈琲をセットし始めてくれた。

「悩み事があるんです。最近になっておかしな話があって」
「お待ちしておりました。カウンター席にどうぞ」

サークル情報

サークル名:山吹屋
執筆者名:大河内一樹
URL:https://www.pixiv.net/users/13337633

一言アピール
猫屋奇譚からアンソロ参加をしました。陰陽師であり喫茶店猫屋を営む橘。猫屋には物の怪に亡者からの依頼に悩み事が持ち込まれます。他に不思議の国のアリスをモチーフにしたハート国も出しています。

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