手紙のおはなし

 ここは奈落、異界の端境はしさかい、極楽浄土のてんてこまい。舌を抜いたら煉獄ごろごろ、ごまみそずい。魑魅魍魎の巣食う場所、悪逆非道の酒池肉林。三千世界をまとめたとっても愉快でハッピーデストロイ。ちまたでポップなティーンに大評判。好評につきロングラン! 皆大好き人生劇場でございます! 嗚呼、皆というものに、あなたが含まれないこともございます。仲間はずれは良くない。いじめはダメ絶対!
 ハイハイ、ようこそ! ようこそ! ようこそ! 本日は人生劇場特別公演にご来場いただきまして、まぁこぉとぉにぃ、カムサハムニダ! だんけしぇん! しぇいしぇ! ありがとうございます!
 おどけてせるが道化の生き様。白黒モノクロパンダに色をぬりぬり、アラアラ、ただのクマになってしまいましたねぇ! あはあは!
 申し遅れました。わたくし、皆々様のご案内役。あの世とこの世の橋渡し役。および代表取締役。三途の川の水先案内人。なぁんてことはない、語り部の夕焼けの精霊でございます。その名も、こやけ。こやけと申します。以後お見知りおきを。
 忘れてもかまいませんが、頭の片隅にでもズズイッと残していただきますと、私は嬉しいのですよ。誰かの心に残るように、あなたの心を蝕む悪の所業。咲いた赤い花をパッと散らしてさしあげましょう。花は散るからこそ美しいのでございます。それはそうと、この劇場が初めましての方もいらっしゃることです。今一度説明をしておきましょう。
 ここは『人生劇場』。様々な人生の物語をお楽しみいただける素敵な劇場にございます。いつでもハッピー。ラッキーにアンラッキー、メニーピープルのパノラマビューでデンジャラスなチューンでございます。
 好きなあの子の晴れ舞台から、嫌いなあの子の葬儀まで。色んな物語をぎゅぎゅっと。この劇場に集められているものは、今この瞬間も死んでいく人々の物語、既に生を終えた人々の物語、生きることを諦めた人々の物語、死ぬことを決意した人々の物語、と多種多様。死んだ未来を積み重ねて、人々は生きております。未来などいつまで待っても来ないのです。いつまでも点Pには追いつけないままなのです。道のり、速さ、時間などを計算したところで無駄なのでございますよ。私共は、この瞬間も時間を浪費しております。消費し続けているのです。消耗品にございます。
 そうそう、言い忘れておりました。観劇のお代は『時間』でございます。あなたの時間をほんの少しお借りして、私は誰かの人生の物語を物語るのでございます。もちろん、お客様が「どうしても」と仰るのならば、金品を受け取るのでございますよ。私は抹茶プリンを貰えるほうが嬉しいのですが、生ものを持って来るとしたら、大変でございますし、私が出演している間に誰かが食べてしまっては大変でございます! ですが、受け取ってやらないこともないので、劇場ロビーのプレゼントボックスに入れても良いのですよ! 入れておくと良いのです! しかし! 今、入れに行くのはやめてくださいませ。
 更に言い忘れておりましたが、本公演中の携帯電話およびスマートフォンのご使用は、ご遠慮ください。電源を切っていただくか、マナーモードにしてくださいませ。当然ではございますが、録音や録画も禁止でございます。違反者は発見次第、首と胴体がお別れすることになりますので、あらかじめご承知くださいな。ウフフ。残酷な芸術を理解できない凡俗に、私は興味ありません。疾くご退席を! どうか!
 では、注意事項もきっちり述べられたところで、そろそろ本日のおはなしを始めましょう。死んだ未来を積み上げ、生きた過去を選びましょう。サア、物語を物語りましょう!
 皆々様は、『手紙』と聞いて、どういうイメージが浮かぶでしょうか? 大好きなあの人への愛の告白。それとも嫌いなことを伝えるもの? はたまた死んでいく身だからこそ遺すもの? そう、想いを伝えるものでございますね。仕事のホウレンソウだって同じなのです。茹でて胡麻和えにしても良いですし、おひたしでもおいしいのです。ビタミンAは脂溶性ですから、バター炒めにすると効率よく吸収できるのでございますよ。……じゅるじゅる、おっとヨダレが。話がすり替わっておりましたね。報告、連絡、相談にも用いる。それも手紙でございます。誰かから誰かに宛てて、想いを伝えるもの。だったり、そうでなかったり、まあ、何かしらの意図があって、手紙というものは書かれるものでございます。
 これは、手紙のおはなしでございます。
 あるところに、産業スパイの男がおりました。A社から依頼されて、ライバルのB社に潜入し、ありとあらゆるデータを盗んでA社に伝えるお仕事でございます。
 その男、とても優秀でございました。B社に営業職として中途採用され、みるみるうちに実力を認められて、上司から重要な案件を任せられるほどに、信用されていたのです。だから、重要な案件はすぐにA社へと横流しにされていたのです。B社が新規事業を開始する、その一日前にA社が同じ事業を開始するのです。なんともまあ、B社からすれば不思議な話でございました。まさか自社にスパイが紛れこんでいるなんて思ってもみないのでございます。だから、いつも「先をこされた!」と諦めているようでございました。
 そんなことを繰り返しておりました、ある日の昼下がり。男は上司から呼び出されたのです。
 ――ついにバレたか?
 男は灰色の脳みそでそう考えながら、会議室のドアを三度ノックし、返事を聞いてから開きます。中にいたのは、いつもの上司。その隣に社長でございました。男は「やはりそうか」と逃げ出す手段を脳内で模索しております。B社は裏側で反社会組織的なアレと繋がっていると噂になっていたのです。実際に繋がっているのでございます。男は確認をしているので、繋がりも知っているのです。酒の席でも同席したくらいでございました。だから、逃げなければ、殺される。そう考えていたのでしょう。
 上司は言います。
「きみはよくやってくれている。信頼できる社員だ」
 続けて社長が言うのです。
「この手紙をある場所へ持っていって欲しい。とても大事な書類なんだ」
 社長は茶色い封筒を差し出すのです。男はこれを受け取りました。ある場所というのもきっちりと確認いたしました。ここから歩いて十二分ぐらいのところにある建物でございました。路地裏を通ればもっと早く着くかもしれません。それぐらい近くて遠い場所でございました。
「絶対に中を見ないように」
「重要な手紙なんだ」
 上司と社長は真面目な顔をして言うのです。目玉がひん剥けそうなほどにじっとり見つめてくるのです。ねっとりした視線が封筒を這っていきます。
 ――ああ、これはよっぽど重要な案件にちがいない。
 男は確信するのでございました。こうして、男は封筒を後生大事に抱えて道を往くのでございます。営業用のカバンに入れなかったのは、上司に「それはそのまま手で持っていってくれ」と言われたからでございました。なんともまあ、奇妙なものでございます。封筒の口は、重要な手紙だとか言うわりに、のり付けされていないのです。すぐに開いて中を見ることができるのでございます。今すぐにでも中を見ることができてしまうのです。
 しかし、男は見ないことにしたのです。
 ――これは試されているはずだ。誰かが自分を尾行して、様子をうかがっているにちがいない。中を見ずに目的地まで届けたほうが良いだろう。信頼を勝ち取っていれば、チャンスはいつでもめぐってくるはずだ。
 そう考えた男は、指定された建物へ、封筒の中を確認せずに辿り着いたのでございます。錆びた鉄の扉の横には呼び鈴がついておりました。男は早速ボタンをプッシュするのでございます。呼び鈴を押すのです。ピンポーン! 小気味の良いチャイムでございます。なんだかクイズ番組の正解音のようにも聞こえるような気もしなくはないのでございました。
 少しして、白い防護服のようなものを着た男が出てきました。
「ああ、B社の人かな?」
「はい。こちらをお届けに」
「おお。……中は読んだかい?」
「いいえ」
「そうか。それはまあ、真面目な人だな。お気の毒とでも言っておこうか。でも、あんた良い感じになれそうだ」
 そう言うと、防護服の男は、男の腕を掴んで建物へと引き入れるのです。ギィイイイイ……鉄の扉が悲鳴をあげながら閉まります。防護服の男は封筒から手紙を取り出すと、男に見せつけるように開いてくれました。
『本日の食材はこちらになります。加工よろしくお願いします。』
 以上でこのおはなしは終了となります。終演にございます。本日の演目はエンドでございますよ! え? 男がどうなったかですって? 嗚呼、それは皆々様の想像力にお任せいたしましょう。実はスパイだってバレていたのかもしれませんし、バレていなくても、男は良い感じになれるカラダの持ち主だったのかもしれませんね。あはあは! まあ、実によくあるおはなし、どこかで聞いたことがあるやもしれません。だって、誰かの人生の物語でございますからね!
 では、このあたりでお別れといたしましょう。
 ここまでのお相手は、ベリベリキュートでプリチーな夕焼けの精霊、こやけでございました!
 さようなら! さようなら! さようなら!

サークル情報

サークル名:夕焼けの里観光協会
執筆者名:末千屋コイメ
URL(Twitter):@Yuyakenosato

一言アピール
日常に潜む狂気をテーマに文章を紡いでおります。
怪奇的な意味の強い幻想小説から甘酸っぱい恋のおはなしまであります。
今回は当サークルの看板『人生劇場』シリーズの特別公演として投稿いたしました。作風を感じて頂ければさいわいです。

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