四年の月日を経て

 学校が終わり、帰りがけに食材を軽く買い込んだ杏夏は鞄の他に野菜が入った白いビニール袋をぶら下げて自宅マンションへと戻って来た。
 エントランスをくぐると、壁沿いにはずらりとポストが並んでいる。集合住宅だからこその光景だが、ポストには鍵が掛かっているために部外者が勝手に開けることは出来ない。
 もっとも、杏夏に宛てて手紙が届くことも皆無だ。故郷に住む父親が手紙なんて古典的な手段で手紙を送るはずも無く、義理の母親はそれ以上に用事が無いだろう。
 杏夏は定期的にポストの確認は行わない。覗いたところでダイレクトメールしか投函されておらず、それらを処分するために開けるだけだ。
 思えば最近はポストを開けていない。少なくとも今週は一度も――杏夏は何気なくポストに近づくと、静かに荷物を足元に置いている。
 ポストに付けられたダイアルロック式の南京錠を外し、ポストの蓋を開ける――案の定、ダイレクトメールが何枚も入っている様が伺えた。
 一枚、二枚、三枚。薄手のカラー広告を取り出していった杏夏は、やがてポストの中に一通の封筒が投函されていることに気付いた。
「……?」
 白色のシンプルな封筒の宛名面には、杏夏が住むマンションの住所。
 そしてその裏面には、差出人の名前――西嶋大然と書いてあることに、杏夏はこれでもかと目を丸くしていた。
 彼が既に杏夏に知られている自宅のマンションの住所が書いてあり、封筒の宛名面に押された消印を見る限りでは三日前の日付だ。
 つまりは昨日今日届いた手紙だったが、杏夏は彼が突然手紙を書いてきたことが驚きで、思わずその場に屈んでいた。
 丁度周りには誰もいないこともあり、杏夏は鞄の中からペンケースを取り出すと、更にその中から小型のハサミを取り出す。部屋に戻ることも惜しいと思った杏夏は、今この場で開封して手紙を読むことにした。

 南さんへ

 まず最初に、また住所の悪用をしてしまいました。ごめんなさい。手渡しでも良かったけど、せっかくなので手紙にすることにしました。
 僕から君に手紙を送るのは、これで二通目です。最初は僕が一軍に上がったばかりの頃で、君を東陽スタジアムに招いたときだったかな。
 あのときの僕は、君は勿論僕自身も思い出作りという思いが強かった。
僕のような二軍でも目立たない、ファンから見ても知名度のない投手が運良く一軍に上がれただけで次がある保証なんて無かったから。
 そんな僕をずっと応援してくれた君にとっても良い思い出になればと思ったけど、結果的にあの日から僕は一軍に居続けている。
 僕自身の実力なんて大したものじゃない。相手チームが僕を分析しようにも材料が足りないだけで、そのうち僕は簡単に攻略されてしまうだろう。僕の武器は人よりちょっと速いストレート、それがこの時代に通用するはずないことは、僕自身が一番良く分かっていることです。

 前に南さんは僕が登板する試合を見て、僕が楽しそうに投げていると言ってくれたことがありました。新聞を見ても僕の写真が載るようになり、スポーツニュースにもちょっとは映るようになった。雑誌の取材も受けるようになって(多分、ルーキーの頃に林檎の話をして以来)、試合に出るたびにスタジアムで僕の名前を叫ぶファンも増えた気がする。
 でも、僕にとって一番の原動力は君が応援してくれるから。自分のことを全く語れなくて、野球雑誌で林檎の話を語っていたころの僕の姿を知っている君のことを少しでも喜ばせたくてマウンドに上がっていますが、君の目には僕の姿がどのように映っているでしょうか。

 南さん。
 野球しか出来ない、いや、野球も満足に出来ないダメ人間な僕のことを好きだと言ってくれてありがとう。僕が今もプロ野球選手でいられて、人間らしい生活を送れるのも君の存在があってこそです。
 今、チームはリーグ優勝出来るかどうかの大事な試合が続いています。本当は君を招いたあの試合で結論を出そうと思っていたけど、今はそれよりもチームのことを優先させてください。
 僕が投げることでチームに貢献できれば、きっと君も喜んでくれる。君が悲しむような返答は用意していません。でも、それは僕の口から直接言いたいので、もう少し、もう少しだけ、待っていてください。

 最後に。四年ぶりで君も覚えているか分からないけど、宝物(?)に当時のサインを書いて同封しておきました。僕のカードを本当に大切にしてくれるのは、世界中を探しても君しかいないと思っています。
 本当にありがとう、これからもよろしく。

「……西嶋さん、この手紙を朗読してくれないかなあ……」
 手紙の最後に西嶋の署名が添えられた便箋を封筒に戻しながら、杏夏は誰に言うでもなくぽつりと呟く。その際に封筒から便箋の他に一枚のカードが入っていることに気づき、杏夏は思わず目を丸くする。
(四年前……カード……)
「あ」
 この時、杏夏は思い出した。自分がまだ故郷に住んでいた頃、西嶋に宛てて手紙を書いたこと。きっとこれは当時に対する返信なのだろう。
「ああ……西嶋さん……好き……」
 杏夏はうわ言を呟き、ポストの蓋を閉めた後に足元に置いていた荷物を持ち上げる――この時、彼女の頬は赤く林檎のように染まっていた。

サークル情報

サークル名:NRD
執筆者名:ねるねるねるね
URL(Twitter):@nrd_info

一言アピール
昔、今も大好きなプロ野球選手にファンレターを送ったきり手紙を送ったことすら忘れていた女子高生の小話です。既にWEBアンソロに掲載されている「ファンレター」の続編で、既刊「君に捧げる97マイル」のキャラクターが登場しています。

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