エンディングレター

 由為が食材室で赤い花を選んでいると、隣の荷物置き場から声がした。
「なかなか良い便箋がない」
「明日の花を届けるときに交換してもらうか」
 これから調理する花を持ちながら、由為は以前に家族へ送った便箋が余っていることを思い出した。調理場にいる七日に花を渡してから、また左隅にある荷物置き場へ取って返す。
「貴海さん、ファレンさん」
 聞こえた声の通り、片付けをしている二人がいた。
「ああ由為。どうした?」
「便箋を探してるんですよね? 俺ので良ければ余っていますよ。いりますか?」
「ありがたくもらおうかな」
 ファレンが答えたので由為は便箋を取りに部屋に戻ろうとした。扉を出たところで足を止める。
「二人が手紙を書くって珍しいですね」
「わりと書くよ。遺書だからな」
 さらりと答えられて「そうですか」と返しかけた。
 由為の絶叫が荷物置き場に響く。

 食堂で花の茶をたしなみつつ、由為は向かいの席に座る貴海から遺書について改めて説明を受けていた。
「此岸の遺書と彼岸の遺書は違うんだよ。ここの遺書は五ヶ月ごとに一度書き直すんだ。花の手入れの仕方や、輸送の仕方や調理方法とか。わりと人の入れ替えが多いだろう」
「言われてみればそうですけど、使う言葉がまぎらわしいですよ」
 説明を聞き終えれば、此岸と彼岸で遺書の扱いが違うのにも納得できた。
 此岸の遺書は自分の中に残っている字をどのように葬礼してもらいたいかを書き遺すものだが、彼岸の遺書は貴海の言った通りのようだ。
 河を挟むことにより様々な違いがあることは経験したが、それにしても遺書の迫力は一番だ。
「貴海先輩たちが消えるんじゃないかってびっくりしましたよ」
「すまない」
「私も書いてるよ」
 隣に座っている七日の告白にまた驚いた。
「七日の遺書はどういう……」
「普通の仕事用のだよ。貴海お兄ちゃんがさっき、彼岸では五ヶ月ごとに書き直すって言ってたでしょう。それ全員がやるんだかね。由為くんはまだここにきて四ヶ月ぐらいだから、書かなくてもよかったけどそろそろいい機会じゃない?」
 貴海は七日の提案に同意する。
 そして食堂は由為が持ってきた便箋を分け合ってそれぞれ遺書を書くことになった。
 由為は十五才で、あと五年もしたら人生の折り返しを迎えるが、いまの仕事の内容以上に書き遺す内容が浮かばない。
 隣で書いている七日は一才下なのに、生まれてからの七日以外は彼岸で過ごしているためか、すらすらと便箋の白面を埋めていく。内容は見ていないが便箋を滑るペンの音は心地良い。
 目の前にいる貴海のペンが滑る速度はさらに凄まじい。これで一文字も誤字をしないで書いているのならば、彼には文をまとめる才があるのだろう。
 貴海の隣に座っているファレンといえば反対にゆっくりとペンを歩かせている。たまに手を止めて、貴海の顔を見上げていた。
 由為は彼岸に来てから初めて居心地の悪さを覚える。
 遺書に、仕事の内容以外にも書き遺したいことがあるほど、貴海たちは消えることを覚悟して生きているのだろうか。
 そうだとしたら、此岸で育ってきた自分は三人に比べて穏やかに生きてきて申し訳ない気持ちになる。
「ゆーい。顔を上げなさい」
 決して叱責の響きはないまま呼びかけられた。
 顔を上げるとすでに書き終えたらしいファレンが微笑んで見守ってくれている。
「いいじゃないか。書くことがないのは。由為は毎日やりたいことをして、心残りなく生きていることを表しているのだろう」
「そうかもしれないですけど。皆と比べて危機感がないようで恥ずかしいです」
「単に仕事量とかの違いじゃないかな。私も、最初に遺書を書いたときは便箋半分くらいしか埋まらなかったもの」
 ペンを置きながら七日まで励ましてくれた。
 三人を見ればすでに遺書は書き終わったようで、便箋をたたむと封筒にしまう。それから揃って由為に差し出した。
 渡される理由は不明だが、由為は一通ずつ受け取る。中身は、三人がいなくなるときまで見ないように通信面のところへ書き留められていた。
 見上げた先には貴海がいる。
「本当は遺書をしまうところがあるけれど、次の更新まで由為に預けるよ。重いだろうが、持っていてもらいたい。それが必要になったときに、誰よりも先に読んでもらいたい」
 光が、瞬いた。
 彼岸の空は常に薄暗く水の色になることがない紺や赤に染まっているが、貴海が背にした窓から光が差し込んだ、由為はその一瞬に意識を奪われる。光が落ちてしまった時に貴海とファレンも消えてしまうようで、怖くなって、哀しくなった。
 この瞬間、貴海とファレン、由為と七日と席が分かれているように向かい側の二人とはいつか遠く断絶してしまう。
 そのときに遺書は、貴海とファレンから託されたものになるのだ。
 由為は七日の遺書だけ抜き取ると、七日に返した。
「私からの遺書は受け取れないんだ」
「うん。受け取りたくない。七日には一緒に、貴海先輩とファレン先輩の遺書を読んでもらいたいから」
「わかったよ」
 七日は七日の遺書を自分の手に戻してくれたので安堵する。
 その光景を眺めていた貴海たちに由為は念を押した。
「先輩たちも、きちんと更新してくださいね」
「努力するよ」
 素直に「そうするよ」と答えてくれなかったことが答えだから、胸の奥が詰まるような痛みを覚えた。
 貴海はやがて世界を滅びに還す。その時はファレンも貴海の隣に立つのだろう。だから、二人には遺書が必要だ。
 それでも由為はまた次の遺書を書く五ヶ月後が、来ればいいのにと願った。

サークル情報

サークル名:不完全書庫
執筆者名:成瀬 悠
URL(Twitter):@spring_order

一言アピール
3次募集からの新刊『花園の墓守 完全版』のキャラクターと舞台による小説です。切ない雰囲気に混じる、キャラクターのコミカルなやりとりをお楽しみください。

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