私を罰してくださるその日まで

 お嬢様が姿を消されたのは、ちょうど三年前のことでした。
 私はお嬢様のメイドとして、二年ほど身の回りのお世話をしておりました。お屋敷に住み込みで働く私は早朝から仕事を始めます。テラスの植物に水をやり、既定の衣装を身に着けます。お嬢様を起こし、絹糸のようなブロンドの髪を梳かし、百を超えるお洋服の中からお召し物を選びます。お食事からお出掛けの準備に至るまで、私が全て整えました。お嬢様が大学へ行かれた後は、鏡台の埃を払い、枕元の本を片づけます。お嬢様ご自身とお部屋を美しく保つのが私の主なお仕事です。私にとって、お嬢様の全てを形作っている実感が一番のやりがいでした。
 お嬢様はお優しい方で、私の申すことを何でも聞き入れてくださいました。この世に良い子のお手本があったなら、きっとお嬢様のような方を指すのでしょう。私は最後まで、お嬢様が二つ年下なのが信じられませんでした。お嬢様の立ち振舞いは大人びていらっしゃいました。
 お嬢様はどんなに高いヒールを履いても、鶴のようにしなやかに歩かれます。私がお仕えしている間はドレスを汚されることもございませんでした。成績も優秀でしたので、ご友人のお勉強を見られているお姿をよく目にしました。お嬢様は、私にとって誇らしい主でした。
 姿を消される前にあった、王子様のパーティーにご一緒できなかったのが残念です。王族方もご出席されるほどの大きなパーティでした。並居る高貴な方々の中にいても引けを取らなかったお嬢様の噂は私の耳にも届きました。最期のドレスコードになるなら、煌びやかなお姿を一目でもこの目に焼き付けたかった。私は今でも後悔してなりません。
 今、お嬢様は棺の中におられます。三年間土のなかにあったお体は骨のみになっていたと伺いました。それでも、お父様とお母様は全ての骨を掘り起こし、棺に納めたそうでございますね。
 お嬢様はよく、お父様が怖いと仰っておられました。しかし、お嬢様のお幸せを誰よりも願っておいでだったことは、私もよく伝わっておりました。お嬢様がお休みになられてから、お父様とお母様が、お嬢様のお話をされていたことを私は知っているのです。お嬢様が人生をご自身で選択して歩まれるよう、厳しく温かく見守っていらっしゃいました。ご家族もまた、愛情深い素晴らしい方々だったのです。
 そのような素晴らしい方々から認められ、お嬢様と婚約をされていた貴方は葬儀にご出席されたのでしょうか。それとも、もうお嬢様のことなどお忘れになったのでしょうか。初まりは家同士のお見合いでしたが、貴方は少なからずお嬢様を想っておいででしたね。お嬢様も貴方の気持ちに応えようとされていたのは、傍にいた私が最もよくわかっております。けれど、貴方とお付き合いされるようになってから、お嬢様は時折虚ろな表情をされるようになりました。
 不安げな表情の理由をを一度だけ伺ったことがございます。お嬢様はしばらく俯いていらっしゃいましたが、やがて小さな声で私がどうするつもりか尋ねられました。貴方がご結婚後に二人暮らしを希望されていたのもあり、私はお屋敷に残ることになりました。そもそも私はお嬢様がいなければこのお屋敷で働くことにはならなかった身です。たとえお嬢様がいらっしゃらなくても、ご両親は立派な方々でしたから、私を無下にはされないでしょう。ただ、申し訳なさそうなお顔をされるのが以前からずっと気がかりでした。そのときは私も、ひどく苦しい心持がするものでした。ですから、私は別の働き口を探すつもりだと答えました。
 ご両親が悲しいお気持ちになられるのも無理はございません。私とお嬢様の間には、ただ一つ悲しい思い出がございました。先日、貴方は私に「何故お前が」とお怒りになられましたね。今からお話する出来事をお知りになれば少しは落ち着かれますでしょうか。貴方には全く関係のないことではございますが、貴方だからこそお話したいと思うのです。
 私も、元はお嬢様と同じ立場にございました。同じと申しますのは、お嬢様と私は同じ小学校に通っていたのでございます。私の父は元エリートで、私が小学校を卒業するまでは有名企業の社長の職にありました。当然、私も幼い頃からレベルの高い教育を受けておりました。お嬢様は私より二つ年下ですから、先輩と後輩になります。
 しかし、当時は年なんて気にしませんでした。私とお嬢様は特別仲の良い友達で、互いの家をよく行き来して遊んでおりました。私たちは完全に対等でした。互いに友愛の情を持ち、尊敬しあっていたのです。
 同じ立場だったはずの二人が、なぜ主と従者の関係になったのか。きっかけは父の会社の不正取引でした。
 裁判が行われた結果、父の会社は多額の賠償金を支払うことになりました。そのときの裁判長がお嬢様のお父様でした。裁判長が物事を公平に判断する仕事だと理解していた私の父は、裁判の結果を受け入れました。しかし、私は違いました。私はお嬢様のお父様を憎んだのです。小学生だった私にとって、父を裁いたのは裁判長ではなく友人のお父様でした。娘の友人の家族を傷つけるような人だったのかと、心底失望しました。
 私は卑劣な行為を許さなかった父が悪事に手を染めるはずがないと信じておりますし、幸いにも父が不正に加担した証拠はございませんでした。父は罪を逃れましたが、最終的に責任を取って辞職いたしました。父は正しく責任を取りましたが、世間にとっては関係ありません。その後は寂しい暮らしでした。良い暮らしを知っていたばかりに毎日が惨めでした。路頭に迷うことこそありませんでしたが、周囲の目は常に冷ややかなものでした。私は義務教育を終えてすぐに働き始めましたが、どこも長続きしませんでした。
 そんな私の状況を知ったお嬢様が、私をメイドとして雇ってくださいました。私に対するお嬢様の優しさは罪悪感の裏返しだったのでしょう。お嬢様は私の仕事には文句ひとつ仰いませんでした。私が行ったり、申し上げたことは、新人らしい浅はかな部分も多くあり、しばしばお嬢様には恥ずかしい思いをさせました。しかし、お嬢様は私を責めることは決してございませんでした。お嬢様にとって、私の申し出を聞き届けることは罪を償うことだったのでしょう。
 何も悪くないのに罪を償うなんて、おかしな話ですよね。ご両親が仰るには、私が転校してからもずっと気に掛けられていたそうです。お嬢様はお優しすぎました。ですから、私のような愚か者に付け入られて、弄ばれるのです。
 私の要求は徐々に罪深いものに変化していきました。私はお嬢様の肌に触れ、お嬢様を汚しました。美しいお嬢様を私の色で染めていくことは、私の支配欲や嗜虐心を満たしました。私がお嬢様のお心を傷つける間、お嬢様は泣いておられました。星の輝く夜のような瞳から、透明な雫が垂れていました。私はお嬢様の頬に唇を近づけ、生温かい水滴を舌で拭いました。お嬢様の心をどれほど深く傷つけても、私は止めませんでした。お嬢様もまた、私の行為を止めませんでした。それどころか、神の前で跪くように私に縋りつきました。まるで私に罰されることを望んでおられるようでした。私はお嬢様を恨まずにはいられないことに苦しみ、お嬢様は私を救えないことに苦しみました。私たちは互いに深く傷つけ合いました。
 貴方にはわかりますか? この世で最も密接な関係は、罪で繋がった関係だと申します。とすれば、私とお嬢様は最も親密な関係にあったといえるでしょう。私たちの関係には、貴方のような部外者が手を出して良いはずがないのです。
 ですから、私はこの手紙をしたためました。検閲で撥ねられてしまうかもしれません。それでも言葉をナイフのように尖らせて、貴方を傷つけるために申し上げましょう。
 貴方がどんなに高貴な方であろうと、どんなにお嬢様を大切にする旦那様になるおつもりでも、お嬢様の罪は背負えない。貴方では、私の代わりは務まらない。お嬢様と貴方の結婚が避けられないものとわかったとき、私は己の身勝手さに気付きました。それでも、私は己の感情を留めることができませんでした。三年前のあの日、私はどうしようもなくお嬢様に焦がれ、二人を繋ぐたった一つの苦しみが失われることを恐れてしまったのです。
 ――ですから、私はお嬢様の命を奪い、土中深くに隠したのでございます。
 私は明日、殺人の罪で刑に処されます。しかし受け入れるつもりはございません。お嬢様を罰して良いのは私だけで、私を罰して良いのはお嬢様だけでございます。この手紙を書き終わりましたら、私は命を絶つつもりでございます。貴方がお読みになる頃にはこの世にはいないでしょう。
 彼の世に着きましたら、私は罪の糸を手繰りお嬢様を探す所存でございます。私を罰してくださるその日まで。

サークル情報

サークル名:sizukuoka
執筆者名:さゆと
URL(Twitter):@SayutoF

一言アピール
創作百合を作っています。恋愛に限らない女性同士の唯一関係が好き。普段は熱いバトルを書いていますがたまには静かなお話でも。
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