切腹事始


舞台は慶応四年、新政府軍が迫りつつある奥州街道の入口・棚倉藩。国学者としての将来を約束されながらも不遇の地位にある主人公・金沢兵馬は、手習いの教え子である子供たちからある日、こんな質問をされる。
「切腹とは何か?」
迫り来る新政府軍という「近代」を前に、伝統とは何か、武士とは何か、そして生きるとは何か、アイデンティティを問う。
表題作ほか、那須殺生石伝説を下敷きに、大乱の時代を強かに生きた女の生涯を描く『騙る女』収録。
テキレボWEBカタログより転載)


sanka

 江戸末期、波乱の時代が迫った奥州を舞台に、「切腹とは何か?」という問いに向き合う表題作と、那須殺生石伝説をベースにある女の一生を描いた『騙る女』が収録された短編集。どちらにも濃密な歴史の気配が満ちていて、読み応え抜群の一冊でした。

 歴史小説を読む醍醐味は、現在とは確実に異なる文化に支配された過去の世界の中で、それでもそこに生きる人々は私たちと実はそう大して変わらないんじゃないか、という奇妙な共感を味わえるところにあると思うのですが、本作でもそういった視点で深く楽しませていただきました。でも描かれているのは決して美徳ではなく、むしろ法螺話を鵜呑みにしてもっともっととせがむ聴衆の愚かしさや、その心理を利用し富を得た女の栄枯盛衰、また“切腹”と対峙した男の恐怖と悔悟――硬質な筆で描かれる、遠く昔に過ぎた世界の物語に息を呑みながら、「おまえも何も変わらないぞ」と、突き付けられた心持ちになりました。

 唐橋さんの物語は『日本史C』で拝読したのが初めでしたが、その時も今回も生半可な救いなど排除し、生の過酷さを徹底的に刻み込んでいるところが堪りません。容赦なき古の物語を味わいたい方は、ぜひ!


発行:史文庫~ふひとふみくら~
判型:文庫(A6) 75P
頒布価格:300円
サイト:史文庫〜ふひとふみくら〜
レビュワー:世津路 章


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