相思相愛

 ある日、高校時代の同級生から電話が来た。
 いわく、「猫を飼わない?」と言う事だった。何でも家の近所の公園に捨てられているのを拾ったらしい。ダンボールの中に居た4匹のうち3匹は貰われていったが、最後の1匹の引取先がなかなか見つからないそうだ。で、とうとう高校の知り合いにも声をかけ始め、俺の所にも連絡したと言う所存。
「とりあえず見にきて」
 その一言に行く事に決めた。別にその女の子が可愛くて、最近彼氏と別れた噂を聞き、(これをきっかけに)と邪まな欲望を抱いたからではない(強調) 姉が結婚して家を出ていった事で何となく淋しくなったのを残った親、俺自身もが感じていて、それで「猫でも飼おうか」と親父が提案したのだ。
 その夜に親父と母さんに話をし、了承を得てから改めて同級生に連絡する。幸いにも明日の午前中は空いているとの事なので、すぐに行く事に決めた。その時に聞いたのだが、すでに何人かが見に来ているのだが芳しくないようだ。
ちなみに全員、男。ライバル多し。……念のためにもう1度言うが邪まな考えの元に彼女の家に行くのではない(再度強調)
「いらっしゃい、久しぶり! 学祭以来よね?」
「うん、半年ぶりぐらい。あの時は学祭に呼んでくれてありがとう。他の大学を見に行けて面白かったよ」
 呼ばれたと言っても、まぁ、俺1人だけでなく高校時代の友人全員なのだが。
 挨拶もそこそこにおじゃまして居間に通される。高校生の時に何度か会った事のあるお母さんに「お久しぶりです」と挨拶し、ついでお父さんにも挨拶をする。猫を見に来た事を言うと2人とも「とにかく見てやって」とニコリと対応してくれた。先に飼っている猫が子猫に物凄い敵意を示し、隙あらば攻撃をしようとするので飼う事を断念したと聞く。
 その猫は小さなダンボールに入れられてやってきた。 彼女の足下に居る黒猫は主の抱えている箱を見上げて毛を逆立て「シャー」と鳴いている。お母さんがその猫を抱き上げて、廊下に出し素早く閉めると、今度は外で大声で鳴き始めた。自分のアイドルの「地位」を脅かす存在に並々ならぬ敵意が見て取れた。それはそうだろうな、人間、可愛い方に興味が湧くものだから。
「ご対面ね」
 箱を床に置いた彼女がそう言ってからフタを開けた。

そいつは小さな小さな毛の塊だった。

 箱の片隅に居た、虎縞の、小さな塊。
 そのつぶらな瞳と目が合ったとたん、

ズキューン!

 何かが俺の心臓を貫いた。
 直後、胸が高鳴り、子猫を凝視してしまう。これをきっかけに「あわよくば」を狙っていた同級生の事なんか頭の中から綺麗さっぱりなくなった。
 子猫は子猫で大きな声で「ニャア」と鳴くと同時に俺の方に駆けだし、箱の壁に飛び乗る。
「あらあら」
 同級生が苦笑して両手で持ち上げ、床に降ろす。瞬間、子猫は俺に向かって一直線に駆け出すと、左足の足首にガシッと抱きついた。

ズキューン! ズキューン!

 ダメだ、俺、萌え死ぬ。
 猫がこんなに可愛いとは思いもしなかった。母さんが「実家で猫を飼っていた頃があった」と言うが、その理由を深く理解できた気がする。
 とにかく可愛い!
 可愛いぞ、子猫!
 再度言う、俺、萌え死ぬかもしれない!
「まぁ、この子だけが残って2日の間に何人も来てたのに、こんな事1度もしなかったのにねぇ」
 お母さんの言葉にお父さんも頷き、興味深そうに俺の足下を見ている。
「飼います」
その言葉は脳を通す前に出た。
「俺、こいつを貰っていきます」
 惚れるとはこういう事なのだろう。その場にしゃがみこみ、未だに俺の足にしがみついている子猫を撫でる。

凄く恐くて淋しい思いをしていたんだと思った。

 人間の勝手な都合で親とムリヤリ引きはがされて狭い箱に押し込められて捨てられ、そして、また人間の都合で兄弟達と離ればなれにされた。しかも、この2日間はたった1匹で箱の中で過ごし、外からは敵意の声。いくら部屋の中では多少の自由はあっても、こいつの怖さは想像以上だったのだろう。
 そう思うと、この小さな存在が愛おしくなった。愛おしくて愛おしくてしかたがなかった。
 頭から背中にかけて、軽く撫でると子猫は足から放れて俺を見上げ、また鳴いた。
 早々に家に連れて帰る事にした。
 箱に入れるのが可哀想で胸に抱いていく。帰宅の道中、道路でも電車の中でも数人が珍しそうに俺を見ていたが気にならなかった。俺の服に爪を立ててしっかりとくっついている子猫だけをただ見ていた。
「ただいまー」
 居間に入るなり、親父と母さんに子猫を見せた。
 2人は笑った。それはそうだろう、まさか、貰われてきた子猫が俺の胸にくっついているのだから。
「あらまぁ、気にいられちゃったみたいね」
「だな」
 こんなに気に入られてるんだったら、飼うしかない。そう言って親父も母さんも子猫を歓迎してくれた。
こうして我が家に新しい『家族』が増えた。

 トラオと言う名前は親父の一言、
「見事な虎縞の男の子」
から決まった。母さんはキラキラネームばりに可愛い名前を考えたようだが、口にしてみればトラオが1番しっくりときたので採用する運びとなった。
 猫なんて初めて飼うので、餌の与え方やトイレのしつけ、はてはかかりつけとなってくれる病院までを皆でパソコンと睨めっこをして調べたが、母さんが飼っていた頃の記憶を引っ張り出してくれたのは大きかった。ただ、トイレのしつけはたいへんだった。ゲージの中で淋しそうにしているトラオが可哀想で、枕元に寝かせてみたが見事にオシッコされてしまい、臭い匂いに起こされるわ、母さんに怒られるわでえらい目にあった。でも、トラオがトイレを覚えた後は楽になった。
 親父が家の中でトラオが自由に動き回れるようにと大工さんに頼んで、入ってよい部屋(さすがに物置に入られるとたいへんだし、置物のある親父と母さんの寝室、そしてトレイとお風呂も立ち入り禁止にした)のドアに猫用の出入り口を作って貰った。
 子猫特有の愛くるしい動きで家族を笑わせてくれ、日々成長していくトラオに俺達3人は和まされた。
 生来の性格か、はたまた我が家の空気に合ったのか、トラオはのんびり屋に育った。
 ただ、成長しても相変わらず俺の足にしがみつくのは止めなかった。
 親父や母さんに甘える事があっても、足にしがみつくのは俺だけ。俺が大学から帰ってくるとドアを開ける音でわかるのだろう、玄関に駆け足で出てきて、俺が上がると同時に足に飛びついてくる。子猫の時は踏み潰してしまわないかと心配だったが、踏まないコツを覚えた事、そしてトラオが踏まれない姿勢を覚えた事で、すっかり慣れてしまった。
 俺の足にしがみついて引きづられるトラオを面白がって親父がスマホで撮影し、それを会社の同僚や部下の人達に見せた所、「投稿してみれば」と言われ、動物番組で採用されて賞金をいただくと言う幸運な事もあった。もちろん、トラオには高級猫缶を進呈した。
 冬に炬燵に足を入れれば、トラオは中で俺の足にしがみついたまま寝る始末。風呂やトイレはドアの前まで着いてきて、出てくると「待ってました」と飛びついてくる。さすがに寝る時は足にくっつかないが、それでも暑い季節は足や手に抱きついてくる。
 今日も俺の足にしがみつく虎縞の猫を見る。
「トラオ」
「……」
「お前、重くなったんだから少しは自分で歩いて体重減らせよ!」
「ミャ~」
 足をぶんぶん振るとトラオは鳴いて抗議するが離れるつもりはさらさらないらしい。
「ったく、なんでこんなに俺の足にしがみつくんだろう」
俺の独り言に母さんが笑いながら答えた。
「それだけ貴方の事が好きなのよ」
 足下を見る。両の前足で俺の左足にしっかりと抱きついている虎縞の猫を見る。
 ……そうか、俺がトラオに一目惚れしたように、トラオも俺に一目惚れしてたのか。だからこうやって片時も離れないようにしてるのか。
 そう思うとトラオが愛おしくてたまらない。
 しゃがみこんでトラオの頭を撫でる。
「トラオー、お前、可愛いヤツだなー!」
「……ミャー」
 明らかにうざそうな目で俺を見たトラオが鳴いたが、それでも離れようとしないトラオが可愛い。
 トラオは俺より先に老いて先に天国に帰っていくが、その時まで大切にしようと思う。
 トラオが俺の所に来て良かったと神様に報告できるように。


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執筆者名:夜海月亭ちーず。

一言アピール
 「書きたい物を書く」をモットーに雑食執筆活動をしています。着物スキーでニャンコスキー。

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相思相愛” に対して2件のコメントがあります。

  1. セリザワマユミ より:

    トラオと出会えた主人公が、幸せそうで可愛すぎる!
    最後の一匹になるまで、トラオもご主人様と会えるのを待ってたのね…

    1. ちーず。 より:

      人間同士でなく、ペットと人間の間にも運命の出会いがあるだろうと考えて、こうなりました。
      感想、ありがとうございます!(感謝です)

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