どれが元祖で本家かわからないけれど、あの日手に取ったそれは確かに偽物だった

 春が近づいた今日、暗い顔の甥がゲーム機を手に持って私の家を訪問した。居間のソファに二人で座り、私は、何か嫌な事でもあったのか? そう優しく問うと、甥は少し泣きそうな声で、学校にこれを持って行ったらみんなにバカにされたと、あっさり理由を口にした。私は飲み物を口にしながら、その問題のゲーム機とやらを観察した。
 どう見ても私も所有している、今一番売れている携帯機のゲーム機である。学校に持ちこんで先生に注意されたのならともかく、ゲームを持っていったぐらいで友達に笑われるとはどういうことか。甥は私にそれをすっと差し出してきたので、とっさに受け取る。しげしげと眺めるも、やはりメジャーで普通のゲーム機にしかみえず問題は何処もなさそうだ、と思いつつ電源を入れた。
 ハードのメニュー画面が開き、ソフトのタイトルが表示される。
【妖怪ウォッシュ】
 あっ、パチモンだ! 
迸る偽物臭に、私は思わずにやけてしまった。なるほど、これを本物と間違えて持っていったら恥ずかしい。
 ゲームソフトがダウンロード版の為返品も効かず、買ってくれた母親に至っては未だ違いもわからないようで取り付く島もなく、父親はゲームに無関心。そこで私に泣きついてきたようだ。かとって私が甘やかして本物を買ってやると彼の親に怒られるのは明白。では、どうしたものか。
 私は少し考えて、二度と友人らに見せなければ、きっと偽物を買った事なんて忘れてくれるよと対処法を提案したが、首を横に振られた。どうも友人らに、このゲームは偽物だから絶対つまらないと断言され、そんなことはないと反発し喧嘩に発展。私は甥の相談内容を漸く理解した。つまり私にこの偽物でも楽しめる部分を見出して欲しいわけだ。
 私は気安く了承し、ゲームソフトを起動する。どんなゲームか実際にやってみなければ何とも言えないが、子供向けソフトで進行不可能バグ多数という事態はそうそうあるものではない。なら、何かしら面白い要素はあるはずと、国内メーカーを根拠なく信じている。
 ソフトトップメニューが開き、デフォルメされた猫のようなキャラクターが現れる。キャラまでパクリか。ともあれ、甥のゲームのプレイ時間をみれば三十分にも達していなかった。諦めが早すぎて目を疑う。甥はそのデータを消して良い、むしろ消してくれと言うので、消去して新規セーブデータファイルを作成する。プレイ開始。ところで私は本物を遊んだことがない為、そちらのシナリオを全く知らないのだが。
 本物は、開幕から主人公が車に轢かれて病院に搬送されるような重い話ではないよね?
 いきなり血塗れのアスファルトが映し出され、救急車のサイレンが鳴り響くシーンから始まり、暗転、医者と主人公の両親の会話が続く。「先生、うちの子は助かるのでしょうか?」「今夜が峠でしょう。それに助かったとしても、脳に障害が残ります」息が詰まりそうな展開だ。
 主人公は病院のベッドの上で目を覚ます。それは夜、しかし傍らにずんぐりとした何かが佇んでいるのがわかる。その何かが、主人公に語りかけてきた。自分は化け猫執事妖怪で、主人公を迎えに来たと。君が車に轢かれたのは悪い妖怪の仕業だが、頭を打った事で主人公はそれら妖怪を見る力を得られたと。その力で悪い妖怪を殲滅し、妖怪世界を洗浄化して欲しいというのだ。まだ小学生の主人公はその得体の知れない生き物の言葉を鵜呑みにし、何より悪い妖怪に復讐すべく、夜中のうちに病院を脱出し、誰にも告げずに妖怪退治の旅に出るのであった。
 ここまでが僅か数分のうちに起こった展開である。矢継ぎ早に説明されて唖然としていたら、自由行動出来るようになってフィールドに放置された途端、何をすべきか分からなくなって途方に暮れた。目的が妖怪と友達になる事ではなく退治と古風でありがちなのも微妙。
 いきなりやる気を削がれたが続ける。化け猫執事妖怪の誘導に盲目的に従い、其処ら辺に沢山湧いている『自爆ジバニヤン』という、妖怪を唯一浄化消滅させられる攻撃が出来る使い捨て妖怪を、捕獲メダルを使って強制的に収納、洗脳し『友達』になって貰い始めた。一度の戦闘で十匹とか纏めて捕獲出来たりもするのでそれほど億劫ではないが、友達を手榴弾にする行為に何の抵抗もない主人公の無邪気さに恐怖を感じる。
 そうして自爆猫を確保して悪い妖怪を退治しながら旅を続ける。だが、手抜きとしか思えないのは、最初に遭遇した執事妖怪も、自爆妖怪も、襲いかかってくる悪い妖怪も全て色が違うだけの同じドット絵だということだ。全て化け猫。猫キャラを虐待しているだけにしか思えない。
 一時間ほど進めたところで甥に電話が入る。塾の時間が近づいていると親からの通達である。私は甥を車に乗せて帰したが、ゲームをそのまま続けてくれと頼まれた。一刻も早く魅力を見つけて欲しいらしい。私は自信がなかったけれど、それでも約束を交わした。ゲーマーとしての意地をみせてやりたいのだ。
 帰宅後ゲームを再開する前に、ネットでこのゲームについて調べてみた。すると散々な評価がずらりと並んでいて、思わず苦笑いしてしまった。多発するエラーフリーズ、まれにセーブデータが消える(その都度トップメニューに『もう一回遊べるドン!』と太鼓猫妖怪が現れる』)、念仏にしか聞こえない音楽、シリアスシーンで致命的で下品なテキストミス、目玉要素である妖怪キャラも前述通り色違いばかり、それなのに全部で二十九体しか登場しないので収集要素など無いに等しい。シナリオに至っては子供向けとは思えないほど最初から最後まで暗く重いのに途方もなく陳腐。カメラ配置次第で幼馴染みのヒロインを筆頭に女子の服が丸透け状態になるバグがあるも、グラフィックが雑すぎて鑑賞に値しない。苦情を入れようとサポートセンターに電話しても常に『電波の届かない場所にいるか電源が入っていない』、公式HPはとっくに404。というように何処を切っても手抜きで低品質。ネット上でプレイした被害者仲間達と交流して、このゲームを罵詈雑言で叩き合うのが一番楽しいなんてとても甥には言えない。
 こうなればやりこんでみるしかない。遊び尽くせば何かしら得られるものがあるだろうと奮起し、ゲームを再開した。
 基本、昼間は捜索する警察から逃げ、夜は妖怪たちと戦う。買い物する金もなく、休める拠点もないのであちこちの公園で寝泊りし、どんなに夜更ししても朝五時に起床し妖怪絶滅祈願お百度参り体操第一を行う日々。そんな過酷な生活を続ける旅ではいずれ限界が来る。
 プレイ開始から二時間経過、第八章に入ったとき、主人公が強制的に補導されるイベントが起こり、家に帰されたのだ。だが私は正直、ほっとした。何せ、章が進むにつれて、たとえば話しかけた人間の台詞がどんどん文字化けしていったり、他にも車や電車、続いて建物や食部、やがては見る景色全てが少しずつ異形な姿に変貌していったりした。どう考えても主人公の脳の異常が悪化している。
病院に搬送され精密検査を受けると、深刻な事態が明らかになった。主人公は緊急手術が必要で、受けないと三日の命だという冗談でもきつすぎる容態だったのだ。しかし手術を受ければ今の医学なら助かる。ところが、執事猫は告げる。受ければ妖怪を見る力は失われると。そして問う。友人となった妖怪たちを野生に帰し、悪事を尽くす妖怪達との戦いから目を背けて平凡な生活に戻るか。それとも残る時間を全て妖怪退治に費やすか。執事猫は主人公に解答を求めた。
此処でプレイヤーにその選択肢が投げられた。
とはいえ、主人公が命を賭ける理由が何処にあるのか。どうせ再び妖怪が見える方法が発見されるとか、そういう予定調和なシナリオなんだろう。答えは勿論、手術を受ける、だ。選ぶと。
執事猫は「君には失望した」と一言。→暗転。
ゲームオーバーになった。選んだ直後に。暫しあっけにとられてぽかんとしてしまった。嘘だろう? まだ幼い主人公に命果てるまで戦えというのか? 得るものなど何もないだろう? 妖怪の友達だって全部主人公の幻覚じゃないのか? 考えられない。
仕方なくセーブポイントからやり直し、戦いを続行する旨を告げる。するとまたしても病院を、今度は五階の窓を割って脱走する主人公。もう残酷で絶望の未来しか待ち受けていないのに、何故お前は走り出せる? 理解できないのは、私が大人だからだろうか。それは違うと誰か言ってくれ。
そこから物語は佳境に入る。七十二時間のタイムリミットを考慮し、イチかバチかで妖怪の総本山に突入し、親分化け猫を討伐する強攻策に出る。道すがら自爆猫を大量確保し、ラストダンジョンの妖怪の山がある富士の樹海に軽装で突入する。
そして・・・・・・激戦の末、ついに親分を仕留めたとき、主人公も力尽きる。倒れた主人公をカメラが映しながら、スタッフロールが流れ始めた。
ロールの終わりに、トゥルーエンド、と表示が出た。ゲーム機を置いて私は深呼吸した。プレイ時間三時間半。短いがやけに長く感じた。もうやりたくない。
いやいやいや! それじゃダメなんだ! 何か面白い部分はなかったか? ・・・・・・なかったなぁ(確信)。
そうだ、まだ妖怪図鑑に空白があった! 私はネットで見かけた『四十匹目』の幻の妖怪猫を手に入れて図鑑をコンプリートさせようと思った。公式HPは死んでいたが攻略サイトにて情報ゲット、特定の店舗にて『満月の晩、丑三つ時』に配信されているらしい! 満月は何と今夜だ。スタッフの正気を疑ったが半ば自棄になった私は時計を見る。拙い時間がない。私は車を飛ばして一番近い配信店へと向かった。その店はシャッターが締まり灯りも消されていたが、同胞らしき四、五人がゲーム機を手に無言で佇んでいた。シャッターの張り紙を見ればちゃんと配信告知してあったので時間まで皆と同様に待機することにした。
その様子を見かけた警察官はこう報告したらしい。それはまるで、猫か妖怪の集会の様であった、と。


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漢字中央警備システム(Twitter)直参 C-43(Webカタログ
執筆者名:こくまろ

一言アピール
 ゲームネタコメディライトノベル、「エンディングまで病むんじゃない3」頒布中! 知人のエロゲーを取り戻す時間を稼ぐため、生徒会チームに加わり、イロモノが揃った文化祭ゲーム大会に出場する主人公根岸の運命はいかに!? 

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