ミケを探して

 あたしがお昼寝から目覚めた時、部屋には誰もいなかった。
『りゅーじ?』
 赤いソファの上で体を起こし、部屋を見回す。普段はそこら辺でつまらなさそうに本を読んでいる、その姿はない。
『えーさみしーりゅうーじぃー』
 ちょっと泣きそうになったあたしの目に、テーブルの上に置かれた一枚の紙が飛び込んできた。慌ててそれを見ると、
「コーヒーかいにいく。おとなしくしてろ」
 とだけぶっきらぼうに書かれていた。ご丁寧に全部ひらがなで! ちょっとなら漢字読めるのにっ! それもむかつく!
『えーコーヒーってー』
 唇を尖らせる。それぐらい、あたしが起きるまで待っててくれたっていいじゃない! 大人しくしてろって言ったって、テレビの電源消えているし!
『ひまひまひまー! せめてテレビつけてってよー! バカ隆二!』
 ここには居ない、気が利かない隆二に対して文句を言ってみせる。……逆に寂しい。
 あたしは半分泣きそうになりながら、小さくため息をついた。
『テレビ見たいのにぃー、つまんないぃー! 一人じゃつまんないー!』
 スイッチが消されていたらあたしにはどうしようもない。だってあたしは、
『もー! どうしようもないじゃん!』
 とりあえずリモコンに伸ばした手は、そのままテーブルにめり込んだ。
『あたし、幽霊なんだからっ!』

 あたしの名前はマオ。って言っても、本当の名前じゃない。この家の主である隆二につけてもらった名前だ。あたしが猫っぽいからって。
 それで、あたしは幽霊なんだよね。とある事情で街をうろついていたら、あたしのことが見える人を見つけて、そのままその人の家に住み着いている。
 それが隆二。ぶっきらぼうで唐変木で駄目駄目でクソニートだけど、でもそれでも優しいところがある、神山隆二。彼も人間じゃなくて、不死者らしい。よく知らないけど。というか、そこはどっちでもいいんだけど。あたしにとって隆二はなんであっても隆二だし。
 どんなに冷たくても、どうしようもなくても、コーヒー買いに行くのにあたしのこと置いていっても、隆二は隆二だ。

 あたしは一つため息をつくと、そのまま窓を通り抜けて外に出た。隆二がいない家なんてつまらないし、テレビも見られないならすることもない。お昼寝ももう飽きちゃったし。
 外に出たって、別に誰もあたしのことなんて見てくれないんだけど。たまに、あたしのことが見える人に会えても、そういう人が構ってくれたりはしない。なんか絶対目を合わせないぞ! みたいにそっぽを向く。隆二に聞いたら、そうやって自衛? するらしいけど、悪霊に取り憑かれたりしないように。あたし、悪霊じゃないのに。
 でも、外で街行く人々を見るのは好き。楽しい。あっちで喧嘩しているカップルとか、駄々こねて怒られている子どもとか、仲良さそうに手を繋いで歩くおじいちゃんおばあちゃんとか。見ていて楽しい。
 周りの人を上の方から眺めながら、ふらふらと散歩する。
 公園の前を通りかかると、一人の女の子が「ミケー!」って叫びながらベンチの下とか、生け垣みたいなのの中とかを覗いていた。片手に鰹節を持って。これはあれか、テレビでたまに見かける居なくなった猫を探すパターンのやつか!
 ちょっと気になって立ち止まると、滑り台の上に座ってその子の様子をしばらく見ていた。ミケ、いないのかなー?
「お姉さん、これぐらいの三毛猫見かけませんでしたか?」
 その子が突然こっちを見て聞いてきた。誰かいるのかな? と思って背後とか見ても誰もいない。今、この辺りにいるのは、あたしとその子だけだ。
『え、あたし? あなた、あたしが見えるの!?』
 思わず自分を指差すと、その子は変な顔をしながらも頷いた。
「見ませんでしたか?」
『ええっとね、見てないや』
 言いながら滑り台から降りる。内心では、あたしのことが見えて、話しかけてくれた人がいることにドキドキしてた。
「そうですか」
 その子はしゅんっと俯いた。小学一年生ぐらいだろうか? よくわかんないけど。
『ええっとね、あたしが一緒に探してあげる!』
 なんだか申し訳なくなって、あたしは思わずそう言った。どうせ暇だし。
「え、いいんですか!」
 ぱあっとその子の顔が輝いて、それがとても嬉しくて、あたしは笑顔で頷いた。誰かに頼りにされることなんて、普段はないからとても嬉しい。

 その子、ユリアちゃんと一緒にミケを探しはじめた。ミケはユリアちゃんが最近拾った猫で、おうちの窓を開けっ放しにしていたら逃げ出しちゃったらしい。
 公園を一通り探して、そのあとはユリアちゃんの家の周りを探す。見つからなくてユリアちゃんがどんどん無口になっていく。目に涙が浮かんでくる。
 どうしたらいいかわからなくて、おろおろするしかできない。隆二なら、こんな時どうするだろうか。
 泣きそうになる。結局あたしは、隆二が居ないとなんにもできない。
 にゃー。
 猫の鳴き声が聞こえたのは、あたしとユリアちゃんが泣く寸前の時だった。二人で同時に顔をあげ、辺りを見回す。
「ミケ!」
 街路樹の上に三毛猫が一匹いた。
「ミケ、降りておいで」
 ユリアちゃんが手を伸ばすけれども、ミケには届かない。ミケは動かない。
「どうしよう、降りられないのかな」
 ユリアちゃんがすがるようにあたしを見てくる。あたしだって本当はミケを助けてあげたいけれども、あたしならミケのところに浮かんですぐに行けるけれども、でも。
 自分の手をじっと見る。
 この手はミケには触れない。
 あたしが躊躇っている間に、ユリアちゃんは「よし」なんて気合いを入れて、木をのぼりはじめた。
『危ないよっ!』
「大丈夫!」
 ユリアちゃんはするすると木をよじのぼっていく。あ、これなら大丈夫かな? なんて思っている間にユリアちゃんはミケがいる枝までたどり着いて、ミケに向かって手を伸ばす。あたしは両手を握ってそれを見つめ、
 びしっ、
 不穏な音を立てて枝がきしんだ。
 折れる。
「ひゃっ」
『ユリアちゃんっ!』
 落ちる!
 無駄だとわかっていながらもあたしは両手をユリアちゃんに向けて差し出して。案の定、あたしの手はユリアちゃんを掴めず、ユリアちゃんは地面に……、
「……なにやってんだよ、お前は」
 思わずぎゅっと目を閉じたところで、心の底から呆れたような、いつもの声。
『隆二っ!』
 顔全体に「お前バカだろ」って書いてある状態で、それでもユリアちゃんとミケを無事に抱きとめた隆二がそこにいた。
『うわーん、隆二ぃー!』
 思わず抱きつく。嫌そうな顔をされた。
 隆二はユリアちゃんを地面におろすと、
「お嬢ちゃんも、危ないだろ」
 言いながらユリアちゃんにミケを手渡す。
「ミケっ!」
 ユリアちゃんはミケを抱きしめる。うんうん、よかったよかった。思わず感動で泣きそうになっているあたしの頭を隆二がはたいた。
「大人しくしてろって俺言ったよな?」
 小声で言われる。言ってないもん、書いてたんだもん。なんて言ったらもっと怒るだろうから言わないけど。怒る隆二は嫌いっ。
「ユリア!」
「おかあさん!」
 ぱたぱたと向こうから走ってきた女の人に、ユリアちゃんが手をふる。
「おかあさん、このお兄さんとお姉さんがミケを見つけてくれたの!」
「まあ、すみません、ありがとうございます」
 ユリアちゃんのお母さんはぺこりと頭をさげる。それから、
「……お姉さん?」
 小声で呟いた。
「おかあさん、お礼したいからおうち呼んでも良い?」
「え、ええ。それはもう、是非」
「あー、いや、せっかくなんですけど。ちょっとこの後用事があるんで」
 ユリアちゃんのお母さんを遮って隆二が言う。そして、返事もまたずに、それじゃとその場を立ち去った。あたしはその後を追う。
「……ユリア、お姉さんって?」
 お母さんの声が聞こえてきた。……見えない、んだろうなぁ。
「子どもの頃は幽霊とか見えるっていうからな」
 隆二がぼそっと言った。
「あの子が怪我しなくてよかったけど、あんまりむやみやたらに人間に絡むなよ」
『……はーい』
 隆二のお説教に素直に返事した。だって、普段は「外でマオと話すと空気と話している人になるから嫌だ」ってどんなにあたしが話しかけても無視をするのに、今は隆二の方から普通に話しかけてくれているから。多分、お母さんにあたしが見えてなかったことで、気を使ってくれているんだろう。
 隆二はすぐ怒るし、小言が五月蝿いけれども、確かにとても優しくて、そしていつだってあたしを助けてくれる。
 思わず、口元が緩む。
『隆二、ありがと』
 言いながら、隆二の背中に抱きつく。
「……おんぶおばけ」
 小さく隆二が呟いたのに笑う。
 難しいことはよくわからないけれども、隆二にならあたしは触ることが出来る。隆二が持つなんかの能力で。
 役立たずではない両手を見て、微笑む
 結局のところ、それで十分だ。あたしには隆二がいれば、それでいい。
 珍しく拒否されないのをいいことに、あたしはそのまま頬をすりよせた。
 あたしには隆二しかいないのだ。あたしから隆二を奪う人は絶対に許さない。


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執筆者名:小高まあな

一言アピール
小説書いたり絵を描いたりアクセサリー作ったり、一人ヴィレヴァンなサークルを目指しています。最近は「鳥の人」で通っています、鳥が好きです。今回猫の話なのに!無駄ポジティブな幽霊娘と怠惰な青年がだらだらするために頑張るお話「ひとでなしの二人組」をメインにやっております。今回のもそういうお話です。

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