完成!猫型機獣試作機

「なんだ? あれ」
 ボルジア陸軍、ゴンザレス中尉は見上げた。
目の前に、巨大な鋼鉄の猫がいる。
例えとかではなく、形そのものがどう見ても、猫。
「おお。来てたか」
 振り返る。
 軍の技術士官、ハリコフ博士だった。
よれよれの白衣、ボサボサの髪、曇ったメガネ、伸びたままの口ひげ。
「なんだよ、あれ。俺、てっきりテストパイロットに呼ばれたものと」
「うむ。あれに乗ってくれ」
 ハリコフ博士は巨大猫を指差した。
「いや、だから、なんなんだ、あれは!」
「新兵器」
「?」
「自動機械化獣兵器、略して【機獣】。そしてあれは、試作機の猫型機獣じゃ。名づけて【ネコ】」
「そのまんまかよ!」
 ゴンザレスは天を仰いだ。
「ていうか、なに? なんなの、あれ? どうしてあんなの作ったの?」
 ゴンザレスは矢継ぎ早に質問をぶつけながら、ハリコフ博士の襟元をつかみ、前後に揺さぶる。
「く、苦しい」
 はっとして手を放す。ハリコフ博士は咳き込み、息を整える。
「げほげほ、今から話してやるから」

 一ヶ月前。
 ゴンザレスは今日と同じくテストパイロットとして呼ばれていた。
 試験をするのは、開発した新しい駆動システムや、操縦システム。
 晴れた空の下、軍の広大な訓練場で一台の戦車が走っている。
 キャラピらを鳴らし、重々しい走行音を響かせるが、動きは軽快だった。
 ハリコフ博士が無線で「ああしろ、こうしろ」と指示を出す。
 戦車はその指示通りに左右に旋回したり、砲塔を動かしたり、指定された的にペイント弾を撃ったりした。
「よし、次は右だ」
『了解』
 無線からゴンザレスの応答が聞こえた。
声の調子から、テストは上手く行っているようだ。
 が、戦車が右を向こうとしたとき、キャタピラが千切れてしまった。
 ハリコフ博士も駆け寄った。
 キューポラから黒煙が噴き出し、ゴンザレスは煤で顔を真っ黒にして咳き込んでいた。
「大丈夫か」
「まったく、ふざけんなよ! キャタピラが切れたと思えば、今度は煙かよ!」
「ふむ。今度こそはと思っていたが」
「ああ。全視界モニターに、全自動装填に、命中精度のいい照準と砲台。そして動かしやすくなったハンドル。戦車の一人乗りができるようになったのはいいが、こんなんじゃ不安で乗っていられないよ」
 ゴンザレスは水道まで顔を洗いに走る。
 その後、別の戦車に乗り換えたり、他の軍用車両……装甲車や自走砲、輸送トラックなど……でテストしたが、結果はいずれも芳しくなかった。

昼飯時になった。
 ハリコフ博士は一人で外に出た。
向かったのは訓練所近くの商店街。
 そんなに発展していない、こざっぱりとした下町という風情だ。
 適当に町を歩き、どの店に入ろうかと考えていると、一軒の魚屋に通りかかった。
 店主は店先に立ち、時折来る客に対応していた。
そのときだった。
 ハリコフ博士の足元を何かが走りぬけた。
「?」
 一匹の茶色の猫だった。
 その猫が、店先に並ぶ魚に向かって走っている。
「あっ! またきやがったな!」
 魚屋は猫の前に立ちふさがり、両腕を広げ、腰を落として仁王立ちになる。
 猫の動きは俊敏だった。
 捕まえようとする魚屋の腕を避け、素早く股の下をくぐった。
「しまった」
 魚屋が振り返る。
「ほう」
 思わず、声を漏らした。
 猫の体は小さいものの全身のばねが強く、商品棚に飛び乗った。
 魚屋が振り返ると、猫は魚を一匹くわえていた。
「やろう! その魚は市場で一番いい奴だったんだぞ! 返せ!」
 魚屋が飛びつく。
 一方、猫は商品棚の上に座っていた。その姿勢から突然のジャンプ。
 商品棚に突っ込む魚屋の頭を踏み台にして、静かに地面に降り立った。
「だ、誰か、その猫を!」
「よ、よし!」
 ハリコフ博士は両腕を広げた。
魚をくわえたまま、疾走してくるその猫は、ハリコフ博士に気づいたようだ。
しかし、逃げずに向かってくる。
「むっ」
 捕まえられると思った。
が、猫は腕に飛び乗り、それから肩、そして頭へと駆け抜けられてしまった。
「うわっ」
 猫の走りはこんなに速かったか?
 頭を蹴られ、のけぞってしまう。
 そして、壁のわずかな出っ張りに足をかけ、一気に民家の屋根に駆け上がる。実に素早い動きだった。
「いたたたた」
「おい、おんた、大丈夫か?」
 当の猫は盗んだ魚をくわえ、人間の手が届かない場所を悠々と歩いていく。

「これじゃ、と思ったよ。あの猫の動きがヒントになった」
「それで、できたのが……?」
「あれ」
 ゴンザレスは再び、鋼鉄の巨大な猫に目をやった。
「どうかね?」
「そうだな。この前よりはマシかな。機関銃が乗った四角い箱に足が付いて、後ろから兵士が有線ラジコンで動かすのよりは」
「首の後ろがコクピットじゃ。乗ってみてくれ」
 わかったよ、とゴンザレスは歩き出した。
猫型機獣は伏せた姿勢になっているので、よじ登って乗ることになる。
ハリコフ博士はスピーカーを取り出し、ゴンザレスに話しかける。
「乗ったらインカムがある。それをつけろ。無線モードとスピーカーモードがあるから、無線にするんだ」
「これだな」
 猫型機獣から声がした。
「それはスピーカーモードだ、インカムのスイッチを動かせ」
『これか』
 今度は無線機から声がする。
「おう、それじゃ。それからベルトを締めろ。エンジンが起動する」
『キーじゃないのか』
「とにかくやってみ」
『くそう、変なレバーはあるし、計器は増えているし、扱えるのかよ』
「上手く扱うためのテストじゃ」
『まあ、この前のラジコンよりはいいか。これだな……』
 猫型機獣の両目が光った。
そして、伏せの体勢からゆっくりと立ち上がった。
 ハリコフ博士は無線を取った。
「どうじゃ!」
『た、たけーっ! こんなに背が高かったら、目立って狙われちまうよ! こんなにでかくて本当に動くのか? おっ、なんだ? この【鳴く】というボタンは』

 にゃー。

 猫型機獣がガクッと頭を垂れた。
『おい、ふざけんな! なんだ、今の力の抜けるような音は!』
「威嚇できるようにな」
『こんなかわいい鳴き声で、何が威嚇だ!』
「それは試作機だといったろ! 実戦には狼型やライオン型を配備して『ガオー』とか『ウオーン』とかいう鳴き声にしてやるわ!」
 それから、ハリコフ博士は無線で操作方法を教える。
 レクチャーは大体一時間で終わった。
「よし、まずは歩かせてみろ」
『わかった』
 猫型機獣はゆっくり歩き出した。本物の猫が歩くように。
 次、走る。
 猫型機獣が両後ろ足で地面を蹴り、両前足で着地。それを素早く繰り返す。背筋が激しく上下に動き、その動きが足に伝わっていく。
 ジグザグ走行の指示が出た.が、これも簡単にこなしてしまった。
 その間、無線からはゴンザレスの叫び声が止まらなかった。
『うわあぁぁぁっ! はえぇぇ! こえぇぇぇ!』
「ゴンザレス、フルブレーキ!」
 両前足が地面をえぐりながら、機獣全体の体重を支えようとした。
 勢いがつきすぎ、一歩余分に跳ねてしまう。が、スピードは急激に落ち、停止。
「次じゃ。ゴンザレス。爪を立てろ」
『爪?』
「座席の横にあるレバーで動かすんじゃ。ボタンを押せば爪が出る」
 猫型機獣の前足の隙間から爪の形をした刃物が出た。
『オオ、出た』
「次は牙じゃ。牙をむけ」
『こうか』
「お前の牙じゃない、機獣の! 【鳴く】ボタンの隣に【噛み付く】ボタンがあるじゃろう? それを押すんじゃ」
『わかった』
「よし次。向こうに見える柵を飛び越え、敵を倒して、魚を取って来い」
『魚?』
「うむ。途中、的が出てくるから走りながらペイント弾を撃て」
『よし、あそこだな』
 猫型機獣は反転した。
それらしき柵……貨物用コンテナを積み上げただけの簡易的な物だが……がある。
そして、柵と機獣の間に何本かの的が立てられていた。
 猫型機獣の背中には、砲台が乗せられていた。
走りながら砲台を動かし、撃つ事ができるそうだ。
『よし、行くぜ!』
 猫型機獣は走り出した。
 スピードは一気に最高のものとなった。
 背中の砲台が左右に動き、的を撃ち抜いていく……はずだった。
 一発目は当たった。
二発目は的の端に当たり、飛び散った塗料が地面や軍用車両に降り注いだ。
そして三発目は、的にかすりもしなかった。
「こら! ちゃんと当てんか!」
『早くて狙いがつけられないんだよ!』
 台詞が終わらぬうちに、猫型機獣は柵に飛び越えた。
 その先に敵がいるという想定だが、いたのは大破し、動かなくなった戦車。
 猫型機獣が戦車を見下ろす。
その大きさの対比は、まるで本物のネコとおもちゃの戦車。
爪を立てた猫型機獣が、戦車の横っ面を張る。
戦車は破片を撒き散らしながら宙を舞い、地面に落ちて大きな窪みを作った。
「決まった! 戦車を一撃じゃ!」
『どうだい! アッ、これか魚は! 古新聞で簡単に作りやがって』
「すまんすまん、経費がなくてな」
『まあいいや。見てろよ! かっこよく大ジャンプからの着地、決めてやるからな! トウッ!』
 掛け声と同時に猫型機獣が柵を飛び越えた。
 そう。
それは、鋼鉄の猫の形をした単なる機械じゃなく、伸びやかで、しなやかな、猫という生物そのものの動き。
ほう、とハリコフ博士も嘆息した。
 しかし、後ろ足が柵に引っかかった。
バランスが大きく崩れた。
 無線から、文字にできない声が聞こえた。
 猫型機獣は地面に落下。
その姿はまるで、テレビで見るお笑いの人のようであった。
 機獣は倒れたまま、動かない。
どうしたのだと周囲がざわつき始めたとき、機獣から煙があがった。
「水だ、水!」
「ぶっかけろ!」
 周囲で見ていた兵士や整備士が、バケツやホースで水をかけ始めた。
ハリコフ博士が無線で呼びかけたが返事はない。
スピーカーに持ち替えた。
「ゴンザレス、大丈夫か! これからバーナーやクレーンでハッチを引き剥がす。もう少し待て。聞こえるか? 聞こえているなら、鳴け!」

 ニャ~。


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執筆者名:迫田啓伸

一言アピール
弱小サークルですが、よければ覗いてやって下さい。
しかしこの作品、アンソロジーの中では浮いているかもしれませんね……。

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