ありきたりな猫

あたしはありきたりなどこにでも居るふつーの猫。毛並みは真っ白で長いシッポが自慢。瞳は空のように綺麗だから、って下僕からは「ソラさん」と呼ばれているわ。下僕は二人。今はね。昔は下僕の家族ってのがいっぱい居たんだけど、みんな大きく育って外へ出てったわ。よその子が大きくなるのってホント早いもんよねー。昨日までハイハイしていたと思ったらあっという間に掴まり立ちして、いつの間にか歩いたり転んだり走ったりして。気忙しいったらありゃしない。

毎日じっとしてるのもなんだからパトロールへ行くわ。趣味は日向ぼっことパトロールよ。あたしは仕事なんてしないの。猫は貴族なのよ。するわけないじゃない。くだらない仕事なんてものは下僕にさせてればいいのよ。だけど貴族には義務があるの。ノブレスオブリージュ、ってやつよ。義務を果たしてこそ、食っちゃ寝生活が保障されるのよ。

この村はどこにでもある平凡な村よ。ずーっと前から山の斜面にへばり付くようにひっそりとあるわ。この辺りにひとが住み始めたのはかれこれ三百年ぐらい前なんですって。村の貯水池に住んでる、角と足の生えた、ちっちゃい蛇が言ってたわ。あたし数字には弱いのよね。蛇のクセに空飛ぶのよ、アイツ。ちょっと生意気じゃない?

最初に住み始めた男の話を知りたかったら山の中腹にある小さな祠の裏に火を噴く小さなイモリに聞けばいいわ。最近、退屈してるみたいだから。無表情に見えるけど、さみしがり屋なのよ、あのイモリ。悪い奴じゃないわ。あたしは水なんて大っキライだけど、温泉ってのもあるのよ、この村。地面の奥に火の塊があるから地下水があったかくなるんですって。温泉もイモリの管轄なんだ、ってやけに誇らしげだったけど、茹でイモリになっちゃわないのかしらね?

祠から山道を登って行く途中に細い脇道があるでしょう。あそこを進んでいくと、森の長老に会えるわよ。まあ長老って言っても、めちゃくちゃ大きな木なんだけど。けっこう情報通なのよ。身動きできない分、いろいろ耳があるみたいね。村人も長老のことは大切にしているみたい。村の人間には脇道の入り口が見えるんだけど、旅行者や通りすがりの人間には見えないようになっているんですって。不思議ね。

山の裏手は急斜面の崖になっていて山越えでこの村に入るのはかなり困難ね。村に入りたかったら素直に下の街道から来るしかないわ。村が行き止まりになってるから行商人以外の人間はあんまり来ないんだけど。たまに来るのよ。王都からの使者、ってのが。こんなど田舎の村になんの用か知らないけど、王さまってのは物好きなのかしらね?

そうそう、この村に最初に住み着いたひとの話だったわね。そうね……アイツは、ちょっと変わってたわね。

アイツはまず炭焼き小屋を建てたわ。まず、虫みたいな羽根が生えた光るヤツがふわっと山の斜面を飛んだら、木がバタバタ倒れた。何をどうやったのかわからなかったけど。次に岩の塊みたいなゴーレムが倒れた木を集めて積んで、地面をならした。2本足で立つ山羊とか、金色の鬣の獣とか、ここいらじゃ見たこともないような生き物なんかも入れ代わり立ち代わり、アイツの作業を覗きに来ては何か手伝いしてったわ。あたし?ずっと作業を見ててあげたわよ。貴族の義務だもの。

下の村?あれは炭焼き小屋が出来たあとに出来たのよ。身なりの良い、すっごいかっこいい男のひとが炭焼き小屋を訪ねて、アイツに泣いて取り縋る勢いでなんか言ってたわ。難しいことはよく覚えてないけど。王都、って言ってた気がするから、かっこいい男のひとも王都からの使者だったのかも。しばらく毎日炭焼き小屋へ来てたんだけど、ある日帰るんだって挨拶に来て、長いこと抱き合ってたわ。アイツは泣いてなかったけど、かっこいい男のひとはめっちゃ泣いてた。今思い出してもちょっと引くぐらい号泣してた。

かっこいい男のひとが去ったあと、炭焼き小屋から少し離れたところに人が移り住んで来たわ。みんな身なりが良くて、どことなく人品の卑しくない感じ。アイツは数日で炭焼き小屋を建てちゃったけど、下の村は木を切り倒すところからだったから、何か月もかかってたわね。たぶんあれがふつーなのよね。村人たちは自分たちのほうから炭焼き小屋へ行かなかった。見守ってるのか見張ってるのかよくわからなかったけど、たぶん大事だったのね、アイツが。

山の中なんだけど、この村は居心地がいいわ。雪は積もらないし、雨や風も強くないし、夏もちょっと涼しいし。行商人に言わせるとこの国で一番居心地が良い、なんて、ちょっとお世辞が過ぎるんじゃないかしら?森の長老に言わせると、この国で最も霊格の高い存在が常駐してるんだから当たり前だ、って笑ってたけど。木って笑うのね。可笑しいわ。

アイツは日がな一日中、虫の観察をしているかと思えば、キノコの絵を描いたり、ごちゃごちゃした機械をいじったり、分厚い本を読んだり、メモに図形や文字を書き散らしたり、まぁ概ね気ままに暮らしていたわ。たまに下の村にフラッと現われて村人たちと喋ったりしてたけど、あんまり寂しそうには見えなかった。いつも独りだった。ある日フラッと現われたみたいに、ある日フラッと居なくなっちゃったしね。村人たちには何も言い残してなかったみたいで、王都からの使者が青い顔してすっ飛んで来たわ。

炭焼き小屋には何も異変はなかったみたい。着の身着のまま、フラッと出て行っちゃったのね。きっとどこかで元気にやってるんだわ。

アイツが居なくなってしばらくしたら、アイツの紹介だ、って言って子供が炭焼き小屋へやって来たわ。村のひとも王都からの使者もアイツの話を聞きたがったみたいなんだけど、子供がアイツの書いた手紙を持ってたから、子供は村に迎えられて大切に育てられた。子供には「さいのう」があるんだ、って木の長老は言ってたわ。よくわからないけど。

その後も「さいのう」のある子供がときどきアイツの紹介状を持って炭焼き小屋へやって来た。村人もそうなると心得たもので、丁重に子供を迎えて育てるようになったわ。その頃から移住者も少しだけ増えた。村の産業は余所者にはナイショなんですって。子供たちは、図形や文字の書き溜められたメモを元に、アイツが作っていたようなごちゃごちゃした機械を作って、王都からの使者が来ると渡してる。けっこう良いお金になるみたい。表向きは農業と林業が主な産業らしいけど、行商人に言わせるとそんなのはオマケみたいなもんなんだって。

アイツは結局、炭焼き小屋へは戻って来なかった。だけど、何百年も経った今でも「さいのう」のある子供は時々、招待状を持って村へやって来るし、角と足のある蛇も、森の長老も、ゴーレムも、イモリも、アイツのことを待ってる。あたし?シッポが二本になっちゃったけど、別に、あたしは待ってるわけじゃないわ。

この村はどこにでもある平凡な村だし、あたしはどこにでも居るありきたりな猫よ。
よくわかったでしょう?


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兎角毒苺團(URL等なし)直参 A-1(Webカタログ
執筆者名:伊織

一言アピール
すこし不思議系とか幻想伝記系多めです。

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ありきたりな猫” に対して1件のコメントがあります。

  1. セリザワマユミ より:

    いや、ありきたりじゃねえっすよ、猫様
    多分猫神様っていうんですよ…

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