ねこといぬ

 それはある夜の夕食時の出来事。
「明日、一緒に猫カフェに行こうよ」
 彼の唐突な提案に、思わず箸を取り落として「はぁ?」と棘を返す。
「あたしが猫アレルギーなの知ってるでしょ?」
「アレルギーって言うけど、別にちゃんと診断されたわけじゃないだろ。君のはただの毛嫌い」
「毛嫌いだろうがなんだろうか、嫌なものは嫌なの。それに、明日は一緒にドッグカフェに行こうと思ってたんだから」
 言うと、今度は彼があからさまに嫌な顔をする。
「僕が犬苦手なのを知っててそれを言うわけ?」
「何よお互い様じゃない」
 その瞬間、どこかでゴングが鳴った気がした。
「犬は最高よ。彫りが深くてオレサマなイケメンから、ちっちゃくて人懐こいプリティ系までいるんだから」
 従順で誠実で純真なまなざしを想像して悦に入る。
「それを言うなら猫だって、毛足が長くてふわふわのラブリー系から、スタイルのいいセクシーモデル系まで、可愛い子ばかりなんだ」
 多分同じようなことを考えているんだろう、虚空を見上げて頬が緩みまくっている。
「うわ、なんかその言い方って……うわぁぁ」
「な、なんだよ」
「要はハーレムを満喫しようって魂胆なわけね」
「ちょ、誤解を生むような発言はよしてくれよ。僕はただ、君にも猫を好きになって欲しくて」
「ほんとにぃ? 猫嫌いなのをいいことに、彼女を一人置いて外の女に走ろうって魂胆なんじゃないのぉ」
「だから、そういう言い方ってないだろ」
 その顔が少し怒っている。
「僕はただ、僕の好きなものへ気持ちを君とも共有出来たら幸せだなって思っただけなんだ」
 次に向けられたのは、どうして解ってくれないんだと言いたげな、少し哀しそうな顔。流石に罪悪感が湧いて、でもやっぱり恐いしと堂々巡りしていると、ふと妙案が降ってきた。
「そんなに猫が好きなんなら、あたしが猫になってあげる。猫は女性の象徴って言うし、いっそ猫耳でもなんでもつけて生活してれば、猫カフェに行かなくても、家の中で愛でてる雰囲気ぐらい味わえるでしょ」
「え」
「え?」
 どうだ、と胸を張ったのも一瞬。彼の戸惑う視線を受けてはっとした直後、発言のとんでもなさに全身が燃え立つ。
「あの、いや、その」
 羞恥のあまりあわあわしていると、彼が至極真面目な顔で覗き込んできた。
「それって本気?」
「べ、別にそのくらいなら構わないわよ。いきなり猫に囲まれるよりは、ちょっと猫の気持ちを味わって慣れてみるのもいいかなって思っただけ」
「ほんとに?」
 今までにないくらい肉食系な輝きを点す目にドキドキしながら、無言でひとつ頷く。すると途端に満面の笑みがこぼれた。
「じゃあ僕も犬の気持ちになってみようかな」
「は?」
 一体どういう意味なのか。深く考えると恐ろしい気もしたが、目の前の愛嬌のあるにこにこ顔が、まるで尻尾をぶんぶん振ってる子犬に見えて思わずキュンとする。
「これが好きなのよね」
 思わずぼそり。
「ん? 何か言った?」
「なんでもない」
 半ば諦めに似た息をついて、改めて二人で明日の行動を相談する。
 そうして、結局買い物に出掛けることに決まった。
 何を買うのかって?
 それはもちろん二人だけの秘密だよ。


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執筆者名:水成豊

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テキレボ初参加(委託)で緊張気味ですがよろしくお願いします! 剣と魔法の王道FT、甘甘現代恋愛、SF(すこしふしぎ)などを長短交えて取扱っていますので、どうぞお立ち寄りください!

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