この素晴らしき難問

「今回はね、『キモノ』を作って欲しいのよ」
 ここはとある街の一角に有る小さな仕立て屋。
 この店の主人は穏やかで腕が良いと言うことと、納期を決して破らないと言う事で、貴族達からも信頼を得ている。
「失礼ですがアヴェントゥリーナ様、『キモノ』と言うのは一体何なのでしょうか?」
 この店の主人であるカミーユは、お得意様の貴族、アヴェントゥリーナから聞いたことも無い単語を出されて困惑する。
 笑みを浮かべては居る物の、眉尻を下げて訊ねるカミーユに、アヴェントゥリーナは付き人に用意させた何枚もの紙を見せる。
「『キモノ』って言うのは、東洋の島国、ジャポンで着られているドレスらしいのよ。
私のお友達が一着持っててね、すごく素敵だから私も欲しいの」
「東洋の、ですか」
 カミーユは一言断り、テーブルの上に並べられた紙を一枚ずつじっくりと見る。
 その紙には、少し掠れのある、けれども鮮やかな色で彩られた、平面的な女性の絵が描かれていた。
(随分と高く髪を結って飾りを付けているなぁ。これは東洋の貴族の女性かな?
それにしてもこの女性達が着ている服はどうなっているんだろう。プリンセスラインの位置が何かおかしい気がする……)
 資料として出されたであろうその絵を見て、カミーユは色々と思考する。
 まず、服の作りが見たことも無い物であると言う事はわかった。
 それから、腰に巻いている太い布はコルセットを外側に付けていると言うよりは、リボンか何かだろうという推測も出来る。
 正直言って、作りのわからない服はどの程度納期を見れば良いのかがわからないので、仕事として受けるのは抵抗がある。けれども、華やかな女性の絵を見たり、アヴェントゥリーナが楽しそうに語る様を見て、興味は湧いた。
「カミーユ君、『キモノ』を作ってくれるかしら?」
 期待に満ちたアヴェントゥリーナに、カミーユは少し考えて、こう答えた。
「そうですね、この『キモノ』と言うのがどういう作りなのかが全く解らないので、正規の注文としてはお受け出来ません」
「そうなの?」
 どうやら断られるとは思って居なかったようで、アヴェントゥリーナはきょとんとした顔をしている。
 怒ることはしないけれども、子供のように純粋な目で、ぢっと見つめてくる彼女に、カミーユは言葉を続ける。
「ですが、僕個人としてもこの『キモノ』と言う物には興味があります。
なので、僕が趣味として作って出来上がった物で宜しければ、それに値段を付けてお譲りすることは出来るかなと、そう思います」
 カミーユの言葉に、アヴェントゥリーナはにこりと笑う。
「それじゃあ、作ってくれるのね?」
「努力はしますが、作ることが出来たら。と言う仮定の話ですけれどね」
 仮定の話ではあるけれども。それを了承しているのかどうか定かでは無いが、アヴェントゥリーナは上機嫌で、よろしくね。と言い残し、店を出て行った。

 それから暫く、カミーユは他の仕事の合間に、アヴェントゥリーナから預かった絵を見て色々と試行錯誤をしていた。
 正面からの絵にはプリンセスラインらしき物が入っているけれども、背面からの絵には入っていない。前面だけ立体にして、背面だけ平面にしているのだろうか。
 襟も、一見切り替えのような物が有るような気はするけれども、絵を見る限り一直線だ。
 横から見た絵の中には、随分と脇が開いているように描かれている物も有る。これは何故開いているのか。
 それに、太いリボンの下から覗いている幅の広いタック。これは何のために付いているのだろう。
 色々と考えても、『キモノ』の真相が見えてこない。
「……本当にわかんない……正規注文にしなくて良かった……」
 当分の間、この事で頭を悩まされることになりそうだった。

 ある日曜日の礼拝の後、神父様と少し話をしていて、ふとシスターの服が目に入った。
 そのシスターはまだ若く、背が低い。着ているワンピースは袖が長く、手の甲まで覆っている。スカートも丈が長く、くるぶしまですっぽりと隠れて居るどころか、腰の辺りをベルトでたくし上げて、なんとか引きずらないようにして居るようだった。
 その様子を見て、なんとなく、『キモノ』を着ている女性の絵が頭に浮かんだ。
「カミーユ君、どうしました?
あのシスターが、なにか?」
 神父様の言葉にはっとする。
 不思議そうな顔をする神父様に、シスターの服を見せて欲しいと、カミーユは頼み込む。
 シスターが良いと言えばですけれど。と神父様は言っていたが、なんとかシスター服を見せてもらう事が出来た。

 シスター服の作りを見せてもらったカミーユは、家に帰ってすぐにメモを取った。
シスター服はプリンセスラインが無く、『キモノ』の様に平面的だった。そして、『キモノ』を着ている絵で描かれている、リボンの下のタック、あれは飾りでは無く、あれの幅で丈を調節して居るのだろうと言う推測が立てられた。
 なぜ『キモノ』の脇が大きく開いているのか、あの太いリボンはなんなのか、その謎は未だに解けないけれども、作り始めるに当たって一番障害となっていた謎が解けたので、試作を始めることが出来そうだった。

 正規で請け負っていた注文を全て納品し終わった頃、暫く受注を止めて、『キモノ』の試作を繰り返した。
 過去の注文で採ったアヴェントゥリーナのサイズを参考に、何着も『キモノ』を縫う。
 そんな事を何度も繰り返し、なんとか『キモノ』の服の部分が出来上がった。
 けれども、問題が一つ残っていた。
 腰に巻く太いリボンを、どうやって作れば良いのかがわからないのだ。
 『キモノ』を作るだけでいっぱいいっぱいで疲労困憊してしまったカミーユは、弟二人を居間に呼んで、知恵を借りる事にした。

 資料の絵を見た上の弟、ギュスターヴは難しそうな顔をして言う。
「う~ん、なんつーか、これリボンの後ろになんか飾りみたいなの付いてるよな?」
「うん、付いてるんだけど、それの扱いで困ってる……」
「見た感じ共布っぽいけど、わざわざ飾りを縫い付けてんのかな?」
「でも、縫い付けてるにしても、どこでこのリボンを留めてるのかわかんないんだよ」
 二人で唸りながら、リボンの留め方や飾りの付け方で悩む。
 その様子を見ていた下の弟のアルフォンスが、こう言った。
「別にこれ、長いの巻いて結べば良いんじゃない?」
 その言葉に、カミーユはぽかんとする。
「えっ? 結ぶって、なんでそう思ったの?」
「いや、何でも何も、リボンって結ぶ物だよね?」
 リボンは結ぶ物。至極当たり前のことを言われ、逆に戸惑ってしまう。
 普通に結んだだけでこの絵のようになるのか。そうアルフォンスに問いかけると、アルフォンスはカミーユに許可を取って、作業場から細長い布を持って来た。
 それを、棚の上に乗せていた猫のぬいぐるみを持って来て、胴体に回して背中で蝶結びし、垂れている尻尾を布の下をくぐらせて引っ張り上げ、蝶結びの結び目に被せる。その尻尾で結び目を包むようにし、細い紐で固定して、紐をお腹の前で結ぶ。
 すると確かに、結んだだけなのに絵に描かれているような飾りを付けたリボンになった。
「ね? 簡単でしょう?」
 弟の発想に、兄二人はただただ驚くばかり。
 驚いてはいたけれども、
「アル、ありがとう。これでアヴェントゥリーナ様に渡せそうだよ」
 そうお礼を言うカミーユを見て、アルフォンスは満足そうだった。

 それから少し経って、カミーユはギュスターヴと共に、『キモノ』を持ってアヴェントゥリーナの元を訪れた。
「あらー、カミーユ君、本当に作ってくれたのね~」
 『キモノ』を見て喜ぶアヴェントゥリーナの隣では、その息子が申し訳なさそうに笑って居る。
「あの、母上がまたなんか無理難題言ってしまったようで申し訳ないです」
 その言葉に、カミーユは微笑んでこう返す。
「いえ、なかなかに素晴らしい難問でしたよ」


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インドの仕立て屋さん(URL
執筆者名:藤和

一言アピール
ちょっと不思議なゆるふわファンタジーを書いています。
普段は現代物っぽいのが多いですが、今回は時代物っぽい物を寄せさせていただきました。

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この素晴らしき難問” に対して2件のコメントがあります。

  1. つんた より:

    見た限りじゃわかんないですよね。キモノ。実はたたむとまっ平らな折り紙状態になる代物。職人さんおつかれさん。私はキモノつくって生きてる職人です。苦笑

    1. 藤和 より:

      感想ありがとうございます。
      本職の方からすると「そうじゃ無いだろう」という点も多いかと思いますが、書いた本人が洋裁系の人間なので、大目に見て戴けたらと思います。
      着物のお仕立てが出来る人は、本当にすごいと思います。

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