和をもって和み、和と成す

「『和』というのは、人と人が仲良くして、初めて成り立つものです」
 かつかつと軽快な音を立てながら、大学を卒業したての若い女教師は、白チョークで黒板に大きく『和』という字を書いた。
「皆さんも、お友達との『和』を、大事にするように」
 はーい、と、元気の良い応えが返って、あちこちから手が挙がる。教師がそれを満足そうに見渡した時、丁度チャイムの音が鳴った。
「はい、道徳の授業はここまで。皆さん、中休みです。仲良く遊んでくださいね」
 はーい、とまた元気の良い返事。教師が出てゆくのに続いて、「手打ち野球やろうぜー!」と男子達が駆け出して、「縄跳びしよう!」と幾人かの女子が出てゆく。
 真理亜は道徳の教科書とノートを机の上で揃えて、仕舞い込む。その間に、女子の中でも、お金持ちで友達の多い唯香が席を立った。
「希美、外行こう。瑠璃も一緒に」
 唯香はフリルの多い白スカートを揺らしながら次々とクラスメイトに声をかけ、声がかかった女子は笑顔で立ち上がり、彼女の後ろにつく。唯香は何人かに声をかけ、真理亜の席へ近づいて来て。

 友人達と談笑しながら、当たり前のように真理亜の横を素通りした。

「沙也、行こう!」
 最後の一人を呼び、幾人もの女子を引き連れて、唯香は教室を出てゆく。真理亜はぽつんと、すっかり静かになった教室に取り残された。
 小学五年生にもなればわかっている。人と人の『和』とは、わかり合う為に作るものではない。目立つ者が、いかに自分の居心地が良いように、自分がもてはやされるように、自分が中心に居座れるように作り上げるか、という、大人になる為の予行演習だ。
 父も毎晩「今日も頭下げっぱなしだよ」と発泡酒をあおりながらぼやき、母は弟の拓己が通う幼稚園のママ友としょっちゅう昼ご飯を一緒に食べているらしく、時には手作りのお菓子を持ってママ友の家へ行かなくてはならなくて、「明日は何を持って行こうー。クッキーはもうパターン出尽くしちゃったしなあー」と途方に暮れている事がある。
 小学校のクラスは、そんな大人世界の縮図なのだ。『和』を保てない者は、つまはじきにされる。中心に居る者を持ち上げられる器用さを持たない者は、『輪』の外に置かれる。
 四月にクラス替えがあって今のクラスになった時、「なじめない」と真理亜は思ってしまった。クラスメイトと距離を取り、唯香にもおべっかを使わなかった。そのしっぺ返しが来ただけだ。
 いじめられている訳ではない。クラスメイトは必要があれば――唯香でさえも結局――普通に話しかけてくれる。それに、別に一人は嫌いじゃない。好きな本を読んでいれば、中休みもあっという間に終わる。
 中学生の姉である蓮花の本棚から借りて来た少女小説を読もうと、机の横にかかっているかばんに手を伸ばしかけた時、真理亜は、自分以外にもう一人、教室に残っている人物が居る事に気づいた。
 窓際の席で頬杖をつき、何か雑誌のような物のページをめくる少女。肩までの髪が、窓から射し込む太陽光に照らされて、明るい茶色に光っている。
 転校生の美華だ。半月前にクラスに入って来たこの少女は、特に誰とも親しくする訳でもなく、口数も少ない。それでいてテストでは満点ばかりを取るので、唯香が気に食わないのか、
「お高くとまってる、って、ああいう事を言うよね」
 と聞こえよがしに友人達と交わして『和』を保っていたのを覚えている。
 別に、お互い席も離れているし、関わり合わなくても良かったのだろう。だが、真理亜は惹かれるように席を立ち、美華の机に近づいて行った。
「何、読んでるの?」
 問いかけに、つりがちの目がつとこちらを向く。表情が顔に乗らないので、すげなく無視されるかと思ったが。
「和装」
 意外にも、答えは端的に返って来た。
「え?」
「うちのお母さんが、着付けの先生をしてるの。私も将来出来るようになりたいから、和装の本を読んでるの」
 ぽかんとしていると、「見る?」と、美華は自分が読んでいた本を真理亜が見やすいように向けて来た。隣席の椅子を引いて来て座り、誌面を覗き込む。
 モデルの女性達が、着物をまとって立っている写真が何枚も載っていた。自分やきょうだいの七五三や、従姉の成人式で見たような、派手な色や柄ではないが、落ち着いた雰囲気の着物を、姿勢の良いモデル達が着ている事で、言葉で表現しきれない華やかさがある。
「……すごいね」
 ページを繰りながら真理亜が思わずぽつりと洩らすと、美華はふっと息を吐いた。笑ったようだ。
「もし興味があるなら、今度うちに来る? 着物まできちっとしてなくても、お母さんなら浴衣の着方を教えられるから、夏休みも近いし、いいんじゃないかな」
 がばりと顔を上げると、美華はゆるく口元を持ち上げ、目を細めていた。
「浴衣を着られるようになったらさ、一緒に花火大会に行かない?」
 真理亜はぱちくりと瞬きをして、美華の言葉の意味を咀嚼する。そして理解した瞬間、「うん!」と、振り子人形のように何度も首を縦に振るのであった。

『和』から外れた二人が、和をもって『和』を成した。
 和みの時間は、中休み終了のチャイムが鳴るまで、穏やかに過ぎた。そして、築かれた小さな『和』は、これからも静かに続いてゆくのだろう。


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執筆者名:たつみ暁

一言アピール
今回は女の子の友情が生まれる『和』の成立する物語を描いてみましたが、普段は女子力(物理)なヒロインと苦労するヒーローが精神的に対等になってゆくようなファンタジーを書いています。現在のメインは、恋愛ファンタジー大長編『アルテアの魔女』です。多分当日4巻が新刊で出ますので、よろしくお願いいたします。

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