彼の行方、その謳の向こう側 ~食堂にて~
詩を持って和を可と成す言葉――
5と7のリズムに願いを込めて
それが「和謌」だ。
そんな和謌を専修する「シンナバー和謌学園」にある食堂にて、二人の生徒が苦い笑みに涙を浮かべていた。
楽しいはずの朝食の時間が、地獄の時間に変わった瞬間であった。
「はは、グリーンピース……だ」
チャーハンに紛れた大量の緑のツブツブを見つめて苦しそうに呟いたのは、ユーディア・オパールという
「ああ、ニンジン……がは」
同じくチャーハンに紛れた大量の5mm四方の赤いブロックを見て絶望の淵に立っているのは、フェナ・カイトという
二人のメニューは同じなのに食材の配分が違うのは、寮長と料理長を兼任している謎多き人物からの嫌がらせに近い心遣いからだった。そしてこの食堂には絶対遵守のルールが一つ。
お残しは許しまへんで。である。
「私……今日学校行けないわ……」
全寮制であるこの学園は、ほぼすべての食事をここで済まさなくてはいけない。美味しいものは美味しいが、こうして嫌いな食材をピンポイントで全ての生徒に提供するときがあるので、たまに恐ろしくなる。
ユーディアが赤褐色の瞳を伏せると、少年もそれに続いた。
「ボクもムリですこれは……」
もはや少年に至っては、黄土色の瞳がまぶたの裏へ旅を始め、泡を吹く一歩手前だ。
これが原因で学校には何度も遅刻しそうになったが、今までは何とかなっていた。しかしいよいよ寮長兼料理長も本気でこちらを殺しにかかってきたようだ。
だが生き物とは、死の淵に追いやられた時にこそ真の力を発揮する。
白目をむいていた少年、フェナに電撃のような天啓が落ちてきた。
「そうだ、和謌だ……」
「え?」
「和謌ですよ、ユーディアさん! ムリして食べなくても、和謌でなんとかすればいいんです!」
小声で叫ぶという器用な真似をして、少年は息巻いている。
「『なんとか』ってどうするの? 和謌は万能じゃないわよ?」
ユーディアが言う通り、和謌は生み出すか喚び出すかという、いわゆる「召喚術」に近い。そんな召喚術なんかで嫌いな料理をどうにかしようという発想からして考えられなかった。
「例えば、袋を喚び出して入れるとか」
「入れた袋はどうするの? その後は? ゴミの分別とかはちゃんとしないと私イヤだからね?」
そこそこ量のある朝食をそのまま袋に入れたら結構な量になる。そもそも「お残しは許しまへんでルール」があるため、生ゴミを捨てられる場所に心当たりがない。
というか、ユーディアも意外と自分に厳しい人だった。
「代わりに食べてくれる生き物を喚び出すとか」
「私たちそんな高度な和謌は謳えないでしょ。鳥どころか虫も喚べないんだから」
無機物であればともかくとして、有機物を喚び出すには二人の練度は圧倒的に足りなかった。どちらかと言えば和謌を苦手としている二人なので、余計にダメだった。
「ユーディアさんが花を喚び出して養分を吸ってもらうとか!」
「なるほど! いったい何日かかるんでしょうね?」
「…………」
「…………」
絶望が再び二人を包み込んだ。
「ボクが火で……」
「温める?」
「ですよねー……」
消し炭にするアイデアだが、当然そこまでの高熱を発揮するほどのものは謳えっこない。
異様な緑に染まったチャーハンと、異常な赤に支配されたチャーハンを前に、少年少女は成す術を失った。落ちてきた天啓は、亜音速をぶっちぎって通り過ぎる、地獄までの直行便だったようだ。
だが、少女はまだ諦めていなかった。
「……ユーディアさん? いったい何を?! ――ま、まさかっ?!」
意を決したような眼差しで、その手に握るは銀のスプーン。丸みを帯びた先端を、緑の山へ突き刺してすくい上げ、小さな口へと運んでいく。
その手は震えていて、顔面は見るからに蒼白。紅い髪も相まって、余計に白く見えた。
「そんな……ユーディアさん! 無茶です!」
「無茶でも……食べなきゃ授業に出られないじゃない!」
二人は真剣そのもの。まるで戦地へ赴く前のようだが、対峙しているのはただのチャーハン。命のやりとりというわけでもなく、実にシュールだった。
「でも……!」
「フェナ君……キミは、私のようになってはダメよ」
この学園へは和謌を学ぶために通っているのだ。たかが
そして、震えるスプーンの先端と、嫌がる心を強靭な精神力で押さえつけ、口の中に押し込んだ。
「~~~~~っ?!」
何かを訴えようとしている少女だが、口の中に食べ物があるので必死に堪えている。美しく均衡のとれた顔も、この時だけは悲痛に歪む。
言っていることはわからないが、言いたいことは痛いほど伝わってくる。
『こんなの食いもんじゃねぇー! クッソまじぃよコンチクショウ!』
――と。
もちろんここまで口の悪い少女ではないが、当たらずとも遠からずであった。
水を口に含み、無理やりに飲み下す。そうでもしないと地獄の時間がいつまでも続く。
「――っぷはぁっ! 死ぬ! 死ぬ死ぬ! 死ぬ死ぬ死ぬ!」
「ユーディアさん落ち着いて! 死にはしませんから! たぶん!」
半狂乱に陥った少女をなんとかなだめ、落ち着かせる。
普段の彼女は面倒見も良く、クラスの委員長としてリーダーシップも発揮している。
飛び級の転入生であるフェナはそんな彼女に何度もお世話になり、今ではクラス公認の「お姉さん役」として認識されているが、もはや頼り甲斐のある委員長としての威厳は見る影もなく粉々に粉砕されていた。
好き嫌いの激しささえなければ、非の打ち所がない美少女なのに、もったいなかった。
「たった一口でこのダメージ……いったい一粒にどれだけの威力があるというの……?!」
嫌な汗を額に滲ませたユーディアが、憎々しげに一口分減ったチャーハンを睨みつける。
千里の道も一歩からというが、一歩が小さすぎた。この調子だと、1日が終わってしまうかもわからない。
決死の覚悟で口にした様を見て、なぜか少年の心にも火がついた。あからさまに余計な火だった。
「ボクも、負けてられません……!」
「フェナ君?! キミは無理しなくてもいいのよ?!」
「いいえ! ボクだって男です! ユーディアさんが一口食べたのにボクは食べないなんて、そんなのは許されません!」
どんな理屈なのか皆目見当も付かないが、少年の中では許されざる事項なのだろう。こうして時折、子供じみた対抗心を燃やすのは年相応の男の子といったところだ。
大きく深呼吸をして気持ちを落ち着けてから目をつむり、鼻もつまんでから――パクリ。
「…………ぶほっ」
「きゃっ?! フェナ君大丈夫?!」
鼻をつまんだことが原因か、最初こそよかったが気管の方に入って、盛大にむせてしまう。辛うじて下を向くのが間に合ったので、正面に座っていたユーディアへ被害が及ぶことはなかった。
「げっほゲホ……ゲホ!」
「ああもう、だから言ったのに……ほらこれ」
「す、すみま――ゲホ! すみません、大丈夫です……」
差し出されたハンカチをやんわりと断って、自前のハンカチで汚れた手と口をぬぐう。そして後から襲いかかるニンジンの味と匂い。
「くはぁ……?! もう食感から見た目から、何もかもがダメです……!」
「私もよ……」
お互いに一口食べただけでぐったりとダウン。
口直しに水を飲んで落ち着かせるが、人前でむせたというトラウマが、もともと無い食欲をさらに削いだ。
周りの生徒たちは楽しく談笑しながら、美味しそうにチャーハンを平らげている。四苦八苦しているのはユーディアとフェナの二人だけだ。
「みなさんよく平気な顔して食べられますよね、これ」
「ホントよね。味覚おかしいんじゃないかしら?」
どちらかと言えば味覚がおかしいのは二人の方だが、好き嫌いが激しい人は自分たちが少数派であることを認めようとはしない。食べられないのが正常であり、正しいのだと信じて疑わなかった。
「でも、ちょっと気になることがあるのよね」
「気になること? って、なんですか?」
「みんながみんな、普通に食べてるってことよ」
二人のチャーハンからわかる通り、寮長兼料理長は生徒の好みを全て把握している。だからこんな嫌がらせのようなメニューが実現できるにも関わらず、他の生徒は美味しそうに食べていた。
「そう言われてみれば、そうですね。僕たちだけっていうのは変な話ですよね」
好き嫌いが激しすぎて目を付けられているのだろうか。寮長兼料理長は全ての生徒に平等に嫌がらせするものだと思っていたが。
他の生徒をよくよく観察してみたが、二人のように食材の配分が偏っているチャーハンを食べている者はいる。つまりは、それを食べている生徒は嫌いな食材がふんだんに使われているはずなのだ。
だが、食べている。平然と。
そのまま観察の目を向けていたら、一部のテーブルでついに見てしまった。嫌いな食材が使われたチャーハンを平然と平らげるための秘訣を。
――スッ……。
同意の上で他人のと自分のをすり替えたのだ。
その一部始終を目撃した二人は、
「「……ああ」」
どおりで。と、平和的解決に納得の吐息を漏らしたのだった。
サークル名:とまりぎ ―梟―(URL)
執筆者名:鶴亀七八一言アピール
イベント用に書いているシリーズ物の日常を切り取った一場面になります。いろいろ書いていますが、基本はファンタジー要素のあるものを書いています。もしちょっとでも気になった方がいたら、よろしくしてやってください。
持っている能力はフルに使わなきゃいけないという法則はないのですよね(笑)
料理長の仕事に対する情熱というか、細かい差配(嫌がらせ)に感服です。やる方も大変そう。
二人のやりとりが微笑ましい。