社会は今日も不条理だから進んでも退いても後の祭り

「我社の誇るゲームソフト、その次回作の計画は、これまでのファンタジー世界を維持しながら三國志と現代日本の『和』を加えた、重厚で心洗われるような物語路線に決定した。一作目から最新作までの主要キャラ総出演の『お祭り』作品とする。無論新規のキャラも制作する。現行機で発売しているライバル作品を超えるグラフィック、流行りのフリーシナリオシステムの導入を必須とし、誰でも一年は飽きずに遊べる難易度とバランス調整を施した、オンライン要素の充実したRPGジャンルの、携帯端末基本無料アプリゲームにすること。納期は八ヶ月後だ」
 渋顔の部長が開発部に上層部の決定事項を通達したとき、スタッフの表情に絶望が浮かんだ。これまで据え置きゲーム機のソフト開発に絞って技術を高めてきたのに、突然アプリへの方向転換。昨今のゲーム業界では珍しくはないとしても、舵を切るのが余りにも遅過ぎる。いわゆる課金ガチャなどで稼ぐつもりだろうが、近年そちらのトラブルが相次ぎ、長期の安定した厳しい運営も要求されているこの生き残り競争が過酷なタイミングでの開発開始は、地雷原へ特攻しろと命令されているに等しい。とはいえ経営陣の方針には逆らえない。皆、頭を抱えながら新作の開発に着手した。
 開発部内で絶え間ない発狂の声が飛び交いながらも二ヶ月後、滑稽無糖ながらもシナリオとキャラ設定が固まった。「納期に間に合うかも」という僅かな希望が見え始めたのだ。頓挫するに決まっていると誰しも思っていたが、形になる物が出来ると俄然やる気が沸くものである。
 ところが、希望は功を焦った部長がその初期設定画を広報へ渡したことで悲劇に変わった。二週間後、発行されたゲーム雑誌でそれが「新作スクープ」として掲載されてしまったのだ。寝耳に水の開発班は血の気の引いた顔でその雑誌を読んだ。ゲームのサービス開始日まで確定されて、それも提示されていた納期の日に全エリアをプレイ可能とまで書いてあり目を疑う。開発班一同怒り心頭、部長に抗議したが聞く耳を持たず、広報は「期待しています」の一点張り。再び座礁の空気が流れ始めた。
 季節が一つ変わる頃。慣れないアプリ開発に四苦八苦しているとき、外注していたプログラムが届く。社内プログラマーだけでは到底間に合わないからだ。社運を賭けたナンバリングタイトルだけに、ある程度予算に余裕があったので依頼したのだ。だが、他社に仕事を回す事に不安を抱く者も多かった。
 案の定、外注していたプログラムが無慈悲なほど動作しないトラブルに見舞われた。既にサービス開始日は目前。上層部も無謀な仕事だと認識していたのか、あっさり延期が決まる。しかし、現実は予想より遥かに残酷でだった。
 ある日、蒼白顔の部長が朝礼で、開発班に告げた。
「新作はRPGではなくカードゲームに変更する。これは経営陣の決定である」
 皆カレンダーを凝視した。今日は残念な事に四月一日のエイプリルフールではなかった。みな罵詈雑言を尽くして部長に詰め寄ったが、沈黙を決め込まれた。彼も小刻みに震えて怒りを抑え込んでいる。スタッフ数人がその場で卒倒した。
 それから、三ヶ月が経過した。納期は過ぎサービス開始日は『未定』にかわり、外注したプログラムも全て無駄になり、苦心して作ったデータも半分以上がお蔵入りとなった。開発班の人手不足を解消するため、穴埋めに他の部署から人員が回されてきた。大学を出たばかりの新人も入ってきて、教育する間もなく仕事をあてがわれている。
 その後ソーシャルゲームの深刻な重課金問題の対応として、業界に課金上限など逆風が吹き始めた直後「やっぱりソーシャルゲームはやめよう」という仕様変更命令が降りた。
主任だった私、時富次郎は会社を見限って去った。

 その後私はゲーム業界とは縁のない会社に再就職し、順風満帆とはいかないもののそれなりに落ち着いた仕事に居着くことができた。
 しかし、件のゲームはいつまでたっても情報開示がなく、袂を分かった開発チームの安否が気になって仕方がなかった。早く仕事を終えられた時や、休日にこっそり前の会社の傍を通って様子を窺ったりもした。開発班のフロアはいつも、電気が点いていた。
 今の仕事は落ち着いている。だけれども心はざわついている。
 早まったかと後悔するも、今更自分ひとりが戻って何になるのだろうか。
 そんな心境の中、ある日仕事帰り暗い夜道を一人歩いていると、何処からか笛と和太鼓の音が聞こえてきた。そういえば近所の公園で祭があったなと思い出す。ああ、もうそんな時期か。
 心地よい和楽器音に聞き入っていると、不審な事に段々と気づき始めた。
 確か開催されるのは盆踊りだったはず。ところが今聴こえるのはテレビでよく見る、よさこいソーラン節のような激しく雄々しい曲。どんつくどんつくしゃらんしゃらん。疑問を抱いて立ち止まると、地鳴りで足元が微かに震えている。どんどどんどんどどん。何かが近づいてくる。ばきばきばき。木々や家屋が破壊されているような物騒な音も混じる。咄嗟に私は周囲を見渡すと、住宅の奥に大きな何かが見えた。
 その巨大なモニュメントはライトアップされて、街中でもよく見えた。物体の表面には前社で開発中だったゲームのキャラが描かれ、更に上部に『○○最新作好評発売中!』と書かれていた。あまりの異常事態にあっけにとられて、いつの間に完成して発売したんだよ、とどうでもいいことばかり考えてしまった。
 そんな愚考で頭が一杯の間に、その「祭」は角を曲がって私のいる道路にやってきた。眩しく輝くそのはっぴを着た一団は、紛れもなく見知った開発班のメンバーだった。
『そらそらそらっ! よいよいよいよいっ!』
 彼らは汗を振り撒き、鬼のような形相で踊り狂いながら、東北の祭に出されるような扇型の山車を引いて迫ってきた。その山車がさっきから見えている巨大イラストの正体だ。あまりにそれが巨大で、左右の塀や家屋を破壊している。
 たとえるならまさに百鬼夜行。踊る彼ら全員の眼光は鋭く憎悪に満ちていて、逃がさぬとばかりにじわじわ近づいてくる。
 状況が全く理解できないが、これは逃げないと殺されると感じた。
 本能が立ち止まっていては危険と叫んでいる。だが足が竦んで動けない。対処が思いつかない程の未曾有の恐怖に飲まれそうになると、人はこんなにも身動きがとれなくなるのか。
「な~ぜ逃げた何故逃げた♪ お前が見捨てた現場はヒノアラシ~」
 部長の音痴な歌に殺意がこもっていた。普段なら笑ってしまうような意味不明の歌詞も、この状況では心に突き刺さってくる。
「ま、待ってください!」声を捻り出して叫ぶ。「ちゃんと引継ぎ資料は作成しました! 退職届も問題なく受理された筈です! それで恨まれても困ります!」
「お前の後任の新人は~たった五日でうつ病、休職~♪」
「そんな!」
「恨み辛みを吐きながら~奴はとうとう帰らなかったっ!」
「え、それでは」
 どうなったんですか、と尋ねようとして、訊けなかった。
『あ~それそれそれそれ! それそれそれそれ! 大~惨事~っ!』
 威勢の良い合唱に合いの手が加わる。怖すぎて顔が引き攣る。彼らはじりじりと山車と共に近づいてくる。よく見れば山車に「第一回時富次郎元主任粛清祭」と墨文字で書いてあった。二回目以降の予定もあるのか。
『とんずら野郎に制裁を~ばっくれ男におしおきを~♪』
 ひゅん、と顔の横を何かが通り過ぎて、背後のコンクリートの壁に突き刺さった。振り返って見れば、それは木製の鳴子だった。キャライラスト入りの特注品だ。
『十万個発注して、だぶついた~安物初回特典をくらうといい~そりゃおりゃ!』
 開発班の手から次々と鳴子が私に向かって投げつけられる。必死で避けるも、山車の中に保管されている鳴子は腐る程あるらしく、絶え間なくそれの雨が降り続いた。
 腰が抜けそうになりながらも、足もがくがく震えながらも、恐怖で気を失いそうになりながらも逃走を計る。しかし背を向けた途端、鳴子が背や足に命中し、私は転倒してしまった。
必死で「助けて!」と叫んだ。すると天に願いが届いたのか、進行方向から誰かが現れた。誰でもよかったので、無我夢中で大声を上げ助けを呼んだ。
だから、向かいからやってきたのが同じくはっぴを着た総務部と営業部の連中だったと気づいたときは空いた口が塞がらなかった。私はこの世に神は居ないと確信した。彼らもまた山車を引いて迫ってくる。退路は何処にもなく、将棋でいう詰みである。
営業部から予約特典の団扇が手裏剣のように投げつけられる。南無三、と目を瞑った。しかしそれは私を飛び越え、開発部の山車に突き刺さる。どうやら営業部&総務の連中の怒りの方向は、私ではなく彼らに向いているようだ。
『去った一人のせいにするなや、開発、お前ら連帯責任だぁ~そりゃそりゃ!』
 良かった味方は居た! 地獄に仏と胸が高鳴ったが、両団体が私を挟み込むように近づいてくることに気づいて息を飲んだ。二つの山車と祭り行列が間近に迫る。
『そいそいそいそい!』『そらそらそらそら!』
「ま、待ってくれ、まさか喧嘩神輿のように山車同士をぶつける気じゃ・・・・・・!」
 その通りだった。彼らは道の真ん中、山車を前面に出して、開発部と営業部が交錯し。
 私は山車二つに挟まれて潰された。

 布団の上ではっと目が覚めた。
 汗を拭ってカレンダーを見れば、前の会社を退職する前日の夜だった。机の上には封をしたばかりの退職届が乗っていた。信じられないが、退職後の出来事全てが夢だったようである。
「逃げても、罪悪感に押し潰される・・・・・・か」
 
 結局、私は退職を思い留まり、現場に残った。今夜も残業、職場近くで催されている祭りの音頭に少し怯えながらも、慌ただしいフロアの殺伐とした空気に思わず息を吐いて「此処が私の和める居場所なのだな」と実感した。
「ところでこれは何だ?」自分の机上にある見覚えのない資料の束について隣の同僚に尋ねた。
 彼は答えた。「昨日三人辞めたので、その仕事全部時富さんに引き継いで貰うそうですよ」


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サークル名:漢字中央警備システム(URL
執筆者名:こくまろ

一言アピール
24時間戦えますか。

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社会は今日も不条理だから進んでも退いても後の祭り” に対して1件のコメントがあります。

  1. 浮草堂美奈 より:

    こっ怖い! これ怖いスゴく怖い! 逃げられない地獄怖い!

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