和(やわらぎ)

「和をもって尊しとなす…」
ぱたんと本を閉ざし、その少年は溜息をついた。
「論文締め切り、きついなあ…」
いつも滞在する兄の経営するオーベルジュは今日も賑やかだ。料理長とオーナーたる兄の喧嘩が。
「またやってる…」
今日の料理は確か…
「海蛇のそばだったろう」
さらりと言ってのける宇宙軍総裁様。
「ただ、もう少し細かく切って欲しかったんだけどね…」
蛇であることがまるわかりの煮物がそばの上に乗っていたことを思い出して、笑っていた。
「ですよねえ…いい出汁が出ていましたけど」
「美味しいんだけど…ぎょっとするよ、見た目がね」
「どう思います、殿下、あの人達」
「アレでも仲良くやってると思うけどね」
「そうですねえ…」
「絶賛、ほっとくに限ると思う」
「この間の、トマス殿とのこと、解決したんですか」
「してないよ。もう少し考えろってまだ怒られている」
あっさりと言って、総裁様は笑っていた。
「よく、あんなもの、持ち出せましたね」
「偶然、持っていただけだよ」
「古式の手榴弾を、ですか」
「十四世紀から今までの武器、みんな研究してるからね」
「それって…つまり」
「軍事オタクで結構」
「殿下…」
「それに」
「何かあったんですか」
「みんな仲良くしましょって無理なんだよ」
「まさか」
「政府の官僚がね…」
「お気に召さないと」
「どっちがまともなのか、それは私にもあいつらにもわからない。君に聞いても多分」
「人道的見地にたって…」
「それは政府にはないね」
「ない…ですか」
「助けろと言われても私は神様じゃない」
「殿下」
「殺したくはない人もいる」
その言葉は重い。
「でも殺せ、と政府の輩はいう場合もある」
「殿下」
「正義ってなんなんだろう」
「僕、わかりませんけど」
「そうだよ、私だって…例えば父上はフランスにとっては魔物だろうし、私もそれだし」
「僕の父が処刑の一端を担ったジャンヌ・ダルクはフランスでは聖女…でもイングランドには異端の魔女」
「パガヴァッド・ギーター…」
「ああ、トマス殿と聞いたんですね」
「ドクターアトミックのことか」
「はい」
「私の手にはインドラの雷がある。それをトマスも君のフランシーも知っているのだろうか」
「殿下」
「みんな仲良くしろと即位できなかった皇太子が古代の島国で言う。それは出来ないとその古代の皇太子は最初から知っていた。私は…いつから知っていたんだろう」
「殿下」
「その皇太子の国の言葉で言ってくれないか」
「はい、少しお待ちを」
探しだす文献。少年はそれを見つけて元の文字を見つめる。
「元の文字だと僕読めません」
「やさしく書きなおしたもので、なのかい」
「はい、それと現地発音をアルファベットで書いたものからですが」
「聞かせて」

一に曰く、やわらぎを以て貴しと為し、さかふること無きを宗とせよ。人皆たむら有り、またさとれる者は少なし。或いは君父くんぷしたがわず、また隣里りんりに違う。然れども、かみやわらしもむつびて、事をあげつらうにかなうときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん。

「訳しますか」
「訳せるの」
「時間、ください、難しいです」
「わかった」
「この国だけ、言語が違うんですよ、主語がぼやける癖があって…なんでしょう…自己主張をしないというのか」
「それは不思議だね」
「僕、もっと言いたいこと言ってればよかったのかな」
「喧嘩したいのかい」
「仲良くするために、ですよ」
「兄上達と、か」
「はい」
「黙ってしまったというのも卑怯なことなのかも知れないね」
「はい。殿下に申し上げてもせんないことですが」
「いいよ、聞こう、私のも聞いてもらっているし」
「僕は役立たずですよ」
「君の大学での研究に私は役に立たない」
「でも、殿下はご存知」
「何を」
「その皇太子のいた国の後の時代に作られた芝居にあるセリフ、僕…」
「なんて言うんだっけ」
「心の闇はありぬべし」
「深いな」
「この言葉書いた人…老いた父親より先立ってしまったんですよ、それも殺害された、とか」
「役者を殺す必要はあるのか」
「さあ…子ながらも秀でた才能を持つものであった、と父親は随筆に書き残してますけど」
「その文は…其の人は喜ぶかな」
「喜ばないと思います」
「確か…その人の祖父は殿下と同じくらいですよ、確か、えっと一三三三年の生まれ」
「なるほどね」
「面白いことに僕らが王冠争った頃にその国もまた継承戦争で荒れていたそうです」
「それは不思議だ」
「仲良くしろって言われても出来ないものは出来ないんです」
「それもまた真実だ」
「話し合って解ってくれるなら楽ですけど、多分、それは無理」
「素晴らしい世界はないと君は言ったね」
「はい」
「でもね…夢見ていたいんだよね」
「現実的ではありませんが」
「知っているよ、理想主義過ぎてお話にならないんじゃないの、その皇太子の書いたという…」
「はい…」
「訳しにくいんだね」
「はい。でも…僕だっていがみ合っているのは嫌です」
「また征伐しろと命令が来ている」
「殿下」
「奴らは、政府のあいつらは相手が人間だってわかっているのか、と罵りたい」
「政治は冷酷ですね」
「捕らえてみても彼らは人間だ。命令で殺すことも一生牢獄に送ることもさせられる」
「殿下」
「嫌だと喚いたら、それは子供のすることだ。私には私の役目がある」
「それで、たまに…」
「トマスが苦労しているのはわかっているんだけどね」
「でも、たまにトマス殿もすんごいことしますよ」
「あれはなー…知恵が回るからなー…」
ふぁさっとかきあげた黒髪が揺れた。深い青い瞳が笑うように見えた。片方だけ、色が違う。それに気づいて少年はうつむく。
「片方の目…」
「いいんだよ、気に入ってるし」
黒にも見えるほど深いブルー。それはこの少年のものと同じ色だ。
「だって、殿下に痛い目に合わせたペドロ王の血筋からかもしれませんよ」
「違うね、イザベル王女もペドロ王の目も違う色だったよ、ネヴィル家からじゃないのか」
「そうですか」
「料理長と似ている色だし、ほら、君の奥さん」
「ああ…」
「思えば血が濃すぎますね、彼女との結婚も」
「ヨーロッパの王族がいつもしていたことだ、うちの両親も親戚同士だし」
「最終的には血縁結婚で断絶した家もありますし…ロートレックでしたっけ、画家の」
「ロートレック」
タブレットでその画家の絵を開く。
「この絵の…」
「はい、彼、子供の時、落馬で骨折して脚が育たなくなってしまったんです。遺伝的疾患で」
「そうなのか…」
「なのに、彼は父親に廃嫡を言い渡されたんですよ、そもそも血族結婚繰り返してそんな病を背負わせたのは、誰かと思いますよ」
「君」
「僕は本当は父上になぜ王冠を目指したのか問い詰めたいです。そんなもの、見当違いの家のものが請求して何になるんですか」
「ジョンは野心家だったな」
「殿下」
「私の血筋が途絶えてしまったことがそもそもの原因だ」
「殿下に責任はございません」
「あるよ、私には」
「だって…もう亡くなられて」
「病に倒れたのも私に何か原因があったのじゃないかと思ってしまう」
「殿下」
「原因があるからこその結果だ」
「そんなこと、そんなこと…」
「どうしたの」
「ソレ、仏教の考え方です」
「いろんな考え方があるものだな、納得できる」
「僕は殿下にまで責任を問うのは嫌です。コレは僕達の父の問題ですし」
「だから、君は納得するのかな」
「します。あの戦は当然の報いです」
「ソレ、兄上に言えるかな」
「…無理かも」
「言ったほうがいいよ、そのほうが君たち家族の中の問題は解決できる」
「そうでしょうか」
「兄弟でも話し合うべきだ」
「殿下」
「私はしなかったかも知れないがね」
「やってみます」
その額にそっとキスしてみた。気づいた、発熱。白薔薇亭のオーナーの方に総裁は振り向いた。
「エドワード君、この子、熱がある」
ドダダと音立てて、オーナーはやってきて、少年を抱き上げると即座にいつもの部屋に連れ去った。
「うん、相変わらずの変態的なまでの過保護ぷりだな」
総裁が言うと、料理長は笑っていた。
「あれでいいんだ、これであのちんちくりんも愛されているってわかるし」
「あの子は気が回るくせにそういうところが鈍いね」
「俺はそういうところが好きだがな」
「さて、邪魔しに行くか」
「なぜ」
「宇宙戦があるのでね」
「ヨークに出番は」
「ない。多分」
「了解しました、総裁」
料理長が敬礼する。部下である反面を彼は持っていた。予備役の宇宙軍兵士。

「帰ってきますよね、怪我なしで」
「それはどうかな」
「殿下の御身に傷がつくのは二度と嫌です」
「行かないでくれという顔をしているな」
「はい、家族でもないのに、勝手ですが」
「ここに滞在して、宴会するのが楽しみなんだ、それはわかるかな」
「なぜ」
「ここにいると和やかな気分でいられる。以前の言葉も使えるし…好きなこともできるし。トマス一人に負担かけることもないし…」
「和やか…」
「だから、ここに来るんだよ、泡盛も目当てだけどね。じゃ…いってくる」
「殿下」
「大丈夫だから」

和やか。それを味わうためにこの白薔薇亭に彼は来るという。兄と料理長の喧嘩も「エドワードほいほい」とあだ名されたエドワードの名を持つ者ばかり落ちる庭の穴も和やかに入るのだろうか、リチャード・リースは発熱して寝込んでいるベッドの中でそう思った。


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サークル名:みずひきはえいとのっと(URL
執筆者名:つんた

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歴史人物を使ったファンタジーを執筆しています

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和(やわらぎ)” に対して2件のコメントがあります。

  1. 浮草堂美奈 より:

    会話から情景が浮かんできます。あっあの人! って歴史人物の名前が出る度ワクワクします。

    1. つんた より:

      歴史上では決して出会うことのない二人の会話です。私が気になった歴史人物がほいほい出てきて意味不明かもしれませんが、楽しんでいただけると幸いです。

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