アイスクリーム屋さんTE・ROLLのご主人のすること
「あ、プ○キュア!」
*
叫んだ男の子は誰だろう。調べに行かなくちゃ。
杜○町みたいな感じの町。暑い夏の盛り、太陽光に町が輝いて蝉が鳴いて青空に入道雲のかかって、いい風景画みたいな町。その町の一隅にひっそりあるアイスクリーム屋さんの店名はTE・ROLL。そこのご主人の腰に巻かれたラジオが尻振るリズムに合わせて揺れ、ニュースを伝えている。
選挙カーの暴走について。
縁側の老夫婦を襲う理不尽な不幸について。
猫が集団で高速道路を埋め尽くした、その顛末について。
屈葬パズルアプリの倫理性について。
介護疲れの哀しい殺人について。
グランタ・グランタ・グランタの誕生について。
おおきなかぶをひっこぬいたかんきのさいてんについて。
ご主人は756ヘルツのラジオが大好き。
というかそれしか聞いたことがない。
母親の話も、人の話も、注文も、アイスクリームに目を輝かせて母親にわいきゃいわめき立てる女の子の声も、聞いたことがない。
聞くのは756ヘルツばかり。自分の声すら聞かない。
おっと、ところで、ラジオを聞きながらご主人は今日もコーンの上にアイスクリームをディッシャーで丸めて、ぽんぽんぽんとのせていく。
昨日は五つのったけど、今日は。
なんてこった、13個! マジか、って感じ。ご主人もご満悦の様子で、ラジオもバックグラウンドミュージックとして最高の音楽、菅野美穂カバーバージョンの「ZOO」を流してる。
ご主人は嬉しさのあまり、ガラスケースをひょんと飛び越えて店を出た。扉は勢いよく開かれた。ご主人はラジオを爆音で垂れ流しているので、756ヘルツのジングル・ミュージックは通り一杯に広がった。
ならくへすすむは
756 ごーへる
すいようびのかに
756 むごんごーへる
通りを歩いていた人たちは、ご主人を神様みたいに扱った。すでに確かにそこにいるのに、見知らぬフリを決め込んだんだ。うわーお、ガン無視。
そしてご主人の前をとぼとぼ低速で進む選挙カーが通った。
左のヘッドライトが見事に潰れて、やはっは、車の失明だよ。めっくらまっくら。
その選挙カーの拡声器から響く音が756ヘルツをかき消す。
ガラスケースをのり越える時にも落ちなかった13個目のてっぺんのくるみアイスがぼとりと落ちる。クリームはご主人のサンダルにぺしっとかかる。
どんどんアイスは落ちる。
バニラ、チョコミント、ラム、ビーフ、チキン、ワッチュアウォント、美佳、葉子、ドロシー、万葉、叫び、綿菓子。
ところで、ご主人の構える店。
その奥には、螺旋階段がある。
螺旋階段は地下に続いている。
螺旋階段を降りきった先には。
決して出られない部屋がある。
その部屋の数は……13ある。
その部屋に何があって。
何が行われているかは。
紙面の性格上書けない。
あれやこれやが、ある。
うん、あれやこれやがある。
あれや、これや。俺もあれや、俺もこれやの一つ。
*
「ところで、あきらさん。この模造の骨の様々をどうするおつもりで」
「うん、持ち帰りたいとは思うのですが」
「その骨の所有者ははじめからあきらさんでしたっけ?」
「そうじゃないか。どうした。夏の暑さにやられたかい」
「いや、どうもそのようで。ただ、それなら持ち帰ったらいいじゃないですか。その骨の様々」
「うん、いや実際そうなのだが、これは行きは、お母さんに荷造りをしてもらったんだが、どうにも……なあ」
「はあ、ははあ。母の収納上手が遺憾なく」
「うん、発揮されてなあ。どうにもどうやって仕舞われていたのか。うん、どうにも分からない。まるで魔法だよ全く」
「あ、プ○キュア!」
*
「あ、プ○キュア!」
という声が聞こえて、僕ははっとして目を開ける。すると周りには見覚えのある顔ばかりがある。もてない奴らのバラッド、ともいうべき独身男子の集いだ。
奴らは笑って僕を指差して「なんだよ、プリキュアって、受ける!」と口々に言う。「恥ずかしいからやめろよ」とも。
気づけば、その叫びは確かに僕の声で、どうやら僕は祭りに来たはいいが、日々の研究と暑さの疲れで、うたた寝をしていたらしい。
脇に置かれていた温みきったビールを飲み干した。なんだかどろりと甘い気がした。
奴らの中から一人を誘って、新しいビールを買いに行く。「いいぜ、プ○キュア」なんて茶化すから、そいつを肩パンする。
「なんだか夢を見た気がするよ」
「プ○キュアの?」
「違うよ。悪夢みたいの。あ、小銭ない。万札しかない」
「後で返せよ。すんません、二人で千円ね」
「サンキュー」
僕は奴らの一人からビールを受け取って、冷たいのを一口飲む。美味い。どろりと甘くもない。スキッと爽快。屋台と人とお囃子が混じった祭りの空気が大好きだ。このクラクラする感じ。もっと飲んで楽しく夜を越えよう。
「あ、プ○キュア!」
どこからか声がする。
男の子の声だ。
その声を探すように目を泳がせると、お面屋がある。プ○キュアや妖怪○ォッチなどヴァリエーションに富んだお面があって、そのお面の彩りの様々の奥に、アイスクリーム屋のご主人がいる。
お面の奥のご主人の目が僕を睨んで物を言う。
*
(首が落ちるよう。
左目失して選挙カー。
おい、あれやこれや行われてる。
おい、ウイルスみたいに。
どこにいるか分からないから怖いんだよ)
(怖いんだよ。
明確な敵があるのも怖い。
明確な対象がない――。
それこそ神様の所行みたいのも怖い。
でも。
明確な敵が隣人だった時が一番怖い)
* (あれやこれや行われている)
* (紙面の性格上書けないあれやこれや)
僕の耳に響くは男の子の声。
それと。
756ヘルツのジングル・ミュージック。
*
叫んだ男の子は誰だろう。調べに行かなくちゃ。
杜○町みたいな――
サークル名:羊網膜傾式会社(URL)
執筆者名:遠藤 ヒツジ一言アピール
弊社は「文学は先ず実業ではなく虚業であるべき事」を社是とする架空企業です。ジャンルは純文学系。新刊は短編小説『舌足る廻転の下降調』と長編小説『神々の読む娯楽書』の予定。今回のアンソロテーマ「和」はとてもとてもとても難しくて、結果血の気の引く感じになった。自分でもドン引きしてる。
とてもテンポよくゾワゾワしました。