確かに、このくらいの背丈で、多分十歳くらいの日本人の女の子だと言った。だが、探しているのは今目の前にいる少女ではない。
 どうしたものか。出会い頭はきょとんとしていた顔を、子どもらしい笑顔にすげ替えた少女。彼女はただその笑顔を向けてくるばかりで、メイズはどうしたものか固まってしまった。
 探していたのはこの子ではない。確かに、同じくらいの背丈で、歳も近い日本人の女の子だ。しかし探しているのは、動く日本人形のような少女だった。
 尋ねた駅員はとっくに去ってしまって、改札の隅には通り過ぎる人は山ほどいても、迷子を押しつけられる人はいない。探していた子と違ったからといって、一人置いていってしまうのは問題があるだろう。再び駅員と顔を合わせることは避けたい事情もある。
 そもそもこの子はどうして一人なのだ。目鼻立ちがくっきりとしていて、シャープな顎。美人だ。外国の、都心のど真ん中で一人にしておいたらすぐに攫われてしまうだろう。親はなにをしているのか――いや、自分も親ではないが連れの少女を見失っている。駅は人が多いから、はぐれてしまったって仕方がない。
「名前は? 親はどうした?」
 少女はつくりものじみた真っ黒い前髪の間から両目を覗かせて、ぐい、顎を上へ、懸命に背伸びしこちらを見上げた。
「知らない」
 リュックサックの肩紐を握りしめる手は真っ白だが、少女の顔はけろりとしている。嘘をついている、隠し事をしている。それは分かっても、口を割らせることは難しそうだ。子どもの口を割らせることなど自分にできようはずがない。
 どうしたものか。これは新手の罠だろうか。日本人形じみた少女と自分を引き離して、あの子を連れ去ろうだとか、そういった目的か。あの子――桜花を誘拐しようなどと、命知らずな。
 どうしたものか。罠なら連れ歩くことは避けるべきだ。だが本当に迷子なら、置いていくことは危険すぎる。考えるうち、視界の端で立ち止まる足があった。中年女性のようだ。見ると二人組で、ひそひそ、こちらを見て話している。誘拐じゃない? 漏れ聞こえる内容に、しまったと思う。警察沙汰は避けなければならない。これでも身を隠して逃亡中なのだから。
「おじさん、お腹空いた!」
 口を開いたところで少女に先を越された。子どもらしい、単純な、言葉以外の意味を含めない声。とっさに反応できずにいると、
「お母さんが美味しいって言ってたの、どこ? ねーえ!」
 手を握られ、連れて行こうと歩きだす少女に引っ張られてつんのめる。しまった。これでは罠の思うつぼではないか。

***
 確かに、このくらいの背丈で、十歳くらいの日本人の女の子だと言った。だが、探しているのは今目の前にいる少女ではない。
 やってしまった。流風るかは思わず空を仰いだ。外国の駅の天井が見えるばかりだった。
 尋ねた駅員はとっくに去ってしまって、改札の隅には通り過ぎる人は山ほどいても、迷子を押しつけられる人はいない。探していた子と違ったからといって、一人置いていってしまうのは問題があるだろう。再び駅員と顔を合わせることは避けたい事情もある。
「お名前は?」
 やむなくしゃがんで目線を合わせ、猫なで声で笑顔を作る。小ぶりな顔がまっしろすぎる少女は、まっくろな眼と髪をしていて、なんと和服を着ている。七五三かというほどの立派な振り袖だ。その上信じたくないことに日本刀と思われる細長い袋を抱えている。
 少女は答えることもなく、表情を変えもしない。
 流風は焦った。こんなことをしている間に、娘が見ず知らずの人間に連れ去られているかもしれないのだ。
 この子は恐らく大丈夫だろうと思う。物騒なものを持っているようだし、深く関わりたくもない。だが、同じ年頃の娘をもつ父親として、どうにも捨て置けない。
「一緒に来た人は?」
 じっ、少女の眼は値踏みするようで、見つめてくるばかりだ。
「娘を探すついでだ。君くらいの歳で、背も同じくらい。青いリュックを背負ってる日本人の女の子」
 そっちは? 再び問うが答えはない。しかたなく、少女の頑なな手を取って引く。
 駅の改札前、ターミナル駅のために人も多くとても広い。改札と建物の入り口の間をぐるり一周する間、少女は無抵抗についてきた。意外なことに。
「大きくて、黒くて、ハゲ」
 少女は不器用に大声を出した。話すことが得意ではないらしい彼女は、出す声の大きさを調節することに不慣れなようだ。ぱっ、人波の中で多数の眼がこちらに向いた。
「よしわかった。ほら、行こう」
 立ち止まってしまった少女の手を引いて、再び歩き出す。大柄で、黒くて、ハゲ。男だ。黒いというのは黒人ということだろうか。流風の頭に、筋肉ムキムキの黒人男性のイメージが浮かんだ。いよいよ関わりたくなくなってきたが、もう後戻りはできない。
 この子の保護者だか相棒だかも、ここでこの子を探していると踏み、それから数回周回したがそれらしい姿は見えなかった。既に列車に乗ってしまったとは考えたくない。
 駅を出て、辺りを見回したところで、和服少女が手を引いた。
 指さす先に、黒ずくめの禿頭の巨漢の姿がある。想像していたのと違って肌は白い。そしてぱっと見――物騒なことに変わりはないが――話の通じそうな男だった。
 男は巨体をカフェの小さな椅子に押し込んで背中を丸めている。相席の者に向かってなにか話しているようだ。相席には、つば付きの帽子を目深に被った少女が座っている。肩程の黒髪、青いリュック。
たまき!」
 娘を見間違えるはずがない。呼び手を振ると、ぴょん、娘は飛び上がって、こちらへ駆けてくる。

***
 少女の父親が現れたのは、メイズが彼女へ、もっと危機感を持って行動するべきだと言い聞かせているさなかだった。駅の中から、外へ、そのすぐそばのカフェへ来るだけの道のりで、この少女は三人もの男に連れ去られかけた。道を尋ねるふり、知り合いの装い、挙げ句偽物の警官まで現れた。その度にこの少女は、大声で泣くふりをしたり、メイズをとても仲の良い親戚に仕立て上げたり、言い負かしたりした。口が達者なだけでなく賢く、肝がすわっている。メイズは正直その手並みに驚いたものだが、だからといって、これだけ身の危険に晒されていながら、親だか保護者だかからはぐれてしまっている不注意を、厳重に言って聞かせなければならないと思ったのだった。
 少女の父親は、なぜだか桜花を連れていた。話を聞くと、どうやら駅員に聞いて引き合わされた迷子が桜花だったらしい。とにかくお互いすぐに見つかって良かったなどと話して、日本人らしく丁寧に礼を述べた少女の父親は、立ち去ると思いきや伝票を取り上げて椅子を引きよせ座った。
「これもなにかのご縁ですし、奢らせて下さい」
 さあ聞かせてもらうぞ、お前が何者か。男の、うすっぺらな笑顔の裏にそんな企みが見える。
 少女が桜花を隣に座らせて、メニューのスイーツを物色し始める声が聞こえる。
「それならアドバイスを聞かせてくれ。あの頃の歳の子は、どう扱ったら良いか困っている」
 よしいいだろう。私もちょうど、お前達が何者か、聞きだしたかったところだ。


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サークル名:夢想甲殻類(URL
執筆者名:木村凌和

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